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フランの息子フレイ
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あれから、フランの息子である青年、フレイはよく店に顔を出すようになっていた。
それも決まって、開店前に。
店主は最初こそ眉をひそめていたものの、今となっては見過ごしていた。
営業時間外の来店は、本来なら注意すべきことでもあった。
けれどフレイは、決まって高価な品を選んで迷いなく代金を支払っていた。
フレイのその姿は、記憶の中のフランによく似ていた。
落ち着いた物腰に、柔らかな表情。そしてどこか控えめな佇まい。
けれど、中身はまるで違っていた。
静かだけれど芯があり、視線は常に前を向いていた。
心配したアルも、いつしか開店前の作業を一緒に手伝うようになっていた。
そして、フレイとも言葉を交わすようになっていく。
「なるほど、それでフレイさんも今は使用人として……」
「はい。読み書きやマナーなど、全て父から叩き込まれていましたので」
「だから、どこか洗練されたような、上品な佇まいでいらっしゃるんですね」
アルは人のいい笑みを浮かべながら、さりげなくフレイの情報を引き出そうとしていた。
俺はただ、その言葉をぼんやりと感じていた。
そのような日々の中で、ある時、俺はフランの墓の場所を知ることになる。
***
その日は、フレイの装いがいつもと違っていた。
落ち着いた色合いを好む彼が、真っ黒な衣服に身を包んでいたのだから。
「フレイさん。今日は、どこかお出かけですか?」
そう声をかければ、フレイは静かに微笑んだ。
「ええ。これから、父の墓参りに行くところでして……」
胸が、わずかに痛む。
身分を隠している俺は、かつてあの大きな屋敷で、使用人の子としてフレイとともに過ごしていたと嘘をついていた。
フレイはそれを疑うことなく受け入れ、よく俺にフランの話を聞かせてくれていた。
フランはあの屋敷を去ったあと、別の貴族の屋敷に雇われていたそうだ。
そこでフレイの母と出会い、家庭を築いたのだという。その事実に、俺は安堵していた。
フランは、誰にも必要とされずに消えたわけではなかったのだと。
愛され、選ばれ、最後の時を生きた。
それでも、あの後悔だけは消えなかった。
「……もし、よろしければ」
気づけば、そのような言葉が口をついて出ていた。
「場所を、教えていただけませんか?仕事終わりに、アルと一緒に向かえたらと思って」
フレイは少し目を見開いたものの、やがて穏やかに笑ってこう言った。
「ありがとうございます。きっと、父も喜ぶと思います」
その笑みは、フランのものによく似ていた。
だが次の瞬間、俺の腰元に強く添えられた手があった。
それは、アルのものだった。
現実に引き戻されるような温もりに、俺は背筋を伸ばしていた。
「ありがとうございます」
そう礼を言って、俺たちは作業へと戻った。
仕事を終えた帰り道、俺たちは墓地へと向かっていた。
そこは店からそう遠くない場所にある、小さな墓地だった。
大きな花束を抱えて、並んで歩く。
夕暮れの空はひどく落ち着き、遠くで鳥の声だけが響いていた。
フランの息子は、フレイただ一人だという。
それでもフランは、愛する妻と多くの弟妹たちに見送られて逝ったらしい。
あるひとつの石碑の前で、俺たちは足を止めていた。
まだ新しい花束が、いくつも供えられていた。
それだけ、フランは多くの人から想われていたのだ。
一番端にそっと花を置いて、俺は膝をついて手を組んだ。
アルも何も言わず、隣で同じように膝をつき目を閉じていた。
「……ごめんなさい」
声が、震えた。
「ごめんなさい……」
何度も何度も、その言葉を繰り返した。
守れなかったこと、何もできなかったこと。
――それでも、今は幸せです。
心の中で、フランにそう伝えた。
「ありがとう」
その言葉を呟いて、俺は静かに立ち上がる。
アルと再び並んで歩き、敷地を出ようとしたその時だった。
