1 / 5
異世界転生をした
しおりを挟む
異世界転生をした俺は、前世の記憶をひどく引きずったままでいた。
前世は日本で、社畜をしていた。やっとの思いで転職して、いよいよ出社日というその日に事故にあっていた。
まだまだ、夢があった。これまで仕事漬けで失った時間を、取り戻したかった。
積まれた本に、クリアしていないゲーム。動画の続きも、漫画の続きも気になっていた。
そして何より、彼氏もほしかった。
再び目覚めた時、俺はこの西洋風の不思議な世界へと生まれ落ちていた。
高い天井、重厚な家具、そしてこの大きな屋敷。
俺専用の部屋が与えられ、数え切れないほどの使用人に世話をされて育っていく。
父と母と思しき人々は忙しいらしく、俺の前にほとんど姿を現さなかった。
それに今の俺は、何を喋っても言葉にならなかった。
「うぅ……」
それでも男の使用人が近くに来るときだけ、俺の意識は鮮明になる。
整えられた制服、短い髪が揺れるたびに射す光。
正直、目の保養だった。
誰も彼もが端正で、その姿を眺めることが、前世を引きずる俺の唯一の慰めでもあったのだから。
「リオン様、フランが参りました。午睡の時間です」
「うぁい!」
その落ち着いた声に、俺は思わず手を伸ばした。
抱きとめられると、花のような柔らかな香りがした。あたたかな胸元に頬を寄せると、穏やかな鼓動が伝わってくる。
使用人の中で、俺が一番心を許していたのがこのフランだった。
細身で背が高く、茶色の目はいつも優しくて、俺が見上げると照れたようにはにかむ。
控えめで、まさしく俺の好みにぴったりでもあったんだ。
けれど身分が低いからという理由で、フランは午睡の時間にしか俺の前に姿を現さなかった。
しかしかえって、特別なひとときであるようにも思えていた。
子供の仕事は寝ることだと言われているけれど、俺はまったく寝ない子供でもあった。
この世界が新鮮で、知りたいことが山ほどあったからだ。寝る時間さえも、惜しかった。
前世では奪われ続けた自由を、今度こそ掴みたかったんだ。
そして気づけば、限界まで起きて気絶するように眠る。その繰り返しでもあった。
フランの腕の中でだけ、俺は安心して眠ることができていた。
一定のリズムでこの背を叩かれ、揺らされる。
その温もりに包まれて、意識は静かに沈んでいく。時折よだれを垂らしては、フランがくすりと笑いながら柔らかな布で拭いてくれた。
もちろん夜は普通に眠るけれど、それとは違う昼の眠り。
俺はこの時間が、一番好きだった。
けれど、たまに邪魔が入ることがあった。
「リオン、遊びにきたぞ!」
兄の、レオナルドだ。
五つ年上で、快活で、いつも考えなしに俺の頬をつついたり摘まんだりする。
「うぁ……?」
わずかな痛みに目を覚ませば、レオナルドは意地の悪い笑みを浮かべていた。
フランは膝をつき、俺の身を兄へと近づけた。
フランは、誰にも逆らえない。そして、俺以外の人間には何も語ることができないでいた。
「うえええん!」
恥を捨てて大げさに泣き真似をすれば、いつもレオナルドは慌てて逃げていく。
けれどその日は、違っていた。
「どうした、まだ眠いのか? リオンは寝てばっかりだなあ」
がしりと、この身を掴まれた。
フランの手が、戸惑うように離れていく。
そのせいで俺は、さらに激しく泣いた。
その瞬間、バランスを崩した兄の手から、この身はゆっくりと滑り落ちていく。
幸いにもそこは、ふかふかな絨毯の上だった。
それでも、ごつん、と鈍い音がして頭部に痛みが襲う。
「ぎゃあーーん!!」
それは、本当の泣き声だった。
「……おれ、しらない!」
レオナルドは慌てて逃げ出し、フランはすかさず俺の身を抱き上げて頭を撫でた。
「リオン様。私がついていながら、申し訳ありません……」
――違う、フランのせいじゃない。
そう伝えたいのに、この口からは泣き声しかでなかった。
念のため医師の診察を受けて、その結果何の異常もみられなかった。
しかし俺は、フランの胸元を強く握って離れずにいた。
老いた医師は、そのような俺たちの姿を見て笑っていた。
「よほど、怖かったのでしょうな」
フランはひたすら、俺に向けて謝っていた。
そして、この一件は最悪の結末をもたらしてしまうことになる。
前世は日本で、社畜をしていた。やっとの思いで転職して、いよいよ出社日というその日に事故にあっていた。
まだまだ、夢があった。これまで仕事漬けで失った時間を、取り戻したかった。
積まれた本に、クリアしていないゲーム。動画の続きも、漫画の続きも気になっていた。
そして何より、彼氏もほしかった。
再び目覚めた時、俺はこの西洋風の不思議な世界へと生まれ落ちていた。
高い天井、重厚な家具、そしてこの大きな屋敷。
俺専用の部屋が与えられ、数え切れないほどの使用人に世話をされて育っていく。
父と母と思しき人々は忙しいらしく、俺の前にほとんど姿を現さなかった。
