7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月の秘密

7月の秘密 2

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 それからは、授業にも身が入らず、毎日楽しみにしていたはず食事の時間でも食べ物がろくに喉を通らず、味さえもよくわからない有様だった。ただ機械的に身体を動かし、食べ、眠る。その繰り返しだ。
 そんなわたしの様子をよほど変に思ったのか、マリウスが声を掛けてきた。


「ねえユーリ、なにかあったの? 最近調子が良くないみたいだけど」


 ぼんやりしている間に、傍にいたクルトが慌てたようにマリウスの耳元に口を寄せ、何事か囁く。するとマリウスは眉を寄せる。


「ああ、なるほどね……それは、気の毒に。僕も経験あるからよくわかるよ。あれは引きずるよね」


 一体なんて説明したんだろう。ちらりとそう思ったが、クルトに確認する気も起きなかった。





 気がつくとそこは、明るい陽が差す教会の庭だった。あたりはこども達の笑い声に包まれ賑やかだ。やがて誰かが鬼ごっこをしようと言い出して仲間を募る。
 わたしも――言いかけて、わたしは自分の声が出せないことに気付く。まるで喉に何かが詰まっているようだ。慌てて近くのこどもに助けを求めようとするが、身体も上手く動かせない。足が泥にでも浸かっているみたいに重たい。
 そんなわたしをよそに、こども達は鬼ごっこを始める。青空の下、歓声が響く。


 ――だれか、助けて。動けないの


 必死に声を上げようとするも、誰一人わたしの方を見ようともしない。そこになにもいないかのように。
 日差しが強くなる。その中に、遠ざかるこども達の輪郭が溶けてゆく。まるで光の中に消えていくかのように。
 わたしはその中にアウグステの横顔を見た。


 ――アウグステ! ねえ、まって、どこに行くの? わたしを置いていかないで!


 出せない声で叫んだときには、彼女の姿はすでに光の中に吸い込まれ、あたりは真っ白な、なにもない世界が広がるだけだった。



 わたしは目を開けた。
 柔らかいベッドにあたたかい毛布。部屋の外はまだ暗い。


 ――今のは夢だったんだ。


 そう理解したものの、胸は早鐘を打っていて、わたしは暫くの間動けないでいた。
 やがてそろりと身体を起こす。あたりはしんと静まり返り、全ての生物が活動を停止したように錯覚する。
 あまりの静けさに、急に心細くなった。自分の寝床を抜け出すと、クルトのほうへと近づく。
 ベッドの傍に腰掛けると、シーツの上に肘をつき、彼の様子を眺める。
 薄暗闇に彼の白い顔が浮き上がる。微かな寝息と、呼吸をするたびゆっくりと上下する毛布で、彼が生きているのだと確認できた。


 ――クルトはここにいるよね? 夢じゃないよね? どこかに消えたりしないよね?


 当たり前ではないかと思う反面、妙な不安を感じて、わたしは自分の腕に顎を乗せ、クルトの顔をじっと見つめた。
 どれくらい経っただろう、彼の長い睫毛が震えたかと思うと、すっとその目が開いた。
 突然のことに動けずにいるわたしと、お互い目があったまま数秒の時が流れた。


「うわっ!?」


 クルトは飛び跳ねるように起き上がると、背中を壁に勢い良くぶつけるように後ずさる。


「な、な、なんだ!? そんなところで、何やってるんだ……!?」


 彼はわたしの姿を認めると、うわずった声で問う。
 わたしは慌てて腰を浮かす。


「ご、ごめんなさい……なんだか目が冴えてしまって、なんとなく……」

「……また妙なこと考えてたんだろ」

「ええと、その……すみません、驚かせてしまって……もう寝ます」


 立ち上がろうとしたその時、クルトに腕を引かれ、わたしはそのまま尻餅をつくようにベッドに腰掛ける。


「お前に起こされたせいで目が冴えた。眠くなるまで話に付き合ってもらうからな」


 そう言ってクルトは隣に移動してきた。
 けれど、「話に付き合ってもらう」と言った割には、クルトは腕組みしてなにかを考えるような仕草をしたまま黙っている。
 しばらくの間を置いたあとに


「そうだな」


 と口を開く。


「むかしむかし、あるところに娘がひとりいて――」

「……話って、おとぎ話ですか?」


 思わず口を挟む。


「『話』には変わりないだろ。まあ大人しく聞け。それで――その娘の暮らす街にはひとりの魔法使いが住んでいた。娘は魔法使いから魔法を習うべく、彼のもとに通って、ついには弟子になる。そうして魔法を習っていたある日、悪い魔法使いが現れて、娘の師匠である魔法使いを破滅させようとする。魔法使いは娘に危害が及ばないようにと別れ持つ告げずに街を去る」


 クルトはそこで言葉を切る。わたしはその話にいつの間にか引き込まれていた。


「それで、どうなるんですか? 続きは?」

「続きは――また今度」

「え……」

「眠くなったから寝る。お前ももう寝ろ」


 クルトはさっさとベッドに横になると背を向けてしまった。
 腑に落ちない気持ちを抱えながら、わたしもしぶしぶベッドに横になる。

 さっきの物語の娘――彼女はどうするんだろう。魔法使いを探してあてのない旅に出るか、それとも諦めてその場に留まり一生を送る? だとしても、そんな別れかたをすれば、後味が悪いに違いない。
 物語は一体どんな結末を迎えるんだろう。どうせなら大団円が良いな…… 

 そんな事を考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。

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