目の前に、見慣れない数人の男たちが立ちはだかる。
服装は質素であるものの、その佇まいはどこかの屋敷の使用人であるかのように洗練されていた。
「失礼いたします。少し、よろしいでしょうか……」
先頭の男が、丁寧に頭を下げてこう告げた。
「この辺りで、茶色の短い髪に、黒い瞳を持つ青年を見かけませんでしたでしょうか。さる高貴な方の弟様であらせられるのですが、ある日突然……行方がわからなくなってしまいまして」
その声は、ひどく落ち着いていた。
「いいえ……。俺たちは、何も。なあ?」
「そうだな」
答える間も、俺の背には冷や汗が伝っていた。
――どうか、気づかれませんように。どうか、今だけは……。
男は俺たちの顔を見比べて、短く息を吐くだけだった。
「……それは、失礼いたしました」
そう言って頭を下げると、男たちはぞろぞろと墓地の奥へと向かっていった。
先ほどまで、俺たちが立っていた場所へと。
そして静かに、祈りを捧げていた。
アルは何かを察したように、俺の手を強く握り込んでいた。
家に着くまで、俺たちは何も言わなかった。
兄の手が、もうここまで伸びている。見つかるのは、時間の問題なのかもしれない。
椅子に腰を下ろして、アルが静かに口を開いた。
「……ここから、離れよう」
とても、小さな声だった。
「もしかしたらフレイも、あの屋敷の使用人なのかもしれない。そして俺たちのことを、監視しているという可能性も考えられる……」
やっと手に入れた幸せ、居心地のいい働き場。
そして、フランが繋いだ縁。
俺は、悩んだ。
それらを、簡単に手放せるはずがなかった。
アルは真っ直ぐに、俺の瞳を見つめていた。
それでもこのままでは、アルを巻き込んでしまう。
「アルはそれで、いいのか?」
震える声でそう尋ねると、アルは迷いなく答えていた。
「俺は、リオがそばにいればそれでいい」
俺たちは強く抱き合って、互いの温もりを確かめた。
そして次の休みの日に、俺たちはこの場所を去ることを決めていた。
決して、誰にも気づかれぬように。
この先に、どんな運命が待っていようとも。
アルと二人で、生きていくために。
それも決まって、開店前に。
店主は最初こそ眉をひそめていたものの、今となっては見過ごしていた。
営業時間外の来店は、本来なら注意すべきことでもあった。
けれどフレイは、決まって高価な品を選んで迷いなく代金を支払っていた。
フレイのその姿は、記憶の中のフランによく似ていた。
落ち着いた物腰に、柔らかな表情。そしてどこか控えめな佇まい。
けれど、中身はまるで違っていた。
静かだけれど芯があり、視線は常に前を向いていた。
心配したアルも、いつしか開店前の作業を一緒に手伝うようになっていた。
そして、フレイとも言葉を交わすようになっていく。
「なるほど、それでフレイさんも今は使用人として……」
「はい。読み書きやマナーなど、全て父から叩き込まれていましたので」
「だから、どこか洗練されたような、上品な佇まいでいらっしゃるんですね」
アルは人のいい笑みを浮かべながら、さりげなくフレイの情報を引き出そうとしていた。
俺はただ、その言葉をぼんやりと感じていた。
そのような日々の中で、ある時、俺はフランの墓の場所を知ることになる。
***
その日は、フレイの装いがいつもと違っていた。
落ち着いた色合いを好む彼が、真っ黒な衣服に身を包んでいたのだから。
「フレイさん。今日は、どこかお出かけですか?」
そう声をかければ、フレイは静かに微笑んだ。
「ええ。これから、父の墓参りに行くところでして……」
胸が、わずかに痛む。
身分を隠している俺は、かつてあの大きな屋敷で、使用人の子としてフレイとともに過ごしていたと嘘をついていた。
フレイはそれを疑うことなく受け入れ、よく俺にフランの話を聞かせてくれていた。
フランはあの屋敷を去ったあと、別の貴族の屋敷に雇われていたそうだ。
そこでフレイの母と出会い、家庭を築いたのだという。その事実に、俺は安堵していた。
フランは、誰にも必要とされずに消えたわけではなかったのだと。
