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7月の秘密
7月の秘密 3
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「おい、起きろ」
クルトの声とともに、毛布の上から肩を揺さぶられる。
けだるい身体をゆるゆると起こすと、クルトの声が振ってきた。
「別荘に行くぞ。早く支度しろ」
別荘? ああ、そうか。今日は日曜日だったのか。
クルトを見ると、既に支度も済ませている。
「あの……今日は遠慮させてもらえませんか? そんな気分になれなくて……」
元気なく呟くも、クルトは首を横に振る。
「いいや、どうしても一緒に来てもらう。最悪寝巻き姿のお前を担いででも連れて行くからな。それが嫌ならさっさと支度してくれ。10分やるから」
「そんな……」
反論を試みるも、それよりも早くクルトは部屋から出て行ってしまった。わたしは仕方なくベッドから立ち上がる。
こんな状態であのお屋敷へ行くなんて。正直、放っておいて欲しかったけれども、こういう時のクルトが強引なのも知っている。反抗する気力もなく、のろのろと支度を済ませて、寝室を後にする。
どこかぼんやりしたままのわたしが頼りなかったのか、クルトに腕を引かれ連れ出される。
やがて外に出た。されるがままに歩いているわたしの顔を、街の冷たい風が撫でる。
ふと、今ならここから逃げ出せるのではという考えがよぎった。このままクルトの腕を振り払って――そのままどこかへ――
けれど、しっかりと握られたクルトの手は簡単に解けそうに無く、わたしは再び諦めにも似た気持ちで、彼の後をただ付いて行くだけだった。
やがて別荘に到着すると、すぐにいつもの部屋に通される。奇妙な事にお風呂には入らされなかった。入浴すらままならないと思われたんだろうか。
椅子に腰掛けたわたしは、テーブルにじっと目を落としながら考える。ロザリンデさんの前で、いつものような態度でいられるだろうか。少しでもおかしな様子をみせれば、何かあったかと尋ねられるに違いない。その時自分は冷静でいられるだろうか。
「ちょっと目を閉じていてくれないか」
おもむろにそんな事を言われ、わたしは戸惑う。
「目を? どうしてそんな事……」
「いいから。普通にしてたんじゃつまらないからな」
わけもわからず目を閉じる。すると、少ししてドアが開閉する音や、誰かの足音、金属が微かに触れ合うような音もする。
それが収まったかと思うとクルトの声がした。
「よし、もういいぞ」
その声に従い目をあけたわたしは、眼前の光景に息を呑む。
「まさか、これって……」
そこにはお菓子があった。
けれど、ただのお菓子ではない。
ケーキでできた壁に、ドアはビスケット、チョコレートの屋根にはマジパンがのっていて――
「うそみたい……」
大きな角皿の上をカンバスにして、お菓子の家が建っていた。周りはクリームの丘に囲まれ、砂糖でできた花も咲いている。
「ほんとに、お菓子の家? すごい……」
夢にまで見たお菓子の家がそこにあった。孤児院にいた頃、きょうだいたちと散々想像を膨らませ、自分で作ってみせるとまで宣言した、あのお菓子の家が。
「でも、なんで、どうして……?」
困惑と興奮の入り混じった感情で、クルトとお菓子の家とに交互に顔を向ける。
「前に言ってただろ? お菓子の家を食べてみたいって。あのとき、お前の性別をばらした埋め合わせするって約束したからな」
確かにわたしはあのときお菓子の家のことを口にした。でも、それをクルトが覚えていて、こうして叶えてくれるなんて。
そのとき、不意に気付いた。自分の誤った考えに。今の今まで、この広い世界で、自分はひとりぼっちになってしまったんだと思っていた。もう泣いて叫んでも、誰も手を差し伸べてくれないんだと。けれどそれは間違っていたのだ。こんなにもわたしのことを気にかけてくれる人がいるではないか。それも、こんなすぐ近くに。
それと同時に周りの景色が鮮やかさを取り戻したような気がした。
クルトがこちらの様子を窺っている。心なしか心配そうな顔つきで。
それを見て、喉の奥に塩辛いものが広がっていく感覚に襲われる。けれど、ここで涙を流すような事はしたくなかった。泣けばきっとまた、クルトは怒ったような、それでいて困ったような顔をするに違いないのだ。もうこれ以上心配をかけたくない。わたしは必死で堪える。
「クルト、ありがとう」
震える声でそれだけ呟いた。クルトは微かに目を細める。
今のふたりの間に流れる空気は、それまでの翳りが取り除かれたように穏やかであたたかいものだった。
「……クルト、なんだか少し痩せました?」
「お前ほどじゃない」
彼は苦笑にも似た笑いを漏らす。
「眺めるのも結構だが、食べるのなら早くした方が良い。なにしろこのお菓子の家は絶妙なバランスで成り立ってて、いつ崩れてもおかしくない状態らしいからな」
「でも、こんなによくできたものを食べるなんて……」
「それじゃあ無残に倒壊するのを待つのか?」
「そ、それも惜しいです……そうだ。クルトも一緒に食べませんか?」
「俺も?」
「だめですか? こんな綺麗なお菓子の家、ひとりで崩すのは勇気がいるんですよ。一緒に食べてくれるのなら、わたしも心置きなく刃を入れることが出来るんですけど……」
「……仕方ないな。そういう事なら手を貸してやろう」
