7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月の秘密

7月の秘密 4

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「わたし、知りたいんです」


 寮に戻ってからわたしは切り出す。


「どうしてわたしがこの学校に入学させられたのか。それを知っているのはわたしの後見人だけのはずです。今までも不思議でしたけれど、あまり騒ぐと孤児院に悪い影響が出るんじゃないかと思って躊躇っていました。でも……孤児院がなくなってしまった今、その人との繋がりはこの学校だけ。わたし、どうにかしてその人に接触したいんです。いつになるかわからないし、もしかしたらここに入れられたのだって他愛の無い理由かもしれない。でも、それを知らないままでいるのは心残りなんです。だから、もう暫くこの学校に残って様子を見ることにします」

「そうか。そう決めたのならそうすれば良い」

「今度は反対しないんですね」

「今のお前は冷静みたいだからな」


 それを聞いて気まずさがこみ上げる。思えば駄々をこねるこどものように、クルトを困らせてしまったことが恥ずかしい。


「ええと、いろいろご迷惑をおかけしました」

「お互い様だろ」


 別段気にしていないように、彼は肩をすくめながら小さく笑った。 


「そういえばわたし、気になっていた事があるんです」

「なんだ?」

「この間のおとぎ話の続き……あの後ふたりはどうなるんですか?」

「ああ、あれか」


 クルトが腕組みして何事か思案する。


「……知らない」

「え?」

「あれは、なんていうか、あの場で即興で作った話だから、続きもなにもない」

「ええー、結末は不明ってことですか?」

「うん、まあ、そういうことになるな」

「そんなあ……」

「そんなに気になるならお前が納得する続きを考えればいい」

「そんなの面白くないですよ。自分の知らない話を聞くのが楽しいのに」

「ええと、それじゃあ……弟子だった娘は悪い魔法使いを討ち果たしたのち、師匠の魔法使いを探し出して、ふたりは幸せに暮らしました。めでたしめでたし」

「ひどい投げやり感! わかってないなあ。それまでの過程が大事なのに」


 わたしが抗議の声を漏らすと、クルトはむっとしたような顔をした。


「思いつかないんだから仕方ないだろ。それとも、娘は師匠を見つけるため、肉体が滅び魂だけとなっても永遠に彷徨い続けました。なんていう結末のほうがいいのか?」

「そ、そんな夢のない終わり方嫌です」

「そうだろう。俺だって嫌だ。ああいうのは続きが気になるくらいでちょうどいいんだ。そう考えると、あそこで物語を区切ったのはむしろ英断だと思うんだが」

「そうかなあ……」


 どこか腑に落ちない思いを抱えながら首を捻っていると、クルトが改まった様子で口を開いた。


「ところで、後見人にはどうやって接触するつもりなんだ? あてはあるのか?」

「それなんですけど……まずは後見人について知っていそうな人に話を聞こうかと」

「うん? 誰のことだ?」

「ミエット先生です」






 わたしは温室の前で行ったり来たりを繰り返す。
 後見人のことについて、先生に尋ねようと思い立ったはいいものの、どう切り出したものかと思案していたのだ。
 でも、こうしてうろうろと考えていても埒があかない。
 思い切って温室のドアを少し開ける。
 するとその時、今まで一体どこに隠れていたのかという素早さで、一匹の白い猫――ブランが足元を抜けてするりと温室へと入り込んでしまった。


「あっ、だ、だめ……!」


 咄嗟に捕まえようとするものの、ブランはお構いなしに畑を突っ切ると、植物の間に見えなくなる。
 わたしは慌てて追いかける。葉の揺れを頼りに、猫の走っていった先に目を向けると、緑の間に白い毛の塊が見えた。
 植物を踏まないように畑を迂回しながらどうにか駆けつけると、ブランは植物の上などお構いなしとでも言うように、その白い身体を地面に擦り付けるようにごろごろと転げまわっていた。
 ど、どうしよう。先生に怒られる……!

 あたりを見回すが、先生の姿は無い。もしかして温室にいないのだろうか。
 咄嗟にブランを抱き上げると、一目散にドアへと向かい外へ出る。そのまま少し離れたところで、誰も見ていない事を確認してからわたしは深く息をついた。
 よく見てなかったけど、畑は大丈夫だったのかな……枯れたりしないといいんだけど。
 そんな事を考えていると、腕の中のブランが居心地悪そうにもがき出したので、そっと地面へと降ろす。しかし、ブランはすぐにはその場を去らずに、しきりに首のあたりを気にするように脚で掻いている。よくよく見れば、体毛とは違うなにか白い紐のようなものが見え隠れしている。ブランはそれが気になっているようだ。
 わたしは手を伸ばし、その白いものを引っ張る。けれど、それはしっかりと首輪に結びつけられてあったようで、意図せずブランを少し引きずってしまった。


「あ、ご、ごめん……! 少しだけ我慢して……!」


 謝りながらなんとか結び目を解いて、紐を首輪から外す。
 その途端、違和感から解放されたブランはわたしの手を離れ、どこかへ走り去ってしまった。

 あー、これは、嫌われちゃったかな……

 そんな事を考えながら、手の中に視線を移す。
 紐だと思っていたのは紙だった。幾重にも細長く折り畳まれた紙が紐のように見えたのだ。
 誰かがブランにいたずらしたんだろうか?
 何気なく紙を広げてみたそのとき、わたしの心臓が跳ねた。

