7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と兄弟

7月と兄弟 1

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 わたしは手にしたフォークを何度もマフラーに突き刺していた。
 気付いたら乾いた石膏がマフラーにべったり付いていたのだ。先日ヴェルナーさんのアトリエで、いつのまにかくっつけたのがそのまま固まってしまったらしい。どちらも白いから今までわからなかった。

 石膏ってやつは固まると水で洗い流せない。粉々に砕いて削ぎ落とすしかないのだ。しかも固まる前に編み目の隙間に入り込んだりしたせいで非常にたちが悪い。だから食堂から拝借したフォークを使って石膏の塊を割ろうと苦心しているのだが――


「ああ、もう……」


 フォークの先でがしがしと叩いても中々思うようにいかない。
 段々いらいらしてきた。力ずくで引き剥がそうと、毛糸を一本指に絡め、フォークで石膏の塊を押さえてぎゅっと引っ張る。
 すると「ぶちっ」と変な音がして、指先に感じていた抵抗がふっとなくる。


「あれ?」


 嫌な予感に慌てて手繰ると、その先には無残にちぎれた毛糸の先端があった。


「あああ……」


 ……やってしまった……。








 翌朝、首に包帯を巻いたわたしの姿を見て、クルトが目を瞠る。


「その包帯、どうしたんだ? 怪我でもしたのか?」

「違うんです。実は、マフラーが……」


 あの後、ちぎれた毛糸のもう一方がみつからず、焦っているうちにいつの間にか編み目が解けて、大きな穴が空いているみたいになってしまったのだ。編み物のできないわたしにはとても直せそうになかった。
 

「事情はわかったが、それでどうしてわざわざ包帯を巻くんだ? 首に何か巻く必要でも?」


 クルトは首を傾げる。


「だってほら、首を隠していないと、わたしに喉仏が無いって事がばれてしまうじゃないですか」

「……まさかお前、いつもマフラーを巻いてた理由はそれなのか?」

「そうですよ。代わりのマフラーが用意できるまで、暫くは包帯で過ごすしかないですけど」

「流石に気にしすぎだろ。誰もそんなところまで意識しないと思うんだが。むしろ、包帯なんて巻いたら悪い意味で目立つ」

「でも、万が一って事もあります。用心するに越した事はないですよ」

「用心してるって言うなら、どうして肩車なんてしたんだ。気をつけるべき所が間違ってるだろ」


 呆れたような声に、少し言葉に詰まる。


「あ、あれは、見た目が誤魔化せていれば、普段と同じような行動をしても大丈夫だと思ってたんですよ。あの時の事はもう言わないでください……」


 思い出すと顔が熱くなる。よりにもよって、なんであんな恥ずかしい理由でばれたんだろう。


「……まあ、包帯で気が済むなら好きにすればいいと思うが……でも、せめて制服のリボンはちゃんと結べ。盛大に曲がってるじゃないか。ほら」


 指さす先はわたしの襟元。制服とお揃いのチャコールのリボンのある場所。


「これで精一杯なんですよ。自分で自分のリボンを綺麗に結ぶのって難しくありませんか?」

「何を言ってるんだ。今までだって毎日結んでただろ?」

「ええと、どうせマフラーに隠れて見えないし、適当でいいかなーと……」


 それを聞いてクルトがぽかんと口を開けてこちらを見つめる。
 な、なんだろう。わたし、何か変な事言ったかな……?


「……信じられない」

「え……?」

「よく平気でいられるな……少しの間じっとしてろ。動くなよ」


 そう言ってわたしので屈むと、襟元のリボンをするりと解き、器用な手つきで結び直していく。


「あ、す、すみません……」

「お前は気にならないのかもしれないけど、目の前でおかしな格好されると、俺の美意識が傷つくんだよ」


 なにそれ。なんとも面倒くさい美意識だ。パンの耳の件といい、この人、妙なこだわりがあるのかな……。

 でも、そうやってリボンを直すクルトを見ていると、なんだか懐かしいような気持ちになってくる。以前にも誰かに似たような事をして貰っていた。確か孤児院にいた頃――


「よし。これでいい」


 満足気なクルトの声に、追想から引き戻される。
 クローゼットの鏡で確認すると、リボンは先ほどまでと比べものにならないほど綺麗に結ばれていた。


「わあ、ありがとうございます。クルトって、なんだかお姉ちゃんみたいですね。あ、でも男の子だから『お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん』かな」


 孤児院にいた頃、『姉』がよく曲がったリボンやブーツの紐なんかを直してくれた。
 それを思い出して何気なく口にしたつもりなのだが、なぜかクルトは眉を顰める。


「……お前、まだ昔のおかしな習慣が抜けてないのか?」

「何の事ですか?」

「前に言ってた『一緒に住めば家族も同然』ってやつだよ。いい加減、近くにいる他人に家族の役割を当て嵌めるのはやめろ。ここはお前の住んでた孤児院じゃないんだ」

「わ、わたし、別にそんなつもりじゃ……」

「そんなつもりじゃないって? 本当にそう断言できるのか? それならどうして俺の事を『お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん』だなんて言ったんだ?」

