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びんどろしぃる
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今、空前のブームを巻き起こしている”シール交換”。
なかでもぷくぷくとした厚みと、光を受けてきらきらと揺れるその一枚は、まるで砂糖菓子のようでもあると噂をされ、発売のたびに瞬く間に消えていった。
一児の父であるユウトもまた、例外なく日夜シールを求めていた。
朝の食卓で、いつもなら聞き分けのいい娘がその小さな手を伸ばして。
「ほしい」
と、遠慮がちに言ったあの日から。
彼の週末は、行列と抽選と、読み込み画面の回転に捧げられていたのであった。
オンライン販売にも、業務の合間を縫ってはスマホを片手に果敢に挑んでいた。
しかしその結果は、ことごとく惨敗。
「だいじょうぶだよ、パパ」
と娘は笑うものの、その笑顔が、かえって胸に深く刺さる。
「俺は、娘を笑顔にしてやることさえできないのか……」
日々、ユウトは深いため息をついていた。
「そもそも、本当に実在しているのか?フェイク画像とかじゃないよな?」
しかし諦めかけたその時、同僚であり、同じく一児の娘を持つパパ友の男が、声を潜めてこう教えた。
「俺もこないだ貰ったんですけど。……ある場所に行けば、手に入りますよ?」
「本当か!?だが、交換しなきゃいけないんだろう?」
「……それが、交換しなくても貰えるんですよ。ほら……」
そう男は、懐からシール帳を取り出しては一瞬だけ開いてみせた。
その確かな光に、ユウトの目にも希望の光が宿っていた。
***
その夜、気づけばユウトはとある夜の街に立っていた。
ネオンの光は水面であるかのように揺れ、仕事帰りのスーツは少しだけ場違いであるかのように思えていた。
しかし、そのようなことは言ってはいられない。
今のユウトは、一人の戦士の顔をしていたのだから。
黒塗りの扉の前で、深呼吸をひとつ。
そして、覚悟を決めて、扉を押した。
一歩足を踏み入れれば、そこには未知の世界が広がっていた。
意外にも、中は想像よりもずっと明るく、あたたかな光を放っていた。
奥へと足を進めれば、賑やかな声が耳に入る。
誰もが皆、片手に収まるサイズの可愛らしいシール帳を広げていた。
様々な笑い声が泡のように弾け、グラスの中で氷が鳴る。
「やっだー!これ、めちゃめちゃかわいいー!」
「交換してー!」
「こっちも、こっちも!」
しかし、ユウトは目を見張る。
そこには、見渡す限り、男しかいなかったのだから。
「あ、ママー!お客さんきたよー!」
ユウトは一瞬、帰ろうかと思った。
けれどすでに遅く、がしりと腕を掴まれていた。
「あらあら、可愛いお客さん。いらっしゃいませー!」
「もしかして、新入りさん? よかったら……このキラキラシールあげちゃうわ」
「あはは、どうも……」
と、ユウトは頭を下げることしかできずにいた。
何を隠そう、ここは、知る人ぞ知る男の楽園でもあったのだ。
「そんなに緊張しないで、まずは私たちとお話しましょう?」
「なにか飲む?」
しかしママの話術は見事なもので、気づけばユウトの手元には愛らしいピンク色のシール帳と、可愛らしいシールがいくつも集まっていた。
「……これなんか、娘ちゃんにいいんじゃなーい?」
「いいわねぇ。かわいいー」
「じゃあ私は、これあげるわね。……で、こっちと交換ね!」
「かわいぃー、潤うわぁー」
しかし、肝心の一枚だけは、待てど暮らせど出てこない。
ユウトは酒を一息に飲み干した後に、周囲の男たちにこう尋ねた。
「あのう……。俺、”びんびんどろっぷしぃる”を、探しているのですが……」
その言葉が落ちた瞬間、バーの空気が凍り付く。
まさかという視線が、辺りを飛び交う。
「……その、……確認だけど。びん……びんどろっぷしぃるが、ほしいの?」
顎髭を生やした男が、ゆっくりと確かめるようにユウトに向けてこう言った。
「……そうですけど」
一瞬の間があった後、ママがにっこりとした笑みを浮かべていく。
「わかったわ。それじゃあ、案内してあげて?」
「はーい!ユウトさん、こっちよー」
***
ユウトが通されたのは、細い廊下の先に並ぶ、とある二つの扉であった。
どちらも静かで、どちらも、何かを秘めているような不気味さがあった。
「ユウトさん」
背後でママは柔らかく、しかしやけに真剣味を帯びた口調でこう問いかけた。
「タチ、ウケ…… どっち?」
聞き慣れぬその単語に、思わずユウトは言葉を失う。
――何かの、呪文か?
迷える頭の中で真っ先に浮かんだのは、あどけなく眠る娘の寝顔であった。
シール帳を抱えて眠る、小さな背中。
控えめな娘が、勇気を出して欲しいと言ったそのシール。
守りたいものがあるのだ、という事実。
その選択は、ひどく恐ろしいものでもあった。
けれど同時に、その胸の奥で、長いあいだ眠っていた何かが、かすかに目を覚ますような音もしていたのだ。
――俺の答え次第で、手に入るシールが変わるとでもいうのか?
