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番外編

【名】第三十話あと

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第三十話あと、センの森からセント・メーレンスへ抜ける際のお話です。
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「ルカちゃんてさー。あんまり名前、呼んでくれないよね~」
「なんだ、いきなり」
「そうなのですか?」
「気のせいだろう」
「いーや、気のせいじゃないね! だって、オレが言うんだもん!」
「なんだそれは……」

 涙草のあるちいさな湖同士を繋ぐ道。
 センの森から、セント・メーレンスへと抜ける道は、魔物に遭遇することなく異様に快適で。
 魔力の消耗もエリファスへ付与した風魔法だけですむ。
 体力も、ポーションがあれば回復する。
 ……ともすれば、あのヴァルハイトが饒舌なのは、すごく自然なことだ。

「魔術師であるがゆえ、かもしれませんね」
「へぇ?」
「気にしたことはないが……」
「私にも少しだけ、覚えがあります」
「ふーん? そういうもの、なんだ」

 ……全く気にしたことがない。
 いや、そもそも。
 こんなに誰かと長時間共にする。そんな経験が、乏しいからかもしれない。
 そう言えば師匠のことすらも、『師匠』としか呼んだことがないな。
 はたして彼女のことを、ヒルデガルドと。
 呼んだことは、あっただろうか。

「魔法とは、基本的に己のイメージを魔力に乗せて発動させます。……その際に用いる『名』は、より人々が認識しやすいよう魔術師たちが考案してきたもの。そもそも、魔法を具現化させるだけでも本来難しいのですから」
「えーっと、つまり……。オレって、ルカちゃんに存在を認められてない……的な?」
「考え過ぎだ」
「いえ、そういうことではなく。容易に名を呼ぶことを良しとしていないだけですよ。魔術師にとっての『名』とは、そのものへの理解と共に、己の魔力を注ぐことを意味しますから」
「なるほどー。安売りしない、ってコトか」
「そこまで深くは考えていないのだが……」
「まぁまぁ、ルカちゃん! 一応、オレも、魔術師予備軍だから!」
「……だからなんだ?」
「どーんと、呼んでいいよ!」
「うるさいぞ」
「エリファスー! ルカちゃんがひどーい!」
「仲がよろしいんですね」
「はぁ」

 確かに。
 魔術師にとっての『名』への考え方は、少し特殊かもしれない。

「詠唱の基本は、かつての魔術師たちが考案した、己が名。次いで属性、……そして事象。それらを簡略化したものが、『名』。魔名とも言うな。……つまり、僕らにとっての『名』とは、……そうだな。、に近いのか」
「おおおぉ、ロマンチック!」
「うるさいぞ」
「願い……ですか、なるほど。面白い解釈です」

 僕はどちらかといえば、魔法のロジックよりも、違う属性を組み合わせることを魔法学校の課題としていた。
 ……よくよく考えてみれば、魔法とは。
 かつての魔術師たちの、努力の結晶なのかもしれない。
 それは、果たして魔力。女神。自身。
 誰に願ったものだっただろうか。

「そういうお前こそ、焔の剣フラム・ベルク。まれに名すらも唱えず付与していないか?」
「? そうだっけ」
「……はぁ」
「付与魔法……ですか? 素晴らしいですね。もはや魔力が体の一部なのでしょう」
「んー……そういう、もんなのかなぁ?」
「それも、一瞬だけ付与して、すぐ解除する。……普通はそんな芸当できないぞ」
「いやー、やっぱそこはほら! ……オレだし?」
「聞いた僕がバカだった……」

 ヴァルハイトについては、魔術師として非常に興味深い点がいくつかある。
 少し考えてみたのだが、もしかすればそれは単属性シングルであることに起因するのかもしれない。
 僕の中にある、四属性を備えた魔力であれば、よほどの実力がない限り『名』をもってしてようやく一つの属性だけを絞ることができる。
 だが、彼は違う。

 呼びかけずとも力を貸す己の魔力は、すでに純粋な炎なのだ。

「ふむ……興味深い」
「えー? オレがすごいって?」
「エリファス、無視でいいぞ」
「ひどーいー!」

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