とあるBL漫画作品の名もなき占い師の主張について

陽花紫

文字の大きさ
6 / 8

ある異変

しおりを挟む
 ノクスの様子が、おかしい。

 昨日やけに早く仕事から帰ってきたと思ったら俺に抱きついてくるし、今日も仕事を休んでずっと俺にくっついている。

 何かあったのかと聞いても、なんでもないの一言だけ。
 少しは心配になるものの、それでも少しは嬉しいと思う気持ちもあったんだ。

 いつもどこか距離を置いているノクスが、やけに近かった。

「もう少しで終わるから、待ってて……。ね?」
「わかった」

 けれど、今は大事なペン入れの時間だった。

 すぐさま終わりたいけれど、最終仕上げの工程でもあったんだ。
 俺が手早く色をつけていく様を、ノクスは目をきらきらと輝かせながら見つめていた。
 その少年のような純粋な眼差しに、思わず胸が痛む。

 創作であるとはいえ、ノクスを題材に勝手に漫画を描いてしまった。
 その申し訳なさで、胸がいっぱいだった。

「……よし、終わったよ。お待たせ、ノクス」
「ハミダク……」
 俺はノクスが何かを言うまで、そっとしておくことにした。
 誰だって、触れてほしくないことの一つや二つあるだろうから。

 フードの間から覗く、金の髪を静かに撫でる。
 ノクスは昨日から、俺のことを強く抱きしめては深呼吸を繰り返していた。

 しばらく俺の補給が終わると、ノクスは静かに俺から遠ざかった。

「……すまない、私としたことが……」
「ううん、大丈夫だよ」

 どうにかしてこの重苦しい空気を変えたくて、俺はとあるものをノクスの眼の前にと差し出した。

「そういえば、ノクスの絵ができたんだ。どう、似てるかな?」

 結局仮面をつけたままの、俺が普段目にしているままのノクスを写実的に描いてみたんだ。

「これは……」
「どうかな……」

 ノクスはさらに目を輝かせて、俺の手を取っていた。

「本当に、私なのか?このような、美しい存在が……」

 信じられないといったように、ノクスは手をぶんぶんと振っていた。
「もちろん、ノクスだよ。正確には、俺の目から見たノクスだけど……」
「ハミダクの目に、俺は……」
 じんと、ノクスは感動しているようでもあった。

 その時、ひらりと机の上の紙が一枚落ちた。

「ああ、紙が……」

 床に落ちる寸前で、その紙を掴んだノクスの手がぴたりと止まる。

「ノクス、ありがとう」

 俺もまた、その紙を目にした途端、時間が止まったような気がしていた。

「ハミダク、これは……」

 ノクスの手が、みるみる震えに変わっていく。

「これは、その……」

 それもそのはず、この世界にはない漫画のタッチで描いたノクスの素顔が、その紙に描かれていたのだから。

 不快に思ったら申し訳ないと、俺は謝ろうとした。
 しかしノクスは、しばらく震えたまま止まっていた。

「……ノクス?」

 思わず手を伸ばせば、振り払われてしまう。
 拒絶だった。

「いや、すまない。ハミダク……その、これは……一体……」
「ごめん。それ、俺が勝手に描いたノクスの顔」

 しかしノクスは、勢いよく自らの仮面に大きな白い手をかけはじめる。
 そして、俺もまた震えてしまう。

 仮面の下には、俺が描いたイラストそのままの姿があったのだから。

「えっ、……」

 俺たちは、ただ呆然と見つめ合うことしかできずにいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

聖女を演じた巻き添え兄は、王弟殿下の求愛から逃げられない

深嶋(深嶋つづみ)
BL
谷口理恩は一年ほど前、妹と一緒に異世界に転移してしまった。 聖女として魔術の才を開花させた妹・世奈のおかげもあって、二人はアルゼノール王国の大教会に保護され、不自由のない暮らしを送ることができている。が、最近は世奈の奔放さに理恩は頭を抱えることもあった。 ある日、世奈の仕事を肩代わりした理恩は、病に臥せっている幼い第二王子・イヴァン王子のもとに参じることに。 ――「僕が大人になったら、僕の妃になってくれませんか」。 何度も謁見を重ねるうちに理恩に懐いた彼は、目の前の聖女が偽者であることに気付かぬまま、やがて理恩に求愛する。 理恩は驚き、後ろめたい気持ちを抱きながらも、「大人になっても同じ気持ちでいてくれたなら」と約束を交わした。 その直後、何者かの陰謀に陥れられた世奈の巻き添えとなり、理恩は辺境の地へと飛ばされてしまい……。 ――数年後、アルゼノール王国を出て世界中を巡っていた理恩は、とある国で偶然、王弟・イヴァンと再会する。 傷心の旅をしているのだという彼は、どういうわけか理恩との交流を持ちたがって――?

処理中です...