 『七月の動向に変化なし』

 七月って……わたしのこと? いや、まさか。でも、今は七月でもないし、それにこの文章に登場する七月って、まるで生き物に対するそれみたいじゃないか。
 ただの適当な言葉の羅列かもしれないし、本当にいたずらの可能性だってある。でなければ、どうしてこれをブランの首輪に結びつけたのか。
 でも、もしもここに書かれている【七月】が自分の事だとしたら……?  
 だとしたら、何者かに行動を監視されているという事だ。どうして? なんのために? 
 急に気味の悪さを覚え、わたしは自分の腕を抱くようにして、その場に立ち尽くしていた。






 ブランが首輪に付けていた白い紙切れ。あれに書かれていた【七月】が自分の事だとしたら、この学校に自分を監視している者がいる。もしかするとそれはミエット先生かもしれないのだ。だって、彼にしかブランは懐かないと言われているのだから。猫を利用して誰かと連絡を取っているのかもしれない。そんな彼に後見人の事を尋ねるのには躊躇いがあった。
 その考え自体が馬鹿げた妄想なのかもしれない。けれど、あの紙を見てからわたしは得体の知れない気味の悪さから逃れられずにいる。
 あれからもブランの首輪に紙が結び付けられていないかを確かめようとした。けれど、引きずったことがよほど悪印象だったのか、あの猫はこちらの顔を見るなり逃げてしまうのだ。
 せめて、もう一度ブランの首輪を確かめたい。そう思ってわたしは温室を訪れた。


「ミエット先生。ブランと仲良くするにはどうしたらいいでしょうか?」


 雑草を抜く手伝いをしながらおずおずと先生に尋ねる。後見人の件はひとまず後回しにして、彼にあの猫の扱い方を教えてもらおうと思ったのだ。勿論、首輪に付けられていた紙切れの件も伏せて。


「急にどうしたんだい? ユーリはブランと仲良くしたいの?」

「そうなんです。でも、いつも逃げられてしまうんですよ。あの猫って、ミエット先生にしか懐かないんですよね?」

「まさか。そういうわけじゃないよ」

「でも、先生のフランス語にしか反応しないって聞いたし、よく温室の前にいるじゃないですか」


 それを聞い先生は苦笑した。


「それは多大なる勘違いだね。確かにあの猫はいつも温室に入りたがってる。でも、それは僕が目当てじゃないんだよ」

「え?」

「あの猫はね――」


 先生の言葉を聞いて、わたしは雑草を抜く手を止めた。





 わたしの手には何枚もの紙切れがあった。そのほとんどに『七月』に関することが書かれている。
 もしかしたら考えすぎかもしれない。でも、この『七月』が自分の事だとしたら? そう考えると、言いようのない気味悪さに纏いつかれる。
 わたしは今、自分が抱いているこの気持ちをクルトに打ち明けるべきか悩んでいた。

 以前、彼に「俺はそんなに信頼に値しないのか」と言われた事が頭をよぎる。彼の事は信じている。信じるに値する大切な人だ。だからこそ、自分が今考えているある種滑稽な予測に、彼を巻き込んで良いものかと考えてしまうのだ。
何故だろう。こんなふうに思ってしまうのは。今まで散々彼の事を巻き込んできたも同然なのに。
 おぼつかない気持ちを抱えながら、寝室のドアを開ける。
 そこではクルトが本を読んでいたが、わたしの気配に顔を上げた。 


「お前、また妙な事考えてるだろ」


 自分の頭の中を覗かれたみたいで、どきりとした。
 答えられずにいると、クルトが本を机に置いた。


「やっぱりな。これだけ一緒に暮らしてるんだ。流石にわかってきた。今度はなんなんだ? 話してみろよ」


 その言葉に、背中を押されたような気がした。
 引き寄せられるようにクルトに近づくと、わたしは自分の両手をぎゅっと握りしめる。


「わたし、クルトの事、信じてます。でも、その一方で巻き込みたくないって気持ちもあるし、逆に、今抱えてる自分の考えが馬鹿馬鹿しいものなんじゃないかっていう思いもあるんです。もし、クルトが後になって、やっぱり関わりたくないと思うのなら、それでも構いません。だから、わたしの話を聞いてもらえますか?」


 わたしの真剣な様子にクルトは思いがけず驚いたようだったが、暫くして無言で頷いた。





 皆が寝静まった夜更け、わたしは鐘つき塔の階段を上っていた。
 夜は冷える。凍えるような風が吹き抜けて、わたしはマフラーを鼻の辺りまで引き上げる。でも、足を止めるわけにはいかない。なぜなら上にはわたしを待っている人がいるはずなのだから。

 やがて鐘つき塔の上に出た。足音が聞こえたのか、既にそこにいた人物がはっとしたようにこちらを振り返る。
 闇の中に浮かび上がるその顔に、わたしは見覚えがあった。


「あなただったんですね。わたしの事を監視していたのは」
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