私は妾の子じゃありません!〜二度目の人生はお気楽にいかせていただきます〜

ハシモト

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プロローグ

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  これはエウフェミアが六歳の頃の話である。

  「おとうさま、おとうさまはエウフェミアがお嫌いですか?」

  一ヶ月と半月ぶりに会う父に、エウフェミアはベットの上でそう尋ねた。
  いつもであるならばこんな質問、エウフェミアとて口にしない。ただ、この一週間は体調がすこぶる悪く、気も心も滅入ってしまっていた為、思わず父親という存在に甘えたくなったのだ。
  今思えばこれがエウフェミアにとって始めて父に甘えた瞬間だった。

  「……」

  エウフェミアは、ぼやぼやと霧がかかった視界に父を捉え、更に言葉を続けた。

  「…エウフェミアは、おとうさまが大好きです」

  霧の向こうの父に手を伸ばした。
  一度だけでいい。この手を握って、大丈夫かと抱き締めて。

  「……」

  「…おとう、さま…?」
  
  父はエウフェミアを見下ろす様にベッド脇に立っているだけで、返事すらしてくれない。
  父は自分の声が聞こえているのだろうか?もしや自分は病気を拗らせすでに死んでいて、霊的な存在になってしまったのでは無いのかとさえ思った。

  「…カルラ。今日からのお前の名だ」

  唐突に切り出された言葉に最初は何を言っているのか理解できなかった。
  伸ばしていた手も空を切ってベットに落ちた。

  父はそれだけだと、エウフェミアの部屋を後にした。

  「…カルラ?わたしの名前?」

  父が体調の悪い自分を気遣って、甘えさせてくれるのではという下心は、彼が新しく自分に付けたであろう名前の前に消し飛んだ。
  エウフェミアは訳が分からず首を傾げたままだった。
  
  その意味は次の日知る事となる。

  「あたし、エウフェミア!よろしくね!」

  父が連れて来た子は自分をエウフェミアと言った。

  「あなたの名前は?」

  無邪気な瞳が尋ねる。

  「…わ、わたしは」

  「これの名はカルラ。同い年だがエウフェミアの姉だよ。カルラ、お前の妹だ」

  衝撃的だった。
  父に自分以外の子供がいる事も、自分の妹という存在に収まる事も。そして、「エウフェミア」が彼女の名である事も。

  初対面が終わり、呆然と部屋に戻る途中で侍女たちの話を運悪く耳にした。
  「ひどい話よね…妾の子とお嬢様を入れ替えるなんて」「あの妾の子が侯爵邸の正式な子供になって、お嬢様が妾の子だったって事にするんですか」「いくら妾を愛してたからって、お嬢様の立場はどうなるのかしら…」「奥さまが報われないわね。お貴族様の考える事はよくわからないわ」

  頭の良いは侍女たちの言っていることを理解した。
  父が妾の子かわいさに、父と正妻の子であり、侯爵家の正統な実子カルラと、父と妾の子、の立場を入れ替えるということを。
  自分はやはり父に愛されていないということを。
 
  しばらくすると使用人の入れ替えが行われ、侯爵家の真実を知る者は消えた。新しく入った使用人達はカルラを妾の子としてぞんざいに扱った。

  それでも、名前を、立場を奪われてなお、カルラは「良い子」を止めなかった。
  今まで以上に努力してダンスも、歴史も、文学、音楽、言語、あらゆるものを身に付けた。
  いつか必ず、父がエウフェミアに向ける優しい瞳を自分に向けてくれると信じて疑わなかったのだ。

  新しく出来た妹は正直言って憎らしくて仕方がなかった。なんの努力無しに至極当然と父の愛を掻っ攫って行ったのだから。
  お姉さま、と無邪気に笑いかけるエウフェミアは、持ち前の愛らしさと天真爛漫な性格で使用人にも好かれ、皆が妹を愛した。

  適齢期にもなると社交界に顔を出す機会が多くなる。カルラはそこで運命的な出会いをした。
  侯爵家の陰だ、妾の子だ、穢らわしいと貴族の子息達に虐められていた時のことである。いつもの様に俯いてスカートを握って耐えていると、どこからともなく現れた少年が自分を後ろに庇うように、彼等の間に入って虐めを止めてくれたのだ。
  物語に出て来る白馬の王子は実在した。
  カルラは後に、彼が一国の第三王子シメオンである事を知り確信する。

  カルラはこれをきっかけにシメオンに恋心を抱き、彼に会いたいと苦手な社交界にも率先して出た。 
  彼なら、自分を守ってくれた彼なら、見返りなく無条件で私を愛する存在になってくれるかもしれないと期待を抱いて。
  恋に盲目とはこの事を言うのだろう。シメオンを狙う貴族子女達に混ざって金魚のフンよろしく、彼の迷惑も考えず後を付け回した。
  周りを出し抜きたいと彼の荷物持ちや雑用を率先して行い、出来る限りを尽くした。
  シメオンからすればカルラなど使い勝手の良い間抜けな女に過ぎないのに。

  侯爵家に王家から婚約状が届いたと言う。カルラは舞い上がった。シメオンに自分の想いが届いたのだと。本当に馬鹿な事である。
  それは妹、エウフェミア宛だった。

  目の前が真っ暗になる。

  また、努力が水の泡となった。また、愛されなかった。

  「お姉さま、婚約式には是非来て下さいね!」

  可愛らしく性根の優しい無垢な妹は愛されて当然。分かっているのだが。

  「お姉さまもいつか本当に愛してくれる方と巡り会えますよ!」

  無邪気で無神経で残酷な言葉。

  「妹の幸せさえ祝えないのかお前は」

  父の言葉が胸に刺さる。だからお前は駄目なのだと言われているようで。

  「慎みがない奴だ。無垢で可憐なエウフェミアとは大違いだな」

  慕っていた彼から軽蔑の目が向けられる。

  皆が自分から遠ざかっていく。

  カルラは結局、誰にも愛されない。




  
  「ねぇ、私はどうしたら良かったのかしら。どうしたら皆んな愛してくれた?」
  ベットの上で痩せ細った腕を天井に伸ばし、カルラはベットの脇に座る人物にポツリと話しかけた。
  「お嬢様は何も悪くありませんよ」
  「そう…」
  納得しているのか、いないのか分からない様子のカルラの瞳に生気は宿っていない。 彼女の意識は途絶えようとしていたのだから。
  「お嬢様、いい夢を」
  「…おやすみ、アリュー…」


  「エウフェミア様、愛しておりました」

  その告白がエウフェミアに届くことはなかった。
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