それに今の俺は、何を喋っても言葉にならなかった。
「うぅ……」
それでも男の使用人が近くに来るときだけ、俺の意識は鮮明になる。
整えられた制服、短い髪が揺れるたびに射す光。
正直、目の保養だった。
誰も彼もが端正で、その姿を眺めることが、前世を引きずる俺の唯一の慰めでもあったのだから。
「リオン様、フランが参りました。午睡の時間です」
「うぁい!」
その落ち着いた声に、俺は思わず手を伸ばした。
抱きとめられると、花のような柔らかな香りがした。あたたかな胸元に頬を寄せると、穏やかな鼓動が伝わってくる。
使用人の中で、俺が一番心を許していたのがこのフランだった。
細身で背が高く、茶色の目はいつも優しくて、俺が見上げると照れたようにはにかむ。
控えめで、まさしく俺の好みにぴったりでもあったんだ。
けれど身分が低いからという理由で、フランは午睡の時間にしか俺の前に姿を現さなかった。
しかしかえって、特別なひとときであるようにも思えていた。
子供の仕事は寝ることだと言われているけれど、俺はまったく寝ない子供でもあった。
この世界が新鮮で、知りたいことが山ほどあったからだ。寝る時間さえも、惜しかった。
前世では奪われ続けた自由を、今度こそ掴みたかったんだ。
そして気づけば、限界まで起きて気絶するように眠る。その繰り返しでもあった。
フランの腕の中でだけ、俺は安心して眠ることができていた。
一定のリズムでこの背を叩かれ、揺らされる。
その温もりに包まれて、意識は静かに沈んでいく。時折よだれを垂らしては、フランがくすりと笑いながら柔らかな布で拭いてくれた。
もちろん夜は普通に眠るけれど、それとは違う昼の眠り。
俺はこの時間が、一番好きだった。
けれど、たまに邪魔が入ることがあった。
「リオン、遊びにきたぞ!」
兄の、レオナルドだ。
五つ年上で、快活で、いつも考えなしに俺の頬をつついたり摘まんだりする。
「うぁ……?」
わずかな痛みに目を覚ませば、レオナルドは意地の悪い笑みを浮かべていた。
フランは膝をつき、俺の身を兄へと近づけた。
フランは、誰にも逆らえない。そして、俺以外の人間には何も語ることができないでいた。
「うえええん!」
恥を捨てて大げさに泣き真似をすれば、いつもレオナルドは慌てて逃げていく。
けれどその日は、違っていた。
「どうした、まだ眠いのか? リオンは寝てばっかりだなあ」
がしりと、この身を掴まれた。
フランの手が、戸惑うように離れていく。
そのせいで俺は、さらに激しく泣いた。
その瞬間、バランスを崩した兄の手から、この身はゆっくりと滑り落ちていく。
幸いにもそこは、ふかふかな絨毯の上だった。
それでも、ごつん、と鈍い音がして頭部に痛みが襲う。
「ぎゃあーーん!!」
それは、本当の泣き声だった。
「……おれ、しらない!」
レオナルドは慌てて逃げ出し、フランはすかさず俺の身を抱き上げて頭を撫でた。
「リオン様。私がついていながら、申し訳ありません……」
――違う、フランのせいじゃない。
そう伝えたいのに、この口からは泣き声しかでなかった。
念のため医師の診察を受けて、その結果何の異常もみられなかった。
しかし俺は、フランの胸元を強く握って離れずにいた。
老いた医師は、そのような俺たちの姿を見て笑っていた。
「よほど、怖かったのでしょうな」
フランはひたすら、俺に向けて謝っていた。
そして、この一件は最悪の結末をもたらしてしまうことになる。
26
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
推し変したら婚約者の様子がおかしくなりました。ついでに周りの様子もおかしくなりました。
オルロ
BL
ゲームの世界に転生したコルシャ。
ある日、推しを見て前世の記憶を取り戻したコルシャは、すっかり推しを追うのに夢中になってしまう。すると、ずっと冷たかった婚約者の様子が可笑しくなってきて、そして何故か周りの様子も?!
主人公総愛されで進んでいきます。それでも大丈夫という方はお読みください。
【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
泥酔している間に愛人契約されていたんだが
暮田呉子
BL
泥酔していた夜、目を覚ましたら――【愛人契約書】にサインしていた。
黒髪の青年公爵レナード・フォン・ディアセント。
かつて嫡外子として疎まれ、戦場に送られた彼は、己の命を救った傭兵グレイを「女避けの盾」として雇う。
だが、片腕を失ったその男こそ、レナードの心を動かした唯一の存在だった。
元部下の冷徹な公爵と、酒に溺れる片腕の傭兵。
交わした契約の中で、二人の距離は少しずつ近づいていくが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる