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7月の秘密
7月の秘密 5
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「な、なんなの……なんで君がここに……?」
声を上げた人物――イザークは当惑したように後ずさる。
「ブランの首輪の手紙を見たんでしょう? 今日、この時間に、この鐘つき塔の上に来るようにという指示を書いた。あの手紙、わたしが書いたんです」
面食らったままのイザークを見つめながらわたしは続ける。
「あの猫――ブランに関する噂を聞いた事がありますか? 完璧なフランス語にしか反応しないからミエット先生にしか懐かない。そんな噂を。でも、実際は違ったんです。わたし、つい最近知りました。『青い目の白猫は耳が聞こえない』んだって。あの猫もそうだったんですね。だから誰の声にも反応しなかったんです。あなたはそれを知っていたんじゃありませんか? 普通にしていては懐かないあの猫を使って、誰かと手紙のやり取りをしていたんです」
正直なところ、自信はなかった。あの猫の首輪に括り付けられた紙切れだって誰かの悪戯かもしれないと思っていた。けれど、わたしの書いた手紙を真に受けて、この場所に現れる人物がいるとすれば、その人物にとっては悪ふざけなどではないはずだ。
「キャットニップというハーブがあるそうですね。学校の温室にも生えています。猫は特にそのハーブを好むとか。ブランが温室へ入りたがるのもそれが目当てだったそうです。あなたは、そのハーブを使ってブランを手なずけていたんじゃありませんか? そしてわたしがキャットニップでブランをおびき寄せて首輪にくくり付けた手紙を見て、今もここにやってきた」
思えば、最初にイザークに会ったときもハーブを使った嫌がらせをされたのだ。そういった知識に長けているのかもしれない。
わたしは手に持っていた紙を広げて畳み掛ける。
「『七月の動向に変化なし』。聞かせてください。この手紙の意味を。いえ、これだけじゃありません。これを見つけてからも、わたし、キャットニップを使って何度かブランの首輪に括りつけられた手紙を見ました。そのほとんどが『七月』――すなわち、わたしに関することでした。あなたは一体、どんな理由があってわたしを監視しているんですか?」
暗闇の中、イザークの目に険しいものが宿ったような気がした。
けれど引くわけにはいかない。わたしは心を奮い立たせて彼と対峙する。
やがてイザークが唐突に「ふふっ」っと笑い声を上げた。
困惑するわたしを尻目に、イザークは肩をすくめる。
「あーあ、これまで誰にもばれた事なんてなかったのになあ。君がここまでするなんてね。正直なところ、すぐにぼろを出して、この学校を追い出されるかと思ってた。よく誤魔化したものだよ……女の子の君が」
その言葉にぎくりとした。
「なんで……そのことを」
「君は忘れちゃったかな? 僕たちはずっと前にも一度会った事があるんだよ。君の育った孤児院の近くで。だから、君の昔の姿を知ってる」
彼と会った事がある? こんな綺麗な男の子の事、忘れるなんてあるだろうか?
「君と違って、僕は小さい頃から特別な教育を受けていたからね。ちょっと変わった教育法だったけど」
イザークはそこで少し言葉を切ってこちらを見つめる。
「僕は、小さい頃、女の子の格好をさせられていたのさ。思い出した? あの時、とっておきのハーブティを薦めたのに、君は『まずい』って言って一口飲んだきりだったんだよね。あれは傷ついたなあ」
わたしの脳裏に、いつか夢で見た光景が蘇った。咳き込むわたしを見ながら楽しそうに笑ったあの女の子。
でも、あれは夢の中の出来事だったんじゃ……? あの女の子は彫刻から抜け出してきた女の子のはずで……
けれど、目の前の少年は、あの女の子と同じ色の瞳をしている。
「今まで辛くあたってごめんね。仕方なかったんだ。他のこどもは敵みたいなものだったから。でも、大切なこどもを傷つけるわけにもいかないし。それもあって君の行動を監視してたんだけど……けれど、君がここまでたどり着いてしまったのなら、いい機会だから話してあげる。もしかしたら、もう知ってるかな?この学校は、僕たちにとって試金石みたいなもの。選ばれたこどもだけがこの学校に入学できて、三年間の間になんらかの功績をあげた優秀なものだけが上に行けるんだよ」
選ばれた子供って……? 上に行ける……? 一体何の話をしているの?
困惑するわたしを見て、イザークは溜息交じりに囁く。
「やっぱり知らなかったんだね。それもそうか。君は例外的な存在だからね。本当は、君の実の兄がこの学校に入学する予定だったんだけど……ちょっとした不都合があってね。代わりに彼の妹である君が、急遽ここに送り込まれたってわけ」
「実の兄って……どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ。知らなかっただろうけど、君には同じ両親から生まれた兄がいたんだよ」
その言葉にわたしははたと動きを止めた。
兄? わたしに兄がいた? 血の繋がった本当の兄が?
