本屋の賢者は、星の唄で眠りにつきたい

蒼乃ロゼ

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最終話 また、明日

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「──ん」
「わ……すごいです!」

 シェイドは得意げに、ルネの手を取りSランクとして新たに作成されたギルドカードを握らせてやった。

「いや~~、さすが!」
『ふん』
「これであとは、おしおきタイムですねぇ~」

 ラミロは自身の伝手つてで、人間が治める周辺の二か国へと警告を出した。
 ルネを貴族の元へ売るために、エルフの名を騙ってシェイドに偽の依頼を出した冒険者ギルドと神術師たち。
 薬草はもちろん、魔道具や魔石といった資源が豊富なエルフの国より報せが届けば、彼らはすぐにルネの身売りを取り下げた。
 その報せには、ついでに魔朮院への苦言も呈されていた。

「ま、……そうすぐに変わることはねぇよ」
「はい。……ただ、これからのことは誰にも分かりませんから」

 ルネやシェイドにとっての善が、大多数にとってそうとは限らない。
 人間という種族を形成する多くのことは、自分たちの手に負える範囲を超えていた。

 ただ、エルフという世代を超える種族よりもたらされたという事実は、きっと後世にも伝わる。
 そしてエルフ達は当事者が人間の成り行きを見守ることのできる長命の種族だ。
 良くなるかどうかは分からないが、少なくとも今以上に悪くなることはないだろう。

「じゃー、あとで僕と一緒に魔朮院、行きましょうね~オーナー♪」
「お手数お掛けいたします」
「いえいえ~♪」

 ルネはシェイド達の提案を受け入れていた。
 残りの大金貨百枚。
 その内半分をラミロが払い、半分をシェイドが払うというもの。

 ルネは心苦しさを感じたが、それでもシェイドの心を知った今、言葉を受け入れた。
 愛されることに痛みを伴わないのだと、皆が教えてくれたのだ。

「明日から二日、空けるから……その」
「はい。どうか、お気を付けて」

 互いの気持ちを確かめあった今、シェイドの不安はなくなった。
 寂しく思いながらも、早くルネを自由にしてやりたいと遠征を伴う割りのいい依頼を受けることに。

「だから、その。……今日は、一緒に──寝るか」
「………………。

 え!?」

 ルネの顔は真っ赤に染まった。
 まさかあのシェイドの口から、そのようなことを言われるとは思わなかった。

「え~~~~? やらしーーーー」
「はぁ!? ば、バカ! なんもしねぇよ!!」
『まったく。押しの弱い』
「あのなぁ!!」

 シェイドはただただ、からかう二人の魔族に否定することしかできなかった。


 ◇◆◇


「あんたら、全部知ってただろ」
「さてな」

 ラミロとルネが出掛けている間、シェイドは疑問に思っていたことをアルバスに問う。
 雅な男はリビングの椅子に足を組んで腰かけた。

「猫のパトロールも大したもんだな」
「ふっ」

 やっと気付いたのかとでも言いそうに、口端を吊り上げるアルバス。

「……アルバス。これだけは言っておく。あんたがずっとルネを守ってきたんだ。俺はあんたのことも尊敬しているし、感謝もしている。俺にとっては……あんたも家族のようなもんだ」
「! ……知ったような口を」
「だから、その。あんたの……魔族としての名? は分からないが、これからも一緒に居てくれないか? もし俺がルネを傷付けて……魔法を失ったとしても」
「……」

 アルバスは考えるようにそのうつくしい眼を伏せた。
 ひとしきり思考を堪能すると、形のよい唇からは至言がもたらされた。

「我が名は、あれの生きる道と共に。……だが、矮小な人間がもがき、それでもなお生きようとする姿は……見ていて面白いものだ」
「? ……それって──」
「せいぜい我を飽きさせぬようにな」

 それだけ言うと、ポンッと猫の姿に戻ったアルバス。
 まるで顔を背けるように後ろを向くと、尻尾がゆっくりと揺れ始めた。

「……アルバスって、素直じゃないよな」
『ふんっ』

 聞こえないと言うようにプイッと顔を背け、アルバスは一階へと降りて行った。


 ◇◆◇


「え、えっと! 一人で、脱ぎます……ね?」
「あ、あぁ! そっ、そうだな!」

 六年間幾度となく晒した白い肌。
 心の通った今、ルネは急に気恥ずかしさを覚え服を脱ぐことをためらった。

 これまで互いの矜持で言葉にできなかった想いを辿るように、初々しさを見せる二人。
 ルネが大切に想う日課前の入浴の時間は、なぜだか時間が過ぎるのが遅く感じた。

「…………この小瓶」
「?」
「いや。なんでも」

 シェイドは見てはいけない物を見てしまったと小瓶を棚の中へと隠し、ルネの入浴を手伝った。



「? 今日はいいのか?」
「はい」

 月明りの元、窓辺にて。
 入浴を終えたルネは、一つ頼み事をしてみようと考えた。

 日課の内最も大切な行為。
 それを削ってもなおシェイドの口から、ある言葉を聞いてみたかったのだ。

「一緒に、寝てくださるんですよね」
「え!? あ、あぁ」
「君の声で、眠りにつきたいんです」
「ルネ……」

 窓辺に並んで腰かける二人。
 シェイドの声がする方へにこりと笑いかけると、膝上に置いた手に優しい手が添えられた。

「これから……何度だって言う」
「ふふ。わがままですね、私」
「もっと甘えろよ。その方が、俺も嬉しい」
「そういうものですか」

 ルネは未だにそのくすぐったいような感覚に慣れないでいる。

「明日は早いでしょうし、そろそろ寝ましょう」
「ああ」

 言えば、シェイドはその手を取るでもなく──ルネを大切に、壊れないようにと優しく横抱きにした。

「!?」

(は、恥ずかしい……!)

 背中と膝裏に回された腕。
 意識のある時に初めてしてもらうそれには、罪悪感は伴わなかった。

 ふわりとした感覚を伴いシェイドの顔と自分の顔が近づくと、代わりに恥ずかしさが襲う。
 その表情は見えやしないというのに、心の距離に比例してシェイドの嬉しそうな顔がすぐに思い浮かんだ。

 シェイドが静かにベッドへとルネを降ろすと、自身もその横へと寝転がる。

「……なんだか、夢みたいだ」
「私もです」

 自然と向かい合い、絡める手。
 そこに理由はないけれど、意味はあるのだろう。

「おやすみ、ルネ」
「おやすみ、シェイド」

 寝ても覚めても暗闇の中を漂っていた。
 自分だけが過ぎゆく時に置いて行かれているような気がして。
 眠りにつき、そして目を覚ますということが怖かった。

 けれど、今は違う。

 ──目覚めの時が待ち遠しい

 ──早くその声が聴きたい

 ルネの心には、あれほど見えなかった光に溢れていた。
 明日を約束する言葉と共にシェイドの口から聞こえた自分の名が、初めて聴いた言葉のように思えた。
 それはまるで覚えたての唄のように、頭の中で永遠と鳴り響く。

 賢者たちは互いの名を呼んで眠りにつく。

 愛する者を確かめるように。
 寝ても覚めてもまた、会えるように。


 ─終─



======

最後までお読み頂きありがとうございます。
見えるけど見えないもの=心=自分=星=明日=希望etc
そんなお話を書きたくて書きました。

伏線回収を兼ねた番外編を更新して完結表記にしたいと思います。
よろしければそちらもぜひご覧ください。
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