奴隷烙印の元公爵令嬢

ハシモト

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  「しっかり押さえつけておけよ」

  首を左右に激しくふって後ずさるアナスタシオの抵抗を無視して、男達はむりやり猿ぐつわを噛ませると、彼女をうつぶせにして地べたに押さえつけた。

  「っん!っんん!!」

    高温に熱っした焼きごてがアナスタシオの右肩を焼き焦がす。

  「う゛ぅ゛ん゛ん゛~~~!!」

  あまりの痛みから涙をとめどなく流し暴れるアナスタシオを、いかつい男がさらに押さえる。

  「暴れんじゃねぇ」

  焼印を持った男がコテを一度、右肩につよく押し付けて離した。
  その時点でアナスタシオの意識は途切れ途切れであったが男達の声はかすかに耳に入ってきた。

  「しっかし、憐れな女だ」

  「ああ、王族なんて血も涙もない。婚約破棄だけで充分な傷だろうに」

  「公爵の女に奴隷烙印なんてな」
 
  男達は床に転がっている彼女を憐れんだ。

  あぁ…あまりにも残酷だわ…

  アナスタシオの意識はそこで完全に途切れた。







暗い地下通路、脱出路の入り口にはまぶかにフードを被った年若い少女二人、齢を経た婦人、従者らしき男が二人立っていた。

  「リシェアン、エメの言うことをよく聞くのですよ」

  少女のうちの一人が、リシェアンといった少女の手を取ってエメ老婦人に預けた。しかしリシェアンは一度離れた彼女の手をぐっと掴んだ。

  「いやでございます!アナスタシオお姉様、もう一度お考え直し下さい!!」

  アナスタシオお姉様と呼ばれた少女はしずかに首を振った。

  「馬鹿おっしゃい。リシェアン、貴女だけでも逃げるのです」

  そう、アナスタシオが口にするとリシェアンは、それでも嫌だとアナスタシオのドレスの裾を掴み、泣き崩れてしまった。

  「お父様、お母様、お兄様が亡き今、ルールウェス公爵の当主はわたくし、アナスタシオ・ルールウェスです。わたくしの言うことをお聞きなさい。さあ、早く」

  「いやっ、いやよっ!お姉様が一緒でなくてはいやっ!」

  ついに駄々っ子のようにその場にうずくまったリシェアンをアナスタシオは前から包み込むように抱きしめた。

  「大好きよ、リシェアン。情けない姉を許して頂戴…」

  「お姉───」

  バタリと倒れたリシェアンの頬に軽く口付けをして、アナスタシオは二人いる従者のうちの若い男の方に礼を言った。

  「ありがとう、ダレン。これでリシェアンだけでも…」

  「文句言われど感謝される筋合いなんてないぜ。従者である前に惚れた女の一人も守れねぇなんて」

  ダレン青年は血が滲むまで唇を噛み締めた。
  惚れたなどと素面で言ってのける従者にアナスタシオはクスリと笑った。

  「また何を言ってるのこんな状況で。それでは、エメ、ゴドルフ、ダレン、私のかわいいリシェアンを頼みますね」

  エメとゴドルフはグスグスと涙を流しながらも、倒れているリシェアンを抱きおこす。
  そんな彼等にくるりと背を向け、アナスタシオは先を急ぐように促した。
  
  「さあ!走りなさい!時間などありませんよ、早くお行き!」

  「お嬢様もお気を付けて!」「お嬢様、何卒ご無事で!」

  アナスタシオは徐々に去っていく足音を背中にして、我慢できず涙を流した。
  そして泣いてしまった自分を叱責するように両頬を叩く。

  (何を泣いているの、アナスタシオ。こんなとこでちんたら止まってる暇はないのよ)
  
