本屋の賢者は、星の唄で眠りにつきたい

蒼乃ロゼ

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第十五話 『賢き者』

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 その夜は、とてつもなく長かった。
 ルネは一睡もすることなく朝を迎えた。

「お、おはよぉございまぁ~す……」

 控えめなノック音が部屋に響く。
 ルネは窓辺から慎重に身を起こし、以前の失敗を繰り返さないように気を付けながら声の元へと向かう。

「……おはよう、ラミー」
「おはようございます、オーナー。……寝てないんですか?」
「ふふ。分かる?」

 目元の隈を見て察したラミロ。
 その表情は心配、というよりも『やはり』といった様子だ。

「あのぉ」
「うん?」
「朝食、作りました」
「! ありがとう……?」

(あれ? 音は、しなかったと思うけど……)

 ルネの五感の内、視覚以外は六年前より元の感覚以上に研ぎ澄まされている。
 聴覚もそうだ。
 だが、一階で料理を作るような音は聞こえなかったように思う。

(私が起きていることを察して、静かにしていてくれたのだろうか)

 確かに書店入り口とは反対にある裏口は、静かに開け閉めすれば響くようなものではない。
 ルネはラミロの心遣いにひそかに感謝した。

「一緒に、食べましょっ」
「うん」

 シェイドとは違い、ルネの手を取るでもなく自分の席に着くラミロ。
 二階は自分の唯一の世界のように思うルネにとって、それは何ら不思議ではないのだが、はたと気付いた。

(……あれ)

 シェイドは毎回、二階であっても必ず手を添えてくれる。
 それはシェイドの優しさや、罪悪感からそうするのだろうと思っていた。

 ただ、六年。

 それほど長い時間を共にしても、毎回必ず手を取るのは……果たして『やさしさ』や『罪悪感』だけが理由なのだろうか?
 どこか当たり前のようにシェイドの優しさに甘えていたルネ。

(聞けば、……よかったな)

 人間は、他種族とは違い目まぐるしい感情の変化をもたらす海原をゆく。
 日々の変化にその都度心を傾け、考え、どうにかしようとする。

 だが、慣れとは本当に恐ろしいものだとルネは思った。

 まさか、変わらないものこそ言葉で確かめる必要があるのだと気付かなかったのだ。
 かつて自分を『賢者』と呼んだ口元から、愛の言葉が紡がれるのをほんの僅かな望みをもって待っていただけだった。

 シェイドは今日も戻っていない。
 ルネは、最後に自分にも人間らしいところがあるのだなと気付いた。


 ◆


「──失礼」

 言葉を多く交わすことなく朝食を終えた二人は、共に一階へと向かう。
 そうすることが自然のことのように、ラミロは表に『臨時休業』と張り出していた。

 ルネとラミロが気を紛らわそうと本について話していると、約束の時間よりも少し前に彼らはやってきた。

「……」
「はい、どうも~」

 ルネが落ち込まないようにか、あえて明るく接するラミロ。

「それで、返事は?」

 入り口の扉を閉め、早速問う神術師。猶予など与えてはくれない。
 その言葉は選択を迫るものだが、ルネには答えは一つしかないとでも言うように聞こえた。

「……一緒に、参りま──」
「あ~~!! ハイハイハーイ、ストーーーーップ!!」
「「「!?」」」

 突如手を叩きながら大声で遮るラミロ。

「な、なんだ?」

 ルネ同様二人の男が狼狽えると、ラミロは至極当然のように物申す。

「あのぉ~。ここって、本屋なんですよねぇ~」
「ら、ラミー?」
「それが?」
「……待て、『ラミー』だと? どこかで……」

 自分たちのいる場所を再確認するよう告げられた男たちは、別の反応を見せた。

「さぁ~? ……と、いうワケで。本をお求めでないなら、お帰りくださーい♪」
「「ハァ!?」」
「ラミー、今はふざけている場合では──」

 ラミロが退室を促すと、その顔回りでふわりと揺れる癖のある髪が突然伸び始めた。

「!? わ、分かったぞ! お、お前っ、まさか──『かしこき者』、ラミロ──」
「そうそう♪ ついでに言うと、もっとも得意な魔法は記憶の操作~♪」

 いつもは楽し気な表情ばかり浮かべるラミロ。
 しかし今のその顔はどこか猟奇的で、人間をあざ笑うかのような表情をしていた。

(い、一体何が……!)

 言葉だけを聞けば、ラミロから『魔法』という言葉がもたらされた。
 彼は、魔朮師──?