「そ、それは……」


 言われてみれば、確かにそういうところはあったかもしれない。でも、それってそんなに責められる事なんだろうか? 少しくらいならいいじゃないか。心の中で思う事すら駄目なの?
 口ごもるわたしを見てクルトは溜息をつく。


「この際だから言っておく。俺はお前の兄でもないし、ましてや姉でもない。俺のきょうだいはロザリンデねえさまだけだ。だから俺をお前のきょうだいみたいに扱うのはやめろ。そういうのは迷惑なんだよ」


 思いがけない強い口調に、わたしは俯いてしまう。
 クルトがこんなふうに怒るって事は、やっぱり自分が間違っているのかもしれない。少なくとも、一般的な『家族』というものに関しては、彼の方がずっとよく知っているはずなのだから。
 ――でも、そんなに嫌だったのかな……。


「……ごめんなさい。これからは気をつけます」


 弱々しい声で謝ると同時に、急に寂しさに襲われた。
 ここはもう孤児院ではない。あの頃みたいなきょうだいはいないし、新しくきょうだいが増える事もない。わたしひとりしかいないのだ。

 みんなに逢いたい。本当の家族じゃないとわかっていても、やっぱり逢いたい。
 深く息を吐いて顔を上げるとクルトと目が合った。かと思うと、彼はどことなく気まずそうに視線を逸らした。






 教室へ行くと、予想通りクラスメイト達に首の包帯について尋ねられる。曖昧に笑って誤魔化していたのだが、その中のひとりの生徒――確かハンスという名前だ。そのハンスが行く手を遮るようにわたしの目の前に立った。彼の後ろには、付き従うように二人の少年がいる。
 こういう男の子、孤児院にもいたなあ。体格が良くて、ちょっと強引で力が強かったりして、他の子を従わせるのが上手い子が。そういう子におやつを取り上げられた苦い記憶が蘇る。


「ようユーリ、今日はあの小うるさい鈴は付けてねえんだな。代わりに包帯なんか巻いちゃって、一体どうしたんだよ」

「ええと、これはその、ちょっと猫に引っ掛かれて……」


 苦し紛れに答えると、ハンスはなぜだか愉快そうに唇を吊り上げる。


「ふうん。そんなに酷い傷なのか? ちょっと見せろよ」


 な、なんで? そんなの困る……!


「そ、そんな面白いものじゃありませんから……!」


 彼らとしては他愛のない冗談のつもりなのかもしれない。が、わたしの本能が警鐘を鳴らす。急いで少年達の脇をすり抜けようとするが、ハンスはわたしの肩を小突くようにして押し戻す。


「いたっ……な、なにするんですか……!」


 抗議の声を上げるも、ハンスはそれが聞こえないかのように更にわたしを押す。気付けば彼とその取り巻きに囲まれるようにして、わたしは壁際に追い詰められてしまっていた。

 これってまずい状況だ。彼らがどういうつもりなのかは知らないが、どう見ても仲良くお喋りしましょうという雰囲気でもない。


「だ、誰か、助け――むぐ」


 咄嗟に声を上げようとするも、ハンスの大きな手により素早く口を塞がれる。そのおかげでくぐもった声を漏らす事しかできない。おまけにわたしの姿はハンス達に遮られて周りから見えないのか、この状況に気付く者はいないみたいだ。
 な、なにこれ……わたし、どうなるの……?
 混乱しかけるわたしに、ハンスは低い声で囁く。


「大人しくしてろよ」


 そうして彼はもう片方の手をこちらに向かって伸ばしてきた。咄嗟に振り払おうとするも、残る二人の少年に左右の腕をそれぞれ押さえつけられ、それも叶わない。


「前から思ってたけど、お前って本当に男なのかよ? 風呂にも来ないし、実は女だったりしてな。ちょうどいい。せっかくだから包帯だけじゃなく、今ここで服も脱いでみせろよ。俺らが手伝ってやるからさ」


 この人は一体何を言い出すんだ。まさか本気じゃないよね……? そんな事されたらわたしが女だってばれてしまう……! そうなればこの学校を追い出されて……それだけじゃない。退学になれば、わたしは支援者の期待に背く事になり、それがきっかけで孤児院が危機的状況に陥ってしまう可能性だってある。そんなの絶対だめだ!

 とにかく逃げ出そうともがくが、わたしを押さえる少年達の腕はびくともしない。      
 いやだ、やめて! このままじゃ、わたし、わたし――
 身体の自由がきかない中で、ハンスの手が迫る。思わず両目をぎゅっと閉じたその時――
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