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0-5「黒髪の青年と銀髪の少女」
しおりを挟む「……ッ……はっ……!!」
夢から覚めたルナリアは目を見開いた。
急ぐように身体を起こし自分が今何処にいるか確認すると自分は見知らぬ部屋のベッドの上に寝かされている事に気が付いた。
吹き抜けの戸を見ると月明かりが自分を照らしている。
心地いい風がルナリアの頬を撫で銀の長髪をはためかせる。
安堵した事でふと何気無く首筋に手を当てると自分が冷や汗を掻いている事に気付き落胆した。
「……何で」
首を振り状況を理解しようとする。
みるみるうちに顔が青ざめていく。
「何で私はっ……。
リファラ様!!」
自らの本業を思い出し外に出ようと身体を立てようとする。が態勢を崩しベットから転げ落ちる。
「あぎゃ!???」
後頭部をぶつけたルナリアは痛みの余り悶絶躃地する。
一頻り転げ回っていると部屋のドアが開かれ灯りが射し込んだ。
ルナリアがボヤける視界のまま振り返ると目つきの悪い大男が自分を覗き込んでいる事に気づく。
そして直ぐさまルナリアは臨戦態勢に入ろうとしたが、大男はめんどくさそうに扉を閉めて部屋に入る。
「は?え??あれれ!??」
自身の手首を探るが、そこにあった筈のバングルが見当たらない。
どうしよう。あれがないと私は...…っ
焦るルナリアを横目に大男は近付き、
そしてついに彼女の眼前に立つ。
「っ!」
座るルナリアは仁王立ちする大男を見上げ声を失った。
肩幅と筋肉量に差があり過ぎて彼女には恐ろしい魔物、大鬼(オーク)に見えた。
ルナリアは恐怖のあまり身を震わせる。
「ルナリア……だったか?」
彼の野太い声がますます彼女の身体を震わす。
そんな自分の情けなさの為か次第に涙を流し始めた。
唇を強く噛みそれを止めようとするが止めどなく溢れるばかり。
ルナリアは騎士と言えどあくまで見習いでしかも10歳のまだか弱い女の子。
普段身を保証された安全な王都ではなく此処は何処かも分からない危険な街で目の前には屈強な大男がいる。
悲鳴をあげないだけ精神的に強い女の子なのだ。
だが騎士の端くれであると言う自身のプライドが立場を顧みず格上の相手に対し敵意を込めた目つきで睨みつける行為へと繋がる。
「……」
少女のその行為に目を細めた男は身を屈めた。
……その予想外の行動に呆気に取られているルナリアに、
男は手に取った『猫柄のハンカチ』でルナリアの涙をゴシゴシと拭った。
いきなりの事でされるがままのルナリア。
強く擦られるている為か顔が痛く感じる。
そして男は立ち上がった。
「……腹減っただろ?」
ルナリアは余所余所しく椅子に座っている。
机の上にはルナリアと男の分の木製のナイフとフォークとスプーンとが部屋の隅には色々な小物が置いてある。
台所には釜戸が備えられそこで大男は奇妙な服を着て料理をしていた。
「……ん?ああ、これは同僚から貰った物だ。
男勝りだが家事を卒なく熟す良い女だよ」
ルナリアがジッと見ている事に気付き小さく笑いながら説明をする。
そんな大男を呆然とみるルナリア。
調理を終え二人分の木の皿に料理を装い、
それをコトリと机の上に置いた。
「おまたせ」
木の皿に乗せたパンにはホカホカのスクランブルエッグが乗せられていてもう一つの皿には新鮮な小ぶりの木の実とそれに対したっぷりと蜜が掛けられ、喉を潤す為の牛乳が木のコップになみなみと溢れていた。
新鮮な魔鳥の卵の濃厚な香りがルナリアの鼻腔をくすぐる。
「っ……」
食べるか食べないか葛藤をするルナリア
女騎士としてのプライドが自身の欲を責める。
そもそも何処かも分からない場所で出された食事をとっても良いのか……?
(ゴキュゴキュ……)
そんな少女の心情を無視し酒を呷るかのように牛乳を吞み干す大男。
そしてナイフとフォークを使わずに大食らいにパンを口に放り込む。
それを少しばかり恨めしそうに見つめるルナリア。
(グゥ~……)
だがしかし食欲には抗えないらしい。
ルナリアは恥ずかしさを隠すようにナイフとフォークを慌てて手に取る。
そして『令嬢然とした美しい所作』で上品に切り取り口に運ぶ。
少し頬を膨らませている様はまるでハムスターのようで可愛らしい。
「……美味しい」
呑み込み感嘆とした声を漏らす。
そして食を進める。
そんな様子を目つきの悪い目を細めて、微笑ましそうに大男は見つめていた。
陽が昇り始めた薄暗い空の下に建てられた一軒家に入る人影が一つ。
「おっかえり~!!ジュ~~……ちゃん!!」
猫人(ヒューマンキャット)のアリスは高めなテンションのままドアを閉め鼻歌を歌いながら猫特有の跳躍で踊り進む。
「あ~!!今日も疲れちゃったな!だからお肩もんで~~」
そのまま台所に入るがいる筈のルージュが居ない。
アリスは首を傾げる。
「あっれ~可笑しいなぁ?ボクってば家を間違えた??」
瞬間アリスの脳裏に電流が走った。
興奮して獣人形態になる。
彼女の視線の先には樽に入れられた食器があった。
「これは……!
