7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月の入学

7月の入学 13

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 その後、フランツは学校の外の病院に運ばれたらしい。聞いたところによると、部屋でみんなといる最中に急に倒れたという事だ。一日経った今日になっても、それ以外詳しくはわからない。

 わたしはソファに腰掛けてあたりを見回す。部屋の中はすっかり片付けられ、一見今までと変わらないようだが、絨毯に広がった大きな茶色いしみが、昨日の出来事が現実だったのだと思い知らされる。
 ふと、向かいのソファの下に小さな白いものが落ちているのが目に留まり、わたしは床に膝をついて、ソファの下の隙間を手で探る。


「痛っ……!」


 何か尖ったものが指先に触れた。慎重につまみ出すと、それは陶器のかけらだった。昨日の騒動で割れてしまったカップ。一部はコーヒーで茶色く汚れて、小さなゴミのようなものまで付着している。破片は全部拾い集めたと思っていたけれど、こんなところに残っていたんだ。

 後で片付けようととりあえずポケットに入れてから、他にも落ちていたら危ないと床に顔を近づける。
 その時、背後のドアの開く音がした。顔を上げると、本を持ったクルトが寝室から出てくるところだった。


「どこかに行くんですか?」

「ああ。散歩に」

「あの、それならわたしも一緒に行っていいですか?」


 この部屋の雰囲気から少し離れたかった。かといってひとりで行動するのもなんとなく心細い。
 クルトは意外そうな顔で瞬きしたが


「別に構わないが」


 と言ってくれたので、わたしは安堵して彼の近くに駆け寄った。






 影の落ちる草を踏みながらクルトの後に続く。進むたびマフラーに付けられた鈴が鳴る。わたし達は今、学校の敷地内にある林の中を歩いていた。うっすらと道がついているが、あまり人の入った様子もないようで、ほとんど雑草に覆われている。

 不意に視界が開けたかと思うと、そこだけ木々の生えていない円形の空間に出る。中央にはイオニア調の石柱に支えられた丸屋根の白いあずまやがあり、中には同じく石でできたテーブルとベンチがあった。


「わあ、こんなところがあったんですね」 

「なかなかいい場所だろ? 滅多に人が来ないから、ここで読書をすると捗る」


 クルトは今日もここで本を読むつもりだったのかも。だとしたら邪魔しちゃったかな……。
 あずまやの中に入ってベンチに座ると、ひんやりとした感触が伝わってくる。暑い日にここで昼寝をしたら気持ちがよさそうだ。
 向かい側にクルトが腰掛けるのを確認して、わたしは口を開く。


「ねえクルト。教えてもらえませんか? 昨日フランツが倒れた時に何があったのか」

「まさか、それを尋ねるために、こんなところまで付いて来たのか?」 

「そういうわけじゃ……」


 ひとりになるのが心細かったから、ともなんとなく打ち明けられない。自分が臆病な人間みたいに思えてくるから。


「何がと言われても、俺だってわからないんだ。ただ、三人でコーヒーを飲んでいただけで」

「そのコーヒーは誰が淹れたんですか?」

「そんな事を聞いてどうするんだ? まさか、あのコーヒーに何か入っていたとでも? やめてくれ。俺も同じものを口にしたんだぞ」


 クルトが気味悪そうに口元を手で覆うので、わたしは慌てて顔の前で両手を振る。


「気を悪くしたらすみません……ただ、その時の様子を詳しく知りたいんです」

「君はおせっかいなだけじゃないんだな。好奇心旺盛というか……」

「そ、そうですか?」

「野次馬根性とも言うけどな」


 相変わらずひとこと多いな。


「まあいいか。思い出せる範囲で俺の見た事を話すくらいなら」


 クルトは溜息を一つつくと、当時を思い出ように腕を組む。


「あの時、俺とフランツが自室のソファに座っていたら、コーヒーの入ったサーバーを持ったテオが『一緒に飲まないか』と言ってきたんだ。食堂でお湯を貰って淹れてきたから、ついでにどうかって。俺たちが承諾すると――」

「フランツはテオの誘いを断らなかったんですか?」


 あの二人、仲がよくなかったはずなのに。
 その疑問はクルトにも伝わったらしい。 


「それは俺も意外だった。でも、テオが誘ったら、フランツは確かに『ああ』と返事をしていた。それでテオがカップにコーヒーを注いで――」

「そのカップを用意したのは?」

「俺だけど……言っておくが俺は何もしてないぞ。だいたいカップだって棚から無作為に持ってきて、テーブルにまとめて置いただけだからな。それにテオがコーヒーを注いだ後、誰が配るでもなく、各々適当にカップを取って飲んだ。それから少ししてからフランツが苦しみだして……そこからは君も見た通りだ。以上。これで満足か?」

「はい。ありがとうございます。あの、クルトは何だと思いますか? フランツが倒れた原因」

「そうだな……最初は過労かと思ったが、それにしては症状が重いような気がする。とすると、フランツには元々何か持病があって、あのタイミングでその発作が起こった、というくらいしか思いつかないな。君がどう考えているのか知らないが、もしもあのコーヒーに何か入っていたのなら、同じものを飲んだ俺やテオもただじゃ済まないはずだ。それとも俺がフランツのカップにだけ細工をしたって主張するなら、その理由と証拠を提示してくれ」

「いえ、別にクルトの事を疑っているわけじゃなくて……ただ、ちょっと気になる事が……」

「気になる事?」

「あ、ええと……ほんの些細な事で、その……いえ、やっぱりわたしの思い違いかも……」


 歯切れ悪く押し黙ったわたしを、クルトは暫くの間みつめていたが、


「ともかく、今の俺達にできるのは、フランツが快方に向かう事を祈るだけだ。そして彼がいつ戻ってきてもいいように、これまでと同じ環境を保つ事。少なくとも俺はそう思ってる」


 そう言うと、話は終わったとばかりに、持ってきた本を開いて目を落とした。
 これまでと同じ環境を保つ事、か。
 だからクルトは表面上は何の変わりも無いように過ごしているんだろうか。彼も内心穏やかでは無いものの、敢えて普段通りの生活を心がけているのかもしれない。

 わたしは先ほどのやりとりを反芻する。確かにクルトの言う通りかもしれない。事件性も何もない不運な出来事。むしろあの時フランツの身に作為的な何かが起こっただなんて考えるほうがどうかしているのか……でも、なんだろう、この胸のざわめきは。
 わたしの指先は無意識のうちに左目の下に触れていた。
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