「…………? 我々は、いったい何を……」
「さぁ~? 本をお求めでないなら、お帰りくださーい」
「?? し、失礼した」

 男たちは、なぜ本屋にいるのだろうかとでも言うようにそそくさと去って行った。

「ら、ラミー。いったい、何が……」

 ルネは困惑した。
 ラミロが魔法を使えることにもだが、その効力にも驚いた。

 神術師たちの魔法と魔族のもたらす魔法はそう大差はない。
 火や水のように、あらゆる自然の力を操るようなものもあれば、肉体の強化をはかる魔法。さまざまだ。
 だが、一つだけ大きな差異があった。

 天上の神々のみが人にもたらす聖浄せいじょうの魔法。
 浄化のように何らかを鎮める魔法が多い。
 人間にとっては、遺骸を天に送り届ける際に神術師たちが使う『聖浄の炎』に関する魔法がよく知られている。

 対して魔神の子らのみが人にもたらす堕心だしんの魔法。
 魅了や精神を操作する魔法。あるいは記憶を改ざんするなど人の内に作用する魔法が有名だ。
 特に心に潜む『欲』を増幅させることに長ける。
 そんなところも人間が魔族を侮蔑する理由だった。

 二つの異なる魔法は神術師と魔朮師。
 互いが互いに苦手とする魔法で、それゆえ特に神術師は魔の手に堕ちないよう神への祈りを欠かさなかった。

「では、改めて。…………初めまして、アルバスのくさびさん。僕の名前は『かしこき者』、変わらずラミーって呼んでね。僕、その呼び方気に入ってるんだ」

 ラミロがルネの右手を取って軽く口づけると、緑の髪が伸びたためにルネの手に当たる。

(! 髪が)

 以前初めて会った時に触れさせてもらった髪はそれほど長くはなかった。
 シェイドもアルバスも、特にラミロが髪を伸ばしているとは言っていなかったので、ルネは驚く。

「もしやラミーは……、魔族?」

 ルネはラミロの言う『賢き者』の名で一つ思い当たった。
 魔朮院で習ったことを思い出す。

 魔族は、魔神の魔力の残滓と言われる結晶よりその魂が生まれ、色濃く継いだ魔力、能力。姿かたち、あるいは精神的な何かを指す名を伴って地上に降り立つ──と。

 アルバスは一度もその名を教えてはくれないのであるが。

「うふふ。どう思う~?」

 普段よりもどこか蠱惑的な。
 明るい。というよりは、どこか誘うような笑い方。

「でも、なぜ……」

 魔朮師と契約したわけでもないのに、理由もなく人と共に暮らすというのは人間にとって不思議なことだった。
 あるいはアルバスのように姿を変え、気付かれずに紛れているのかもしれないが。

「人間と魔族の性質は違うものさ。魔族とは、その名に従って生きる者が大半。僕は──……そうだね。簡単に言うと、他人より『知りたい』欲求が凄まじいのさ」

 ラミロは「やれやれ」とでも言いそうに、大げさに息を吐いた。

「僕たちは君たちよりも長く生きる。だから、僕みたいに貪欲に知識を得ようとする……んー。生き急ぐって言うの? 短命の種族と同じような生き方は、珍しいんだよね~。だから、あんまり同族と馴染めないっていうか。アルバスも色々思うとこあるっぽいよね。ま、僕はついでに人間のことも知れるし、本好きだし。本屋の店員もいっかなーって。それに僕も君のことは気に入っているからさ。ビッグなファンは、大切にしないとね♪」

 ルネの当惑を気遣ってか、徐々にいつもの調子に戻るルネ。

「ファン……?」
「それにそれに、アルバスが一人の人間に執着するなんて……同族が知ったらヤバいんだろうなぁ~。ま、だから僕が本屋にいるんだけど♪ 君たちを知る代わりに、守ってあげるよ。契約なんか無くても、知りたいことのためならどうにでもなる。人間だって、そうでしょ? 人が決めたことより、自分で自分に課したこと……夢や希望の方が、心を占める割合は大きいんじゃない?」

 そう言うとラミロはルネの右手を、今度は両の手で覆って言った。

「──光や闇をももたらす燦然さんぜんなる炎は、愛を知って人道をゆく……か」
「?」
「ううーん、一個知れてラッキーって話♪ いやぁ、あの人が変な人間の元で学ばなくてよかったよ~メモメモ。オーナーったら、無意識に世界救ってますよ~♪」
「えぇ!?」

 ルネはもはや、ラミロの言うことのほとんどを理解することが出来なくなっていた。

「だから……、そんな彼が選んだ次の契約者。シェイドは、間違いなく君を守る。アルバスは口では言わないけど……彼のことは信頼していると思うよ」

 ただ一つだけ分かったことは、ルネは守られていた。
 シェイドやアルバスだけではなく、ラミロにも。

 ラミロの言う『知りたいこと』が何かは分からないが、元賢者としてルネは問う。

「ラミーは……、人間の祈りを聞いたわけではないんだね」

 魔朮院で初めてアルバスと対面した時の記憶が蘇る。

「ん? イヤー最初はそうだったんですけどね~。ちょっと事故っちゃってー」
「?」
「とにかく、皆まとめてオモシロー! って話♪」
「??」

 ルネは知りたいことを追い求める者の言葉からは、何一つ情報を読み取ることができなかった。

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