貴族の次男に転生した俺はこの身分を手放して自由を求めて生きていく

陽花紫

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異世界転生をした

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 異世界転生をした俺は、前世の記憶をひどく引きずったままでいた。

 前世は日本で、社畜をしていた。やっとの思いで転職して、いよいよ出社日というその日に事故にあっていた。
 まだまだ、夢があった。これまで仕事漬けで失った時間を、取り戻したかった。
 積まれた本に、クリアしていないゲーム。動画の続きも、漫画の続きも気になっていた。
 そして何より、彼氏もほしかった。

 再び目覚めた時、俺はこの西洋風の不思議な世界へと生まれ落ちていた。
 高い天井、重厚な家具、そしてこの大きな屋敷。
 俺専用の部屋が与えられ、数え切れないほどの使用人に世話をされて育っていく。
 父と母と思しき人々は忙しいらしく、俺の前にほとんど姿を現さなかった。
 それに今の俺は、何を喋っても言葉にならなかった。
「うぅ……」
 それでも男の使用人が近くに来るときだけ、俺の意識は鮮明になる。
 整えられた制服、短い髪が揺れるたびに射す光。
 正直、目の保養だった。
 誰も彼もが端正で、その姿を眺めることが、前世を引きずる俺の唯一の慰めでもあったのだから。

「リオン様、フランが参りました。午睡の時間です」
「うぁい!」
 その落ち着いた声に、俺は思わず手を伸ばした。
 抱きとめられると、花のような柔らかな香りがした。あたたかな胸元に頬を寄せると、穏やかな鼓動が伝わってくる。

 使用人の中で、俺が一番心を許していたのがこのフランだった。
 細身で背が高く、茶色の目はいつも優しくて、俺が見上げると照れたようにはにかむ。
 控えめで、まさしく俺の好みにぴったりでもあったんだ。
 けれど身分が低いからという理由で、フランは午睡の時間にしか俺の前に姿を現さなかった。
 しかしかえって、特別なひとときであるようにも思えていた。

 子供の仕事は寝ることだと言われているけれど、俺はまったく寝ない子供でもあった。
 この世界が新鮮で、知りたいことが山ほどあったからだ。寝る時間さえも、惜しかった。
 前世では奪われ続けた自由を、今度こそ掴みたかったんだ。

 そして気づけば、限界まで起きて気絶するように眠る。その繰り返しでもあった。
 フランの腕の中でだけ、俺は安心して眠ることができていた。

 一定のリズムでこの背を叩かれ、揺らされる。
 その温もりに包まれて、意識は静かに沈んでいく。時折よだれを垂らしては、フランがくすりと笑いながら柔らかな布で拭いてくれた。
 もちろん夜は普通に眠るけれど、それとは違う昼の眠り。
 俺はこの時間が、一番好きだった。

 けれど、たまに邪魔が入ることがあった。

「リオン、遊びにきたぞ!」

 兄の、レオナルドだ。
 五つ年上で、快活で、いつも考えなしに俺の頬をつついたり摘まんだりする。
「うぁ……?」
 わずかな痛みに目を覚ませば、レオナルドは意地の悪い笑みを浮かべていた。
 フランは膝をつき、俺の身を兄へと近づけた。

 フランは、誰にも逆らえない。そして、俺以外の人間には何も語ることができないでいた。
「うえええん!」
 恥を捨てて大げさに泣き真似をすれば、いつもレオナルドは慌てて逃げていく。

 けれどその日は、違っていた。
「どうした、まだ眠いのか? リオンは寝てばっかりだなあ」
 がしりと、この身を掴まれた。
 フランの手が、戸惑うように離れていく。
 そのせいで俺は、さらに激しく泣いた。

 その瞬間、バランスを崩した兄の手から、この身はゆっくりと滑り落ちていく。
 幸いにもそこは、ふかふかな絨毯の上だった。
 それでも、ごつん、と鈍い音がして頭部に痛みが襲う。

「ぎゃあーーん!!」

 それは、本当の泣き声だった。
「……おれ、しらない!」
 レオナルドは慌てて逃げ出し、フランはすかさず俺の身を抱き上げて頭を撫でた。
「リオン様。私がついていながら、申し訳ありません……」

 ――違う、フランのせいじゃない。

 そう伝えたいのに、この口からは泣き声しかでなかった。

 念のため医師の診察を受けて、その結果何の異常もみられなかった。
 しかし俺は、フランの胸元を強く握って離れずにいた。
 老いた医師は、そのような俺たちの姿を見て笑っていた。
「よほど、怖かったのでしょうな」
 フランはひたすら、俺に向けて謝っていた。

 そして、この一件は最悪の結末をもたらしてしまうことになる。
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