  涙を拭い、足を一歩前に出したところで後ろから手首を掴まれた。驚いて一体だれなのだと身を翻すと

  「ダレンっ!!何故ここにいるのですか!?」

  たった今別れたばかりのダレン青年がアナスタシオの歩みを止めたのだ。そのなんたる悲痛な面持ちか。

  「…俺はあんたについていく。だから、俺を、置いてくな…」

  掴まれた手首により力が込められ、悲しみか、はたまた安心か、その手の熱にまた堪えきれぬ涙がしたたる。

  「…死ぬかも知れないわ」

  「あんたに仕えて死ねるなら本望だ」

  「バカね…ほんとに、バカだわ。うっ、グスッ、救いようのない、バカだわっ」

  ダレン青年は悲しいような、切ないような顔を浮かべ、泣きじゃくるアナスタシオが落ち着くまでその頭を優しく撫でた。

  「本当は今すぐあんたの手を引っ張って逃げたい。だけどそれはあんたの望みじゃ無いんだろう?」

  「…ええ、もちろん」
  
  アナスタシオは乱れた心を落ち着けようと一呼吸つくと、うつむいていた顔をぐんと上げ、ダレン青年を真っ直ぐに見つめた。

  「ダレン、リシュアンが逃げ切れる時間を稼ぐわよ。私に道を示しなさい」

  「はい、仰せのままに」

  

  その半日後、ザシュワール王国の王立騎士団によって、シュヴァイン城に立て籠もった、罪人アナスタシオ・ルールウェスとその従者が捕らえられた。





 

※※※※※※※※※※※※※※※※※


  「この売国奴め!!婚約破棄で済むと思うなよ!」

  王座の間にて、手枷足枷をつけられたアナスタシオは赤いカーペットの上に膝をついていた。

  「なんとか言ってはどうだ反逆者。お前の父と母と兄は潔く殺されたと言うのに、みっともなく逃げおって、恥を知るが良い!」

  憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

  アナスタシオは湧き上がる激情をなんとか抑えつけ婚約者であったローゼン・ザシュワール王太子を鋭く睨みつけた。

  何が売国奴!何が反逆者!!ここにいるだれよりも国を支えていたのはルールウェス公爵家であるのに!!

  アナスタシオは周りをジロリと見渡し、王太子の周りに派閥違いの宰相や将軍たちがはべっている様子に絶望した。
  その中で最も目に付いたのは宰相の娘である公爵令嬢。扇子で口元を隠しているが、目元が半月型に細められており、笑っているのを隠せていない。国母になる者を蹴落とせたと。

  そこで高らかに罪状が述べられる。

  ルールウェス公爵が軍事機密を持ち出した諜報員であり、数ヶ月前、西隣の公国に侵略した際、策略が読まれ五万もの兵が失われたのは公が敵に情報を流していたからだと。そして、ローゼン王太子の婚約者であるにも関わらず、その事実を黙認し欺き続けていたアナスタシオの罪はより思いとも。

  このような出鱈目をうそぶくとはとんだ悪者だ。

  ルールウェス家は国に絶対の忠誠を誓い、先王よりずっと前から王族の右腕であると、数ある公爵の中でも頭一つ飛び抜けて信頼され重宝されていた。
そんなルールウェスを妬み、引き摺り下ろしたのはこの場にいる宰相を筆頭とする貴族たちだろう。

  国王がとこに伏せっている間、王宮はずいぶんと腐ってしまったのだ。
  耳障りの良い言葉を並べる者だけをはべらす王太子に、自らの欲を満たすために姑息な手を使う貴族。最低の国家ではないか。

  「よくも私を欺き続けてくれたな薄汚いネズミめ。どうせお前も父ネズミに加担していたのだろう?」

  王太子がはははと声を立てて笑うと周囲もそれに合わせて笑い声を立てた。

  憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

  アナスタシオは身体の内側からこみ上げる殺意に逆らえず、バッと顔を上げて憎悪の篭った瞳で王太子を睨みつけた。

  その殺気に一瞬たじろぐ王太子であったが、ネズミと罵って馬鹿にした相手に睨まれて、瞬時に怒りを燃やした。
  彼はアナスタシオの方にカツカツと大股で歩み寄ると、彼女の長い薄紅色の髪を掴んで力一杯引っ張った。

