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番外編 レオナルドの愛
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気づいた頃には、もう遅かった。
だが使用人に対してどれほど暴力を振るおうとも、時間が巻き戻るようなことはなかった。
リオンは消えた、フレイとともに。
屋敷中を探させ、街を洗わせ、墓地の近辺まで人を放った。
それでも、痕跡は途切れたままだった。
フレイの家を訪ねた時には、すでにもぬけの殻であったのだから。
乱れた寝台に、脱ぎ捨てられた衣服。
生活の匂いだけが、皮肉なほどに残っていた。
――逃げられた。
その事実が、剣よりも深くレオナルドの胸を突き刺した。
幼い頃から、リオンはいつも隣にいた。
いや、隣に置いていたと言うべきかもしれない。
泣けば叱り、震えれば力強く抱き寄せ、逆らえば力ずくで黙らせた。
それが愛だと、信じて疑わなかった。
当主である父も、そうであったからだ。
父は暴力で人を制していた。
怒りを向け、恐怖を植えつけ、それでも「家族を思っている」と吐き捨てた。
実の母は黙って耐えた末に亡くなり、リオンの母も父の前に跪いていた。
使用人たちは、誰もが口を噤んで静かに目を伏せるだけであった。
レオナルドにとって愛とは、従わせることでもあった。
逃がさぬこと、縛ること、所有すること。
それ以外の形を、知らなかった。
そのため、リオンを手放すという選択肢は、最初から存在しなかった。
リオンが他人に笑いかけるたびに、その胸の奥はざわついた。
フランに世話を焼かれ、柔らかな眼差しを向けられているのを見た時には、理解できないような感情に支配された。
――なぜ、あのような下賤の男に……。
理屈では、使用人に過ぎないと分かっていた。
しかしリオンがフランの前で見せる安らぎの表情は、レオナルドがどれほど望んでも得られなかったものでもあったのだ。
初めは、単なる嫉妬であった。
しかしその感情の名を知る前に、彼は行動してしまった。
父と母に嘘を吹き込み、その姿を屋敷から消したのだ。
奪い、閉じ込め、壊す。
それしか、彼にはできなかった。
「リオンは、俺だけのものだ」
その言葉を、何度口にしたことであろうか。
自らに言い聞かせるかのように、まるで呪文であるかのように。
しかしある日、リオンは姿を消した。
その夜は荒れに荒れて、父と母に剣を向けていた。
しかし父には、敵わなかった。新たな傷を、増やすだけであったのだ。
アルベルトの存在を知った時、レオナルドはすぐさまその身を探そうとした。
没落貴族、取るに足らない男。
そう切り捨てることは、簡単だった。
しかし、リオンがその男と共にいる。その事実だけが、耐えがたかった。
金も、権力も、その名でさえも。使える力は全て使って調べ尽くした。
憎きフランの息子フレイまでをも使用人として引き込んで、ついにレオナルドはリオンの住処を探り当てることに成功したのだ。
そして辿り着いた、小さな家。
親戚と偽りながらも、仲睦まじく笑みを交わす二人の男。
その報告を耳にした時、確信した。
このままでは、リオンを失う。
だから、取り戻したのだ。
その力で、再び。
――閉じ込めてしまえばいい。外の世界を、忘れさせればいいだけだ。
そうすれば、また戻る。
レオナルドは、そう信じてやまなかった。
だが、結果はどうだ。
リオンは、いなくなった。
今度こそ完全に、レオナルドの前から姿を消したのだ。
その後、屋敷の静けさの中で、レオナルドは初めて理解した。
自らは、何一つこの手に掴むことはできなかったのだと。
愛し方が、分からなかった。ただ、壊すことしか知らなかった。
「……自由を、選んだか」
窓のない小部屋で、レオナルドは低く呟いた。
――ならば、それでいい。
リオンが好きな場所で、好きなように生きるのなら。
この手の届かぬ場所で、華やかな笑みを浮かべているというのなら。
――もう、追うことはないだろう。
そう決めたはずであるというのに、胸の奥はひどく冷えていた。
それでも、彼は立ち続ける。
家を守り、地位を保ち、戦場へと赴き、その剣を振るう。
愛を求めることは、もうしない。求めれば、また壊してしまうから。
しかし夜ごと、夢に見る。
幼いリオンが、何も知らずに笑っていたあの頃の姿を。
その夢から覚めるたび、レオナルドは目を閉じて深く息を吐く。
――俺に弟など、いない。
それが彼に残された、唯一の贖罪でもあったのだ