もったいぶった言い方をして、クルトは予備のフォークに手を伸ばした。
クルトの声とともに、毛布の上から肩を揺さぶられる。
けだるい身体をゆるゆると起こすと、クルトの声が振ってきた。
「別荘に行くぞ。早く支度しろ」
別荘? ああ、そうか。今日は日曜日だったのか。
クルトを見ると、既に支度も済ませている。
「あの……今日は遠慮させてもらえませんか? そんな気分になれなくて……」
元気なく呟くも、クルトは首を横に振る。
「いいや、どうしても一緒に来てもらう。最悪寝巻き姿のお前を担いででも連れて行くからな。それが嫌ならさっさと支度してくれ。10分やるから」
「そんな……」
反論を試みるも、それよりも早くクルトは部屋から出て行ってしまった。わたしは仕方なくベッドから立ち上がる。
こんな状態であのお屋敷へ行くなんて。正直、放っておいて欲しかったけれども、こういう時のクルトが強引なのも知っている。反抗する気力もなく、のろのろと支度を済ませて、寝室を後にする。
どこかぼんやりしたままのわたしが頼りなかったのか、クルトに腕を引かれ連れ出される。
やがて外に出た。されるがままに歩いているわたしの顔を、街の冷たい風が撫でる。
ふと、今ならここから逃げ出せるのではという考えがよぎった。このままクルトの腕を振り払って――そのままどこかへ――
けれど、しっかりと握られたクルトの手は簡単に解けそうに無く、わたしは再び諦めにも似た気持ちで、彼の後をただ付いて行くだけだった。
やがて別荘に到着すると、すぐにいつもの部屋に通される。奇妙な事にお風呂には入らされなかった。入浴すらままならないと思われたんだろうか。
椅子に腰掛けたわたしは、テーブルにじっと目を落としながら考える。ロザリンデさんの前で、いつものような態度でいられるだろうか。少しでもおかしな様子をみせれば、何かあったかと尋ねられるに違いない。その時自分は冷静でいられるだろうか。
「ちょっと目を閉じていてくれないか」
おもむろにそんな事を言われ、わたしは戸惑う。
「目を? どうしてそんな事……」
「いいから。普通にしてたんじゃつまらないからな」
わけもわからず目を閉じる。すると、少ししてドアが開閉する音や、誰かの足音、金属が微かに触れ合うような音もする。
それが収まったかと思うとクルトの声がした。
「よし、もういいぞ」
その声に従い目をあけたわたしは、眼前の光景に息を呑む。
「まさか、これって……」
そこにはお菓子があった。
けれど、ただのお菓子ではない。
ケーキでできた壁に、ドアはビスケット、チョコレートの屋根にはマジパンがのっていて――
「うそみたい……」
大きな角皿の上をカンバスにして、お菓子の家が建っていた。周りはクリームの丘に囲まれ、砂糖でできた花も咲いている。
「ほんとに、お菓子の家? すごい……」
夢にまで見たお菓子の家がそこにあった。孤児院にいた頃、きょうだいたちと散々想像を膨らませ、自分で作ってみせるとまで宣言した、あのお菓子の家が。
「でも、なんで、どうして……?」
困惑と興奮の入り混じった感情で、クルトとお菓子の家とに交互に顔を向ける。
「前に言ってただろ? お菓子の家を食べてみたいって。あのとき、お前の性別をばらした埋め合わせするって約束したからな」
確かにわたしはあのときお菓子の家のことを口にした。でも、それをクルトが覚えていて、こうして叶えてくれるなんて。
そのとき、不意に気付いた。自分の誤った考えに。今の今まで、この広い世界で、自分はひとりぼっちになってしまったんだと思っていた。もう泣いて叫んでも、誰も手を差し伸べてくれないんだと。けれどそれは間違っていたのだ。こんなにもわたしのことを気にかけてくれる人がいるではないか。それも、こんなすぐ近くに。
それと同時に周りの景色が鮮やかさを取り戻したような気がした。
クルトがこちらの様子を窺っている。心なしか心配そうな顔つきで。
それを見て、喉の奥に塩辛いものが広がっていく感覚に襲われる。けれど、ここで涙を流すような事はしたくなかった。泣けばきっとまた、クルトは怒ったような、それでいて困ったような顔をするに違いないのだ。もうこれ以上心配をかけたくない。わたしは必死で堪える。
「クルト、ありがとう」
震える声でそれだけ呟いた。クルトは微かに目を細める。
今のふたりの間に流れる空気は、それまでの翳りが取り除かれたように穏やかであたたかいものだった。
「……クルト、なんだか少し痩せました?」
「お前ほどじゃない」
彼は苦笑にも似た笑いを漏らす。
「眺めるのも結構だが、食べるのなら早くした方が良い。なにしろこのお菓子の家は絶妙なバランスで成り立ってて、いつ崩れてもおかしくない状態らしいからな」
「でも、こんなによくできたものを食べるなんて……」
「それじゃあ無残に倒壊するのを待つのか?」
「そ、それも惜しいです……そうだ。クルトも一緒に食べませんか?」
「俺も?」
「だめですか? こんな綺麗なお菓子の家、ひとりで崩すのは勇気がいるんですよ。一緒に食べてくれるのなら、わたしも心置きなく刃を入れることが出来るんですけど……」
「……仕方ないな。そういう事なら手を貸してやろう」
もったいぶった言い方をして、クルトは予備のフォークに手を伸ばした。
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