「知りたい? 君の兄の事」
戸惑いながらも頷くと、イザークは暫し考えるように唇を手に当てる。
「そうだなあ。僕も少ししか会った事ないから詳しくは言えないけど、やっぱりきょうだいだけあって似てた気がする。目や髪の色なんて特にね」
「あの……その人は、今どこに?」
「死んじゃったよ。病気で」
「え……?」
あまりにもそっけない言い方に耳を疑った。イザークは更に何かを思い出すように視線を上向ける。
「そういえばそいつ、ちょっと気味の悪い絵を大事にしてたって聞いたっけ。顔が真っ黒に塗り潰された肖像画を」
それを聞いて、わたしははっとする。
「……まさか、その人の名前って、エミール?」
声を上げた人物――イザークは当惑したように後ずさる。
「ブランの首輪の手紙を見たんでしょう? 今日、この時間に、この鐘つき塔の上に来るようにという指示を書いた。あの手紙、わたしが書いたんです」
面食らったままのイザークを見つめながらわたしは続ける。
「あの猫――ブランに関する噂を聞いた事がありますか? 完璧なフランス語にしか反応しないからミエット先生にしか懐かない。そんな噂を。でも、実際は違ったんです。わたし、つい最近知りました。『青い目の白猫は耳が聞こえない』んだって。あの猫もそうだったんですね。だから誰の声にも反応しなかったんです。あなたはそれを知っていたんじゃありませんか? 普通にしていては懐かないあの猫を使って、誰かと手紙のやり取りをしていたんです」
正直なところ、自信はなかった。あの猫の首輪に括り付けられた紙切れだって誰かの悪戯かもしれないと思っていた。けれど、わたしの書いた手紙を真に受けて、この場所に現れる人物がいるとすれば、その人物にとっては悪ふざけなどではないはずだ。
「キャットニップというハーブがあるそうですね。学校の温室にも生えています。猫は特にそのハーブを好むとか。ブランが温室へ入りたがるのもそれが目当てだったそうです。あなたは、そのハーブを使ってブランを手なずけていたんじゃありませんか? そしてわたしがキャットニップでブランをおびき寄せて首輪にくくり付けた手紙を見て、今もここにやってきた」
思えば、最初にイザークに会ったときもハーブを使った嫌がらせをされたのだ。そういった知識に長けているのかもしれない。
わたしは手に持っていた紙を広げて畳み掛ける。
「『七月の動向に変化なし』。聞かせてください。この手紙の意味を。いえ、これだけじゃありません。これを見つけてからも、わたし、キャットニップを使って何度かブランの首輪に括りつけられた手紙を見ました。そのほとんどが『七月』――すなわち、わたしに関することでした。あなたは一体、どんな理由があってわたしを監視しているんですか?」
暗闇の中、イザークの目に険しいものが宿ったような気がした。
けれど引くわけにはいかない。わたしは心を奮い立たせて彼と対峙する。
やがてイザークが唐突に「ふふっ」っと笑い声を上げた。
困惑するわたしを尻目に、イザークは肩をすくめる。
「あーあ、これまで誰にもばれた事なんてなかったのになあ。君がここまでするなんてね。正直なところ、すぐにぼろを出して、この学校を追い出されるかと思ってた。よく誤魔化したものだよ……女の子の君が」
その言葉にぎくりとした。
「なんで……そのことを」
「君は忘れちゃったかな? 僕たちはずっと前にも一度会った事があるんだよ。君の育った孤児院の近くで。だから、君の昔の姿を知ってる」
彼と会った事がある? こんな綺麗な男の子の事、忘れるなんてあるだろうか?
「君と違って、僕は小さい頃から特別な教育を受けていたからね。ちょっと変わった教育法だったけど」
イザークはそこで少し言葉を切ってこちらを見つめる。
「僕は、小さい頃、女の子の格好をさせられていたのさ。思い出した? あの時、とっておきのハーブティを薦めたのに、君は『まずい』って言って一口飲んだきりだったんだよね。あれは傷ついたなあ」
わたしの脳裏に、いつか夢で見た光景が蘇った。咳き込むわたしを見ながら楽しそうに笑ったあの女の子。
でも、あれは夢の中の出来事だったんじゃ……? あの女の子は彫刻から抜け出してきた女の子のはずで……
けれど、目の前の少年は、あの女の子と同じ色の瞳をしている。
「今まで辛くあたってごめんね。仕方なかったんだ。他のこどもは敵みたいなものだったから。でも、大切なこどもを傷つけるわけにもいかないし。それもあって君の行動を監視してたんだけど……けれど、君がここまでたどり着いてしまったのなら、いい機会だから話してあげる。もしかしたら、もう知ってるかな?この学校は、僕たちにとって試金石みたいなもの。選ばれたこどもだけがこの学校に入学できて、三年間の間になんらかの功績をあげた優秀なものだけが上に行けるんだよ」
選ばれた子供って……? 上に行ける……? 一体何の話をしているの?
困惑するわたしを見て、イザークは溜息交じりに囁く。
「やっぱり知らなかったんだね。それもそうか。君は例外的な存在だからね。本当は、君の実の兄がこの学校に入学する予定だったんだけど……ちょっとした不都合があってね。代わりに彼の妹である君が、急遽ここに送り込まれたってわけ」
「実の兄って……どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ。知らなかっただろうけど、君には同じ両親から生まれた兄がいたんだよ」
その言葉にわたしははたと動きを止めた。
兄? わたしに兄がいた? 血の繋がった本当の兄が?
「知りたい? 君の兄の事」
戸惑いながらも頷くと、イザークは暫し考えるように唇を手に当てる。
「そうだなあ。僕も少ししか会った事ないから詳しくは言えないけど、やっぱりきょうだいだけあって似てた気がする。目や髪の色なんて特にね」
「あの……その人は、今どこに?」
「死んじゃったよ。病気で」
「え……?」
あまりにもそっけない言い方に耳を疑った。イザークは更に何かを思い出すように視線を上向ける。
「そういえばそいつ、ちょっと気味の悪い絵を大事にしてたって聞いたっけ。顔が真っ黒に塗り潰された肖像画を」
それを聞いて、わたしははっとする。
「……まさか、その人の名前って、エミール?」
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