皿が二つ!???」
水を張った樽の食器をギョロリと見る。
闇夜に包まれる猫の瞳が水から机の上に映される。
そして飛び乗り仰け反りながら大きく深呼吸をした。
「微かにジューちゃんの匂いがする。
……そして微小な汗臭さ」
そう言いつつ机にうつ伏せになる。
「二人分の食事を食べていた。
いつもはボクの事を待つであろうに……」
先程ルナリアが座ったであろう椅子に鼻を擦り付ける。
何回か息を吐いて吸う。
「汗の臭いがするぞ!!」
感情が昂り身体を大きく揺らす。
そして身体を止めたかと思うと顔を挙げた。
「これはつまり……。
ボクの事を食べる合図なのでは……!!」
◇◇◇アリスの中の妄想◇◇◇
闘技場で二人は戦っていた。
屈強な大男ルージュが小柄なアリスを捕まえ、
アリスの両手を上に挙げ腋を衆目に晒す。
「ジューちゃん……」
羞恥に染まる涙目のアリスが残る理性で身を捩らせる。
その様子を見た男達は歓声と拍手を挙げた。
「ククク・・・この一手間が案外 ・・・.
できぬものなのだ・・・!クズには・・・!」
「僕は腋派ですね。やっぱり」
「草は枯れ花は萎む。
ただ裸体を晒せば良いと言う物ではない。
これは過程が最も大事で、
それを損なえば女体の美を充全に堪能出来ない」
隣合った黒と白の男達は感想を言い合う。
ルージュが自身の鼻をアリスの腕の付け根の下の方に近付けて大きく息を吸った。
(スーハースーハー……)
吐く息がアリスをくすぐる。
苦悶の表情を浮かべ顔を背けるアリス。
「やはりお前は良い臭いだ……」
嫌がる彼女の顔を無理矢理自分の顔に向けさせるルージュは顔を徐々に近づける。
「俺の黒き物を咥えろよ」
自らの下半身を弄るルージュはそのまま手の甲でアリスの膝に触れるのだった。
「……要はその散り際が肝要なのだ」
黒い男がせせら嗤いその様子を見届けたのだった。
◇◇◇
「キャアアアアア!」
アリスは興奮のあまり尻尾をブンブン振るわせる。
荒い息を吸ったり吐いたりしている。
手でホッペを抑え髭がヒクヒクする。
「つまりベットにいるから身体を洗って来いって事なんだ」
アリスは恍惚とした表情を浮かべる。
「い……ひひひ」
ホッペが落ちるのかと思う程に顔をにやけ切る。
そして彼女は昂りを抑え人間の姿に戻る。
「こうしちゃいられない!!」
アリスは台所で服を一瞬で脱いだ。
だが暗闇で見られない。
そのまま跳躍し台所を抜け風呂場に直行する。
「待っててね!!ジューーーちゃん!!」
バタン!!
「コラ!ルナ!ちゃんと頭を洗わないか!!」
「ルージュさん五月蝿いです。言われずともやってます」
筋肉ムキムキの裸を露わにしたルージュが腕を組み樽風呂に入り少女を一喝していた。
それに対しこれまた全裸の銀髪の少女はルージュの声を鬱陶しそうに聞きながらその長髪を泡だてている。
「ぅええええぇぇええええ!???」
アリスの悲鳴が早朝の夜空に響き渡る。
◇◇◇
「……本当に懐かしいな」
そんな思い出もあったんだなとしみじみと感傷に浸る。
だが時間は生き物を待ってくれない。
前方から息を吸う音が聞こえた。
「兄さん!何をやっているんですか!!」
前方には馬車がいる。
のんびり過ぎたのでかなり離されている。
そう思っていると先行している馬車が止まり、
騎手らしき人物が降りてきた。
それは小柄であり僅かながら胸の膨らみがあった。
音が鳴るかのような足踏みをし眼前に立つと羽織るローブを脱ぎ捨てた。
「置いて行きますよ!?」
枷られる首輪と結ばれた銀の長髪が月明かりに照らされる。
強く握られる手首には黒い紋様が描かれた腕輪が嵌められ小刻みに震えており、時折はためくローブからは軽装の鎧が垣間見える。
そう言うとプンスカして再び馬車に乗り込み走らせた。
「そんなアベコベな態度が好きだよ」
呆れたように首を振りながらルナリアの後を追うルージュ。
あれから3年が経った……
ルナリアは13歳に、
ルージュは23歳となっていた。
これはルナリアが成人を迎えた歳であり、
ルージュがこの街で住んでからアリスと育んだ歳でもあった。
「早く帰りますよ!
アリス姉さんが待っています!!」
「はいはい」
ーー二人は夜の砂漠をただただ歩くーー
ーー永遠に続く白い砂漠は
地平線の彼方まで続き……ーー
ーー点在する紅い水辺は
白い広大な砂地を鮮やかに彩っていたーー
【第1章~完~】
荒廃された街の夜空に『茶色の火花』が打ち上げられた。
「……」
アリスはただそれを神妙に見上げている。
暫くして瞳孔は開かれ猫に変わった。
……何か感情を昂らせる事があったのだろうか?
「……」
彼女は窓際を離れ部屋に戻った。
自室であろう部屋の壁には未使用の蝋燭が『22本』あった。
大型の蝋燭が9本。
中型の蝋燭が4本。
小型の蝋燭が9本。
「……」
それらを見たアリスは柔らかく微笑んでいた。
その様子は艶やかであり雅やかでもある。
彼女は湿る舌を出し荒涼の風を感じながら、
唇を濡らした。
……そしてクスリと笑ったのだった。
応援ありがとうございます!
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