7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と白い林檎

7月と白い林檎 4

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「ねえクルト、お願いがあるんです。きいてもらえますか?」


 翌日の放課後、わたしは何気ない風を装ってクルトに切り出す。
 けれど、なぜか彼は一瞬言葉に詰まったようだった。


「……内容による。突拍子も無いことなら協力しないからな」


 クルトは慎重に答えた。それをある程度予測していなかったわけでもない。わたしもあらかじめ考えていた内容を伝える。


「実は、ヴェルナーさんが体調を崩したらしくて、昨日も少し具合悪そうにしてたんです。心配なので様子を見に行けたらと思って……前に、学校の外に出るために木を伝って塀を乗り越えましたよね? もう一回あれをしたいので手を貸して欲しいんです。わたしひとりじゃ乗り越えられないので……」


 あんな事があって、ヴェルナーさんがどうしているか気がかりだった。部屋が荒らされた事についてもだが、特にエミールさんの作ったあのオブジェがあんな事になって気を落としているのではないか、それとも再びディルクに何かされているのではないかと考えると、授業にも身が入らなかった。
 当人には来るなと言われたけれども、少し覗く程度なら大丈夫なんじゃないか。
 けれど、そんな事を正直にクルトに伝えたら、反対されるかもしれない。昨日の出来事だって打ち明けていないのに。だからこんな理由をでっちあげた。
 なんとか学校から外に出て、彼の様子を確認したかった。せめて無事な姿を見るだけでいい。


「あの人だって子供じゃないんだ。少し具合が悪そうだったってだけで、そこまでして様子を見行くのは大袈裟じゃないか?」


 マフラーを買うためだけに外に出た人に言われたくない。けれど、それを口にしてクルトの機嫌を損ねるような事になったら困る。彼の協力がなければ、学校の外にすら出られないのだから。
 わたしはなおも食い下がる。


「でも、万が一って事もあるし……少しだけ。ほんの少しだけで良いんです。少し様子を見たらすぐに戻ってきますから。クルトだって、もしもロザリンデさんの具合が悪そうだったら、放っておけないでしょう?」

「それはまあ、そうだけど……」

「お願いします! でないとわたし、気になって気になって――」

「夜しか眠れないって言うんだろ? ……わかった。わかったからもうその言い回しは使うな。これ以上ねえさまみたいな事を言われると、今までの【お願い】を思い出して落ち着かなくなるんだよ」

「それじゃあ……」

「ああ、協力してやる。ただし、夕食までには戻るんだぞ」

「ありがとうございます!」



 クルトによって塀の上に引っ張りあげてもらった後、もしものために備えて、彼には学校に残ってもらう事にした。夕食までにわたしが戻れなかった場合に、うまく誤魔化してくれるだろう。



 ヴェルナーさんの家にたどり着いたわたしは、近くの建物の陰から様子を伺う。
 外から見るアトリエの様子は、いつもとなんら変わらないように見える。

 ヴェルナーさん、外に出てきてくれないかな……なんて、そんな都合のいいことあるわけ――


「そんなところで何をしているんだ?」


 出し抜けに背後から声を掛けられ、飛び上がりそうになってしまった。慌てて振り返ると、そこには手に荷物を抱えたヴェルナーさんが立っていた。
 あまりにも予想外な出会いにわたしは動揺する。


「な、な、なんで、ヴェルナーさんがここに……?」

「画材を買ってきたんだ。絵の具と、他にも色々と……」


 画材って……昨日あんな事があったばかりだというのに、この人は絵の事を考えているのか。
 あまりにもマイペースな行動に呆然としていると、ヴェルナーさんが咎めるような視線を向けてくる。


「君こそ、学校はどうしたんだ? どうやってここに?」


 その言葉に、今度は自分が問い詰められる番だと気付いて、急にしどろもどろになる。


「実は、塀を超える方法があって、それを使って抜け出してきたんです。ヴェルナーさんの事が気になって……もしかしたら、また酷い目にあってるんじゃないかと考えたら落ち着かなくて……」


 目を逸らしながら答えると。頭上から深い溜息が聞こえた。


「……しばらくここには来ないようにと言ったはずだが。酷い目にあうかもしれないのは君だって変わらないんだ。俺のことをとやかく言う前に、自分の行動を省みるべきだ」


 彼にしては珍しく厳しい言葉に、わたしは叱られた時のように思わず首をすくめる。


「すみません……」

「……ともかく、学校まで送ろう。荷物を置いてくるから少しだけ待っていてくれ」

「い、いえ、そんな、大丈夫ですよ。ここに来る時だって何も起こらなかったし……」

「そういう問題じゃない。とにかく、今は勝手な行動はしないでもらえないか」

「でも、その、これから知り合いの家で梯子を貸してもらう予定なんです。それがないと塀を越えられないので……」


 そうなのだ。学校へ戻るためには梯子が必要だ。だからクルトに頼んで、梯子を貸してもらえるようにとロザリンデさん宛てにしたためた手紙を持ってきているのだった。


「……梯子ならこの家にもある。それを使えば良いだろう」
 
 そこまでしてもらうのは申し訳なかったが、断るのも躊躇われた。昨日の彼の警告を無視したのは事実なのだ。これ以上彼の言葉に背いて勝手に行動して、もしもの事があれば目も当てられない。
 結局、前日と同じように、学校まで送ってもらうことになった。
 無言でふたり並んで歩きながら、わたしはちらりと隣を窺う。
 片手で梯子を肩に引っ掛けて背負うように持つヴェルナーさんは、何かを考え込んでいるように押し黙っている。

 やっぱりヴェルナーさん、怒ってるのかな……
 無理も無い、せっかくの忠告を無視してここまで押しかけてきたのだ。いい気がしないのは当然だろう。
 でも、とりあえず彼の無事は確認できたのだ。画材を買いに行くところを見ても、普段どおりのように振舞っているみたいだし、わたしが考えていたほど落ち込んではいないのかもしれない。
 それがわかっただけでも良かったと、ひそかに胸を撫で下ろした。

 やがて学校のあの木のそばの塀までたどり着くと、ヴェルナーさんが塀に梯子をかけてくれた。
 それを上る前に今日のことをきちんと謝りたい。そう思っていると、今まで黙っていたヴェルナーさんが、改まったように口を開いた。


「これからもこういう事が続くのはよくない。わかるだろう? 俺もしばらくは極力外出を控えることにするから、それでゆるして貰えないか。君が心配してくれるのはありがたいが、それで君になにか起こるような事があれば意味がない」


 ゆるすもなにも、勝手な事をしたのはわたしのほうだ。謝るのはこちらではないか。
 言いかけるわたしよりも先に、ヴェルナーさんは梯子を示す。


「早く上った方がいい。こんなところを誰かに見られたらまずいだろう?」


 そう急かされ、ろくな謝罪もできないままにわたしは梯子に足をかけた。


「ヴェルナーさん」


 塀の上からわたしは呼びかける。


「これからは、ヴェルナーさんの言う事を守ります。だから――だから、いつかこの騒動が収まったときに、またあのアトリエで絵を教えてください。お願いします」


 こちらを見上げたヴェルナーさんは黙ったままだったが、何故だか眩しそうに目を細めたような気がした。

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