愛され、選ばれ、最後の時を生きた。
それでも、あの後悔だけは消えなかった。
「……もし、よろしければ」
気づけば、そのような言葉が口をついて出ていた。
「場所を、教えていただけませんか?仕事終わりに、アルと一緒に向かえたらと思って」
フレイは少し目を見開いたものの、やがて穏やかに笑ってこう言った。
「ありがとうございます。きっと、父も喜ぶと思います」
その笑みは、フランのものによく似ていた。
だが次の瞬間、俺の腰元に強く添えられた手があった。
それは、アルのものだった。
現実に引き戻されるような温もりに、俺は背筋を伸ばしていた。
「ありがとうございます」
そう礼を言って、俺たちは作業へと戻った。
仕事を終えた帰り道、俺たちは墓地へと向かっていた。
そこは店からそう遠くない場所にある、小さな墓地だった。
大きな花束を抱えて、並んで歩く。
夕暮れの空はひどく落ち着き、遠くで鳥の声だけが響いていた。
フランの息子は、フレイただ一人だという。
それでもフランは、愛する妻と多くの弟妹たちに見送られて逝ったらしい。
あるひとつの石碑の前で、俺たちは足を止めていた。
まだ新しい花束が、いくつも供えられていた。
それだけ、フランは多くの人から想われていたのだ。
一番端にそっと花を置いて、俺は膝をついて手を組んだ。
アルも何も言わず、隣で同じように膝をつき目を閉じていた。
「……ごめんなさい」
声が、震えた。
「ごめんなさい……」
何度も何度も、その言葉を繰り返した。
守れなかったこと、何もできなかったこと。
――それでも、今は幸せです。
心の中で、フランにそう伝えた。
「ありがとう」
その言葉を呟いて、俺は静かに立ち上がる。
アルと再び並んで歩き、敷地を出ようとしたその時だった。
目の前に、見慣れない数人の男たちが立ちはだかる。
服装は質素であるものの、その佇まいはどこかの屋敷の使用人であるかのように洗練されていた。
「失礼いたします。少し、よろしいでしょうか……」
先頭の男が、丁寧に頭を下げてこう告げた。
「この辺りで、茶色の短い髪に、黒い瞳を持つ青年を見かけませんでしたでしょうか。さる高貴な方の弟様であらせられるのですが、ある日突然……行方がわからなくなってしまいまして」
その声は、ひどく落ち着いていた。
「いいえ……。俺たちは、何も。なあ?」
「そうだな」
答える間も、俺の背には冷や汗が伝っていた。
――どうか、気づかれませんように。どうか、今だけは……。
男は俺たちの顔を見比べて、短く息を吐くだけだった。
「……それは、失礼いたしました」
そう言って頭を下げると、男たちはぞろぞろと墓地の奥へと向かっていった。
先ほどまで、俺たちが立っていた場所へと。
そして静かに、祈りを捧げていた。
アルは何かを察したように、俺の手を強く握り込んでいた。
家に着くまで、俺たちは何も言わなかった。
兄の手が、もうここまで伸びている。見つかるのは、時間の問題なのかもしれない。
椅子に腰を下ろして、アルが静かに口を開いた。
「……ここから、離れよう」
とても、小さな声だった。
「もしかしたらフレイも、あの屋敷の使用人なのかもしれない。そして俺たちのことを、監視しているという可能性も考えられる……」
やっと手に入れた幸せ、居心地のいい働き場。
そして、フランが繋いだ縁。
俺は、悩んだ。
それらを、簡単に手放せるはずがなかった。
アルは真っ直ぐに、俺の瞳を見つめていた。
それでもこのままでは、アルを巻き込んでしまう。
「アルはそれで、いいのか?」
震える声でそう尋ねると、アルは迷いなく答えていた。
「俺は、リオがそばにいればそれでいい」
俺たちは強く抱き合って、互いの温もりを確かめた。
そして次の休みの日に、俺たちはこの場所を去ることを決めていた。
決して、誰にも気づかれぬように。
この先に、どんな運命が待っていようとも。
アルと二人で、生きていくために。
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