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三十七羽 天眼のアイドラ

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「それで? 僕の師匠になる準備はいいかい?」
「なぜ偉そうなんだ……」

 カルナシオンは結局のところ、手土産なしで自称三女神の残り二人と会うことに。
 うさぎさんを下僕三人に任せ、シルケンタウラと共にまずはアイドラの元へと向かう。
 カルナシオンは慣れたように森の中を歩く。
 後ろから付いてくるシルケンタウラは、構ってほしいのか幾度も話しかける。

「ダメなの? ねぇ、なんで?」
「私は自分の役に立たんやつを懐に入れるほど、甘い人間ではないぞ」
「へ~。なんか、魔族っぽいね」
「よく言われる」

 究極の合理主義とも言うべきか。
 カルナシオンは、自分が相手を不快にさせている瞬間にはうといが、しかしよくよく周りの状況を観察して自分の立場を理解することは出来る。

 つまり、人間の中に溶けこんで生活するよりも、ボコすと勝手に付いてくる下僕を利用して生活する今のスタイルが誰にとっても一番いいと考えているのだ。

 家事をしないのはただのサボりであるものの、興味のないことにはとことんこだわらない彼らしい。ネーミングでさえ、他人にあまり興味がないからかレパートリーが少ない。相手の特徴と、『ア』から始まる名前の組み合わせと縛りを設けることで、何とかアイデアをひねり出しているのだ。

「僕のこと、かわいそうとか思わない?」
「なぜだ? 勝手に来て、勝手にテリーにお仕置きされただけだろう」
「うっ……そう言われると、アレだけどさぁ」

 同情を誘う暇などない。シルケンタウラは示さねばならないのだ。
 カルナシオンの弟子となるには、彼やうさぎさんにいったい何をもたらすことができるのかを。

「──ところで、なんで世界樹の枝がほしいんだい?」
「うさぎさんにあげるからだ」
「……またうさぎ?」

 シルケンタウラはまたも悩む。
 この男、全ての判断基準がうさぎにあるのではないか……と。
 あながち間違いではない。

「この辺か」
「?」

 シルケンタウラは一切気付いていなかったのだが、今、カルナシオンは森の木々たちの案内の元に進んでいた。
 それはベムネスラが世界樹の元へ行くことを許可したからに他ならない。

「わっ」

 木々が、そそくさと逃げるように道を開ける。
 根はそのままに幹だけを反らせ、この道はまた塞ぐのだと言わんばかりだ。

 拓かれた道を行けば、そこには森の動物たちに囲まれる美しい幻獣種の姿が。

「──アイドラさま!」
「……シル。久しいですね」

 後ろへ流した長い茶色の髪。
 まるで両角のように頭部の二か所からは天に向かって羽根が生えている。
 美しい金の羽根を纏わせた両翼、鳥のような下半身。
 セイレーン族の女性は草の上に座り、動物たちに歌を聴かせて過ごしていた。

 しかし神々しさをも感じる姿とは裏腹に、その瞳は一向に姿を見せない。
 アイドラは、常に瞼を閉じていた。
 その瞼にふちどられた目尻のまつ毛は、羽根のように長い。

「カルナシオンも、息災で何よりです」
「ああ」
「アイドラさま~、聞いてよ!」
「……シル、後ほどたくさん聞いてあげますから」
「……ちぇっ」

 来訪の意をすでに承知しているアイドラに、シルケンタウラはいさめられた。
 ふてくされたその姿は、どこか母親に叱られた子供のようだ。

「アイドラ。すまないが──」
「ベムネスラがいいと言うのでしたら、居候いそうろうのわたくしに拒否することはできません」
「居候?」
「ええ」

 アイドラはふんわりと口元に笑みを浮かべると、言った。

「およそ20年前、精霊たちに泣き付かれ──……ではなく、われてこちらに参りましたから。わたくしは新参者です」

 こほん、と咳払いすると改めて言う。

「ですので、わたくしよりもメルティーヌにお聞きください」
「それはもちろん。……ただ、一つ聞いてもいいか?」
「? ええ、なんでしょう」
「その、三女神の争い? とやらに……おまえも参加しているのか?」
「「…………」」

 カルナシオンは素朴な疑問を問うように、何の抵抗もなく言葉を紡いだ。

 アイドラは黙った。
 むしろ、シルケンタウラも黙った。

 無言、無表情のアイドラ。
 冷や汗をかき、焦るシルケンタウラ。

 ──触れてはいけない

 そんな雰囲気が漂うのだが、カルナシオンは空気を読むことができない。

「あ、アイドラさまは、いつなんどきもお美しいに決まってるからね!」
「……シル、視線が泳いでいますよ」
「意外だな。おまえはそういうのに興味がないと思っていたが」

 ずけずけと物申すカルナシオン。
 シルケンタウラは内心、『この人間に恐いものはないのだろうか?』と心配になるほどだ。

「カルナシオン」
「? ああ」
「人間にもこんな瞬間はありませんか? 自分は何とも思っていないことを、他人がいきなり格付けし始め……あまつさえ、自分の方が優位であるとなんの根拠もなく触れ回る」
「まあ、往々にしてあるな」

 つまり、アイドラは引っ越してきた際、徹底的に他二人にあおられたのだ。
 初めは流していたアイドラも、さすがに頭にきたのである。
 負けず嫌いなのは本質が魔族だからだろう。

「ですので……興味はありませんが、時には実力で相手を黙らせることも必要になるのです」
「ほお……なるほどな」
「も、もちろん、アイドラさまがぶっちぎりだからね!」

 過去、アイドラに怒られたことがあるシルケンタウラ。
 必死に彼女のご機嫌を損ねないようにフォローする。
 先ほどまでの態度と異なることが、アイドラの怒りに触れるとどうなるかを物語っている。

「まあ、あまりあのじいさんを困らせないでやってくれ」
「あなたがそれを言いますか……」

 そもそも世界樹の枝が欲しいという時点で困らせているのだが。

「とにかく──」

 アイドラは、片翼の羽根を一枚抜き取る。
 すると金色の羽根は光の矢となった。
 『狩羅王かるらおう』の階名を持つ狩りの名人は、その瞳が世界を見ずとも精霊を通じて世界を視るのだ。

「道は開かれた」

 魔力で形作った弓につがえて、天空へと矢を放つ。
 その光が見えなくなると、代わりに一羽の鳥が空から急降下してきた。

「あとはその方が、案内してくださるでしょう」

 それはアイドラに応じた、風の精霊の代理人だった。

「いよいよか」

 メルティーヌ。
 最後の戦いに挑むかのように、神妙な声になるカルナシオン。
 その者への手土産をいとも容易く手放したのだから、うさぎさんの愛らしさというのは本当に恐ろしい。


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