愛を知らなかった男は、愛を失うことでようやくそれを知ったのだ。
END
だが使用人に対してどれほど暴力を振るおうとも、時間が巻き戻るようなことはなかった。
リオンは消えた、フレイとともに。
屋敷中を探させ、街を洗わせ、墓地の近辺まで人を放った。
それでも、痕跡は途切れたままだった。
フレイの家を訪ねた時には、すでにもぬけの殻であったのだから。
乱れた寝台に、脱ぎ捨てられた衣服。
生活の匂いだけが、皮肉なほどに残っていた。
――逃げられた。
その事実が、剣よりも深くレオナルドの胸を突き刺した。
幼い頃から、リオンはいつも隣にいた。
いや、隣に置いていたと言うべきかもしれない。
泣けば叱り、震えれば力強く抱き寄せ、逆らえば力ずくで黙らせた。
それが愛だと、信じて疑わなかった。
当主である父も、そうであったからだ。
父は暴力で人を制していた。
怒りを向け、恐怖を植えつけ、それでも「家族を思っている」と吐き捨てた。
実の母は黙って耐えた末に亡くなり、リオンの母も父の前に跪いていた。
使用人たちは、誰もが口を噤んで静かに目を伏せるだけであった。
レオナルドにとって愛とは、従わせることでもあった。
逃がさぬこと、縛ること、所有すること。
それ以外の形を、知らなかった。
そのため、リオンを手放すという選択肢は、最初から存在しなかった。
リオンが他人に笑いかけるたびに、その胸の奥はざわついた。
フランに世話を焼かれ、柔らかな眼差しを向けられているのを見た時には、理解できないような感情に支配された。
――なぜ、あのような下賤の男に……。
理屈では、使用人に過ぎないと分かっていた。
しかしリオンがフランの前で見せる安らぎの表情は、レオナルドがどれほど望んでも得られなかったものでもあったのだ。
初めは、単なる嫉妬であった。
しかしその感情の名を知る前に、彼は行動してしまった。
父と母に嘘を吹き込み、その姿を屋敷から消したのだ。
奪い、閉じ込め、壊す。
それしか、彼にはできなかった。
「リオンは、俺だけのものだ」
その言葉を、何度口にしたことであろうか。
自らに言い聞かせるかのように、まるで呪文であるかのように。
しかしある日、リオンは姿を消した。
その夜は荒れに荒れて、父と母に剣を向けていた。
しかし父には、敵わなかった。新たな傷を、増やすだけであったのだ。
アルベルトの存在を知った時、レオナルドはすぐさまその身を探そうとした。
没落貴族、取るに足らない男。
そう切り捨てることは、簡単だった。
しかし、リオンがその男と共にいる。その事実だけが、耐えがたかった。
金も、権力も、その名でさえも。使える力は全て使って調べ尽くした。
憎きフランの息子フレイまでをも使用人として引き込んで、ついにレオナルドはリオンの住処を探り当てることに成功したのだ。
そして辿り着いた、小さな家。
親戚と偽りながらも、仲睦まじく笑みを交わす二人の男。
その報告を耳にした時、確信した。
このままでは、リオンを失う。
だから、取り戻したのだ。
その力で、再び。
――閉じ込めてしまえばいい。外の世界を、忘れさせればいいだけだ。
そうすれば、また戻る。
レオナルドは、そう信じてやまなかった。
だが、結果はどうだ。
リオンは、いなくなった。
今度こそ完全に、レオナルドの前から姿を消したのだ。
その後、屋敷の静けさの中で、レオナルドは初めて理解した。
自らは、何一つこの手に掴むことはできなかったのだと。
愛し方が、分からなかった。ただ、壊すことしか知らなかった。
「……自由を、選んだか」
窓のない小部屋で、レオナルドは低く呟いた。
――ならば、それでいい。
リオンが好きな場所で、好きなように生きるのなら。
この手の届かぬ場所で、華やかな笑みを浮かべているというのなら。
――もう、追うことはないだろう。
そう決めたはずであるというのに、胸の奥はひどく冷えていた。
それでも、彼は立ち続ける。
家を守り、地位を保ち、戦場へと赴き、その剣を振るう。
愛を求めることは、もうしない。求めれば、また壊してしまうから。
しかし夜ごと、夢に見る。
幼いリオンが、何も知らずに笑っていたあの頃の姿を。
その夢から覚めるたび、レオナルドは目を閉じて深く息を吐く。
――俺に弟など、いない。
それが彼に残された、唯一の贖罪でもあったのだ
愛を知らなかった男は、愛を失うことでようやくそれを知ったのだ。
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