  「ドブネズミの分際で人間様に生意気であろう」

  それでも目尻を吊り上げて、王太子を真正面から睨みつけるアナスタシオを、今度は腰に付けていた剣の鞘で顔を強く殴りつけた。

  「んぐっ!!」

  かなりの威力があったのだろうアナスタシオは殴られた衝撃で床に叩きつけられ頭を強く打った。

  口の中に鉄の味が広がり頭がクラクラとする。なんとか身体を動かそうとするも起き上がることもかなわない。

  「ああ、お前は顔だけが取り柄だと言うのに、そのみっともない見てくれはどうだ。なぁ、床に這いつくばる気分を教えてくれないか?」

  悔しくて悔しくてたまらず涙が滲む。今すぐ父と母と兄の仇をとってやりたい。

  アナスタシオは分かっていた。ここまで来ては父達のような斬首では済まされず、散々に痛みつけられ悲惨に惨めに殺されるのだろうと。
  それならば油断して近くにいる王太子に襲いかかり、多少なり怪我を負わせるのも悪くない選択だ。
しかし、彼女にはまだ、もう一人、守りたい者がいる。そのため、怒りに任せた行動は王子を逆上させを殺してしまう結果につながるかもしれない。

  「口をパクパクさせて情けない。何か言いたいことがあるなら申してみよ」

  ニタニタと卑下た笑いを見せる王太子にアナスタシオは鳥肌を立てるも、静かにピリピリと痛む口を開いた。

  「…わたくしと共にいた従者は、どこで御座いましょう…彼は、わたくしの命令に逆らないよう調教した憐れな従者であります。最後くらい解放してやりたいのです」

  もちろん調教などしてはいない。アナスタシオは従者ダレンを助けたい一心で言葉をつむいだのだ。

  王太子は少し考え込む仕草を見せると、思い出したのか、ああ、と声を出した。

  「あの男なら地下牢に送った筈だ。そうであろう宰相」

  「え、ええ。そうであります」

  妙に歯切れが悪い大臣に違和感を覚えるも、ダレンが生きていると言う事実に歓喜した。

  「なんだその様な身になりながらも従者を解放してほしいと乞うか」

  片眉を上げて話を聞く態度を見せる王太子に僅かに期待した。アナスタシオはダレンが助かるならと恥も矜持も捨てて頭を床につけた。

  「…最後の罪滅ぼしでございます。どうかこの薄汚く醜いドブネズミの願いを聞き入れてはくれませんか」

  しばしの沈黙の後、期待と希望を宿し王太子をゆくりと見上げて目を見開いた。その口は面白くてたまらないと言った様につり上がっていたのだから。

  「……ふっ、ふははははっ!!これぞ傑作!腹がよじれるわ!しかし、宰相の娘の言う通りあの従者と恋仲とは事実らしい。なにせ地面に頭を擦り付けて男は見逃せと乞うのだからなぁ!」

  目の前が絶望に染まる。最悪の展開だ。アナスタシオは何とか反論しようと口を開く。

  「公爵令嬢たるもの、従者ごときと情を通じるなど恥でございます!あの男は一介の従者、傀儡のゆるされた駒です!」

  アナスタシオが声を荒げると、さきほど扇子で笑いを隠していた宰相の娘が前に出てきた。

  「王太子殿下、騙されてはなりません。彼女は殿下に不貞をはたらいた不届きものでございます!わたくし、この目で見ましたもの!彼女のこの慌てよう。好いた男を救う為に必死なのです」

  また嘘を!なんて酷い!!お願いだからわたくしの邪魔をしないで!生きている彼だけは助けたいの!

  「ああ、騙されんさ。しかし、こやつは悲惨に殺される運命。ならば最後の願いくらい叶えてやらぬ事も…」

  王太子がまさかの言葉を発した。
  ああ。これでダレンが助かる。心置きなく死ぬことができる。そう思うと胸が熱くなった。
  しかしその熱は王太子の笑いによってかき消された。

  「…ああ、だが、ふふ、はは、はははっ…お前の願いは、もう叶えてやることはできぬのだ」

  アナスタシオは何を言っているのだと、うまく働かない頭をおこし王太子を呆然と見つめた。

  「なんせあの従者は既に殺した」

  その言葉が完全に言い終わる前に、アナスタシオは王太子に向かって突進していた。そして、反応に遅れ防御できないでいる王子の顔面を手枷で力の限り込めて殴り付けたのだ。

  アナスタシオはすぐに取り押さえられ、宰相たちに囲まれ、いたいいたいと喚く王太子を知っている限りの罵詈雑言で罵った。



  こうしてアナスタシオは反逆罪、不貞罪、不敬罪をもって、死罪より重いとされる流罪を言い渡されたのだ。
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