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第一章 ロストサンタクロース

孤独のナイフ (2) /外ヶ浜銀次郎

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「お疲れ様」

 銀次郎が声をかけると、装束を着たまま座り込んでいた馴鹿が顔を上げた。外ヶ浜園美の葬儀が終わった。傾いてきた太陽の光が、少年の柔らかな髪をなでている。

「銀次郎……」

 馴鹿の顔は、言わずとも雄弁であった。銀次郎はなるべく気を遣わせまいと、笑顔を作って見せる。

「馴鹿は優しいな。そう気にするな」
「はい……。着替えて、お茶を持ってきます。待っててください」
「わかった。……あぁ、そうだ。いつもの巡回は済ませておいたから」
「す、すみません。見送ることもできず……」
「いいって。今日は忙しかったろ」

 銀次郎は理解していた。馴鹿も、馴鹿という職業をこえ、個人的な悲しみに打たれている。そんな彼に気を遣わせてしまっていることに、銀次郎は申し訳なさを感じていた。
 直接聞き及んだわけではないが、人懐こい園美のこと、孫の友人である馴鹿をも可愛がったに違いないと、銀次郎は思った。その隣に、当たり前のように年を取って、馴鹿の頭をなで回してやる自分の幻を見る。銀次郎の胸は、自傷行為のごとき傷を負った。

「そういえば、馴鹿は行かなくていいのか?」

 普段着に着替え、お茶を運んできた馴鹿へ、銀次郎は問いかけた。いまごろ、外ヶ浜宅では園美を偲び、昔話に花が咲いているはずである。

「僕もあとで行きます」
「そうか」

 行きたくても行けない銀次郎に向ける言葉として、適切ではなかった。そう思ったのか、馴鹿はばつの悪そうな顔をした。

「気にしすぎだ。俺はもう偲ばれる側なんだから」
「銀次郎……」
「なあ、馴鹿。その代わりと言っちゃなんだが、すこしでいいから、外ヶ浜園美の話を聞かせてくれないか?」
「わかりました」

 それで、銀次郎の気がすこしでも紛れるのなら。僕は嬉しいです。

 そう、馴鹿の顔に書いてあるのを見てとり、銀次郎の自傷行為は深まった。
 幼くして馴鹿を襲名した少年は、どれほどの我慢と努力を積み重ねて、そんな気丈な顔をしてみせるのかと、銀次郎は恥じ入る。相手を見て自分を卑下する悪循環は、人間であろうと墓守であろうと、その殺傷能力を存分に発揮した。


 ◆


 銀次郎の頭のなかには、かねてより疑問があった。
 赤茶けた錆のように、焦げ付いた炭のように、引っかいても取れない違和感。かさぶたに擬態して、傷を埋めていた汚れ。日々積み重なっていることに気付いても、やがて忙殺されて頭の片隅に追いやられる。しかし、それは見計らったかのように、最悪のタイミングで鎌首をもたげた。

 俺は墓守失格ではないのか。

 墓守となったからには、その責務を果たさなければならない。それが世の理である。若き馴鹿でさえ、迷い苦しみながらも責務に忠実であろうとしている。

 しかし、俺はどうなんだ、と銀次郎は慟哭する。

 なぜ、俺は木にならない。なぜ、俺には思い出が残っている。
 なぜ、愛する者の老いていく日々に、寄り添うことが許されない。
 なぜ、愛する者の死を受け入れようとする者たちに、寄り添うことが許されない。
 そんなことを考えてしまう自分は、墓守になどなってはいけなかったのだ。
 なぜ、人は木になるのか。なぜ、墓守が生まれるのか。
 なぜ、こんなにも苦しまなくてはならないのか。
 理不尽への怒り。悲しみ。悔しさ。それらは一体、どこへ、誰へ、ぶつけるのが道理なのだろうか。

 ロッジの窓から見える御神木は、まさに神々しい存在感でもって埋葬林にある。
 銀次郎は、埋葬林の最奥――中央にそびえ立つその大樹をにらみつけた。

「なぜだ……」

 にわかに膨らみかけた憎悪に、銀次郎はハッとした。自分のなかに芽生えた感情に、思わず苦笑する。

「世はいつも理不尽じゃないか。なにをいまさら。なんのことはない、俺が墓守として不甲斐ないだけだ」

 自分が異常だったから。普通の墓守ではなかったから。そこに、自分の意思が介在していなかったとしても、すべての責は自分にある。
 銀次郎は己にそう言い聞かせる。
 もとより欠陥品だったのだと。墓守を選ぶ何某かも、こんな異常な墓守など、望んでいなかったに違いないと。
 自分が感じるすべての苦しみは、自分自身に起因しているのだ。御神木に向ける憎悪など、それこそ理不尽に違いない。欠陥品の墓守ごときに、憎悪などという感情は身に余る。捨ててしまえ。
 なかば、脅迫するように自分に言い聞かせ、銀次郎は窓から視線を外した。

 銀次郎のこころは、いまや自分で衝き立てたナイフによって、剣山の様相を呈していた。

「苦しい。苦しいなあ。どうしたらいいんだ……」

 銀次郎の問いかけには、とうぜんだれも応えない。ひとっこひとり、いないのだ。静まり返ったロッジに、秋の夜風が吹き込んでくる。今日の埋葬林は、銀次郎の心境を反映したように、寂しげに秋めいていた。

 生きた人間を排斥する埋葬林。そこに佇むロッジのなかで、銀次郎は今日ほど孤独を感じたことはなかった。
 外ヶ浜園美は、もういない。愛した者は、もう死んでしまった。木になってしまった。いずれ、この埋葬林のどこかで、静かにたたずむ死者の木だ。
 埋葬林の番人といえど、死者の木に故人の意思を感じることなどできなかった。死者の木は、死者の木でしかない。成長しようとも、元の姿に戻ることなどない。硬実を実らせようとも、墓守の行動に呼応しようとも、それは意思ではない。ただの反応でしかない。物言わぬ木である。

 サンタクロースにはレインディアがいて、墓守には馴鹿がいる。しかし、墓守の老いは非常に緩やかで、寿命が長い。普通の人間にとっては、不老不死と言ってしまっていいだろう。
 対して馴鹿たちは、墓守のサポートという責務を負っただけの、普通の人間である。当たり前に命は絶える。そして、襲名して代替わりを果たす。墓守に一番近い馴鹿でさえ、墓守の一生を見守ることは叶わない。

 銀次郎は、うそ寒さを感じた。もっとも愛したひとを失って、圧倒的な孤独が彼を飲み込んだのだ。

































[interrupt request]
[hideout669]

「不転化個体と思しき人物を生存状態で二名発見。
 二名とも墓守と呼称される異常個体の目視が認められるため、確度は高い。
 うち一名は変異異常個体の肉親。
 引き続き監視を行う」

 サークル構成員No.669からの報告

[/hideout669]
[/interrupt request]
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