ユウトは、静かに息を吸った。
そして、一方の扉を選んでいく。
この先に何が待ち受けていようとも、それでも、彼は前に進むしかないのだ。
愛する、たった一人の娘のために。
そして、まだ名前がつかない自らのその気持ちのために。
見知らぬ街の夜は、深く、優しく、ユウトの身を包み込んでいくのであった。
なかでもぷくぷくとした厚みと、光を受けてきらきらと揺れるその一枚は、まるで砂糖菓子のようでもあると噂をされ、発売のたびに瞬く間に消えていった。
一児の父であるユウトもまた、例外なく日夜シールを求めていた。
朝の食卓で、いつもなら聞き分けのいい娘がその小さな手を伸ばして。
「ほしい」
と、遠慮がちに言ったあの日から。
彼の週末は、行列と抽選と、読み込み画面の回転に捧げられていたのであった。
オンライン販売にも、業務の合間を縫ってはスマホを片手に果敢に挑んでいた。
しかしその結果は、ことごとく惨敗。
「だいじょうぶだよ、パパ」
と娘は笑うものの、その笑顔が、かえって胸に深く刺さる。
「俺は、娘を笑顔にしてやることさえできないのか……」
日々、ユウトは深いため息をついていた。
「そもそも、本当に実在しているのか?フェイク画像とかじゃないよな?」
しかし諦めかけたその時、同僚であり、同じく一児の娘を持つパパ友の男が、声を潜めてこう教えた。
「俺もこないだ貰ったんですけど。……ある場所に行けば、手に入りますよ?」
「本当か!?だが、交換しなきゃいけないんだろう?」
「……それが、交換しなくても貰えるんですよ。ほら……」
そう男は、懐からシール帳を取り出しては一瞬だけ開いてみせた。
その確かな光に、ユウトの目にも希望の光が宿っていた。
***
その夜、気づけばユウトはとある夜の街に立っていた。
ネオンの光は水面であるかのように揺れ、仕事帰りのスーツは少しだけ場違いであるかのように思えていた。
しかし、そのようなことは言ってはいられない。
今のユウトは、一人の戦士の顔をしていたのだから。
黒塗りの扉の前で、深呼吸をひとつ。
そして、覚悟を決めて、扉を押した。
一歩足を踏み入れれば、そこには未知の世界が広がっていた。
意外にも、中は想像よりもずっと明るく、あたたかな光を放っていた。
奥へと足を進めれば、賑やかな声が耳に入る。
誰もが皆、片手に収まるサイズの可愛らしいシール帳を広げていた。
様々な笑い声が泡のように弾け、グラスの中で氷が鳴る。
「やっだー!これ、めちゃめちゃかわいいー!」
「交換してー!」
「こっちも、こっちも!」
しかし、ユウトは目を見張る。
そこには、見渡す限り、男しかいなかったのだから。
「あ、ママー!お客さんきたよー!」
ユウトは一瞬、帰ろうかと思った。
けれどすでに遅く、がしりと腕を掴まれていた。
「あらあら、可愛いお客さん。いらっしゃいませー!」
「もしかして、新入りさん? よかったら……このキラキラシールあげちゃうわ」
「あはは、どうも……」
と、ユウトは頭を下げることしかできずにいた。
何を隠そう、ここは、知る人ぞ知る男の楽園でもあったのだ。
「そんなに緊張しないで、まずは私たちとお話しましょう?」
「なにか飲む?」
しかしママの話術は見事なもので、気づけばユウトの手元には愛らしいピンク色のシール帳と、可愛らしいシールがいくつも集まっていた。
「……これなんか、娘ちゃんにいいんじゃなーい?」
「いいわねぇ。かわいいー」
「じゃあ私は、これあげるわね。……で、こっちと交換ね!」
「かわいぃー、潤うわぁー」
しかし、肝心の一枚だけは、待てど暮らせど出てこない。
ユウトは酒を一息に飲み干した後に、周囲の男たちにこう尋ねた。
「あのう……。俺、”びんびんどろっぷしぃる”を、探しているのですが……」
その言葉が落ちた瞬間、バーの空気が凍り付く。
まさかという視線が、辺りを飛び交う。
「……その、……確認だけど。びん……びんどろっぷしぃるが、ほしいの?」
顎髭を生やした男が、ゆっくりと確かめるようにユウトに向けてこう言った。
「……そうですけど」
一瞬の間があった後、ママがにっこりとした笑みを浮かべていく。
「わかったわ。それじゃあ、案内してあげて?」
「はーい!ユウトさん、こっちよー」
***
ユウトが通されたのは、細い廊下の先に並ぶ、とある二つの扉であった。
どちらも静かで、どちらも、何かを秘めているような不気味さがあった。
「ユウトさん」
背後でママは柔らかく、しかしやけに真剣味を帯びた口調でこう問いかけた。
「タチ、ウケ…… どっち?」
聞き慣れぬその単語に、思わずユウトは言葉を失う。
――何かの、呪文か?
迷える頭の中で真っ先に浮かんだのは、あどけなく眠る娘の寝顔であった。
シール帳を抱えて眠る、小さな背中。
控えめな娘が、勇気を出して欲しいと言ったそのシール。
守りたいものがあるのだ、という事実。
その選択は、ひどく恐ろしいものでもあった。
けれど同時に、その胸の奥で、長いあいだ眠っていた何かが、かすかに目を覚ますような音もしていたのだ。
――俺の答え次第で、手に入るシールが変わるとでもいうのか?
ユウトは、静かに息を吸った。
そして、一方の扉を選んでいく。
この先に何が待ち受けていようとも、それでも、彼は前に進むしかないのだ。
愛する、たった一人の娘のために。
そして、まだ名前がつかない自らのその気持ちのために。
見知らぬ街の夜は、深く、優しく、ユウトの身を包み込んでいくのであった。
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