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雪かき革命
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ある日、午後の休憩時間を見越したかのようにミーシャくんが訪ねてきた。息を切らしながら。
「ユキさん! できましたよ! 壊れないスノーダンプが!」
その顔は少し上気していて興奮しているようだ。よほど良いものができたんだろうか。
イライザさんに少し出掛けると断ってから、ミーシャ君について行くことにした。
だってせっかくお店にまで知らせに来てくれたんだから「それじゃあ明日伺いますね」なんて言えない。それに私も完成したスノーダンプを早く見てみたかった。
ミーシャ君の働く工房に着くと、お店の前にちょっとした人だかりができていた。
「こりゃ楽でいいな。うちの店にも欲しいぜ」
などと言いながら、屈強な男性達がわいわいとスノーダンプで雪かきしている。
その傍らではドワーフの親方さんが長い髭を撫でながら頷いていたが、私達の姿を見て手を上げた。
「おお。娘さん、来なすったかね。今皆で、このスノーダンプとやらの使用感を試しておったのだ。なかなか便利だのう。ミーシャが試行錯誤したせいか強度も申し分ない。これならあんたも気に入ってくれるんじゃないかのう。是非試してみてくれ」
そう言ってスノーダンプに群がる男性達をどかしてくれた。どうやら彼らは工房の職人達らしい。
早速私は取っ手を押しながら。近くの雪の壁に突っ込む。えいっと体重をかけると、この間のように取っ手が取れる事も無く、見事に雪の塊を持ち上げる事が出来た。
「わあ、すごい。これですよ。この感じ! ミーシャ君、ありがとう! これで雪かきが楽になります!」
「いえ、こちらこそ。いい勉強になりました。あとは錆止めの塗料を塗れば完成です」
ミーシャ君は照れたように頭をかくと、そばにいた親方さんが私に向かって口を開く。
「それで娘さん、このスノーダンプとやらについて話があるんじゃが、少し付き合って貰えんかのう」
な、なんだろう。もしかして料金の話かな……実はめちゃくちゃ高いとか?
恐々としながらも工房の片隅のテーブルに案内されると、ミーシャ君が温かいお茶を持ってきてくれた。
緊張で口の中が渇いてしまう。お茶で潤そうとカップに口をつけると、親方さんが話し出す。
「早速だが娘さん。あのスノーダンプというやつは、さっきも言った通りなかなか便利な代物だ。それでひとつ提案というか、頼みがあるんじゃが……あの道具をうちの店で量産して販売する許可を貰えんかね?」
「え?」
「あの道具が国中に広まれば、今より断然除雪が楽になるだろう。大きさや材質を調整すれば子どもや女性にも楽に扱える、それを広めないのは惜しいと思うのだよ。どうかね。考えては貰えんか?」
そんなにもスノーダンプが画期的な代物だったとは……
確かに、スノーダンプがあれば、この国の雪かき事情に革命を起こせるかもしれない。重いシャベルによる重労働から解放され、人々はスノーダンプの素晴らしさに涙するのだ。
それ自体は喜ばしい事だとは思う。でも……もともとはこの工房に私が持ち込んだ企画でもあるのだ。それを自由に利用されるのはなんだか理不尽というか、納得できない気もする。いや実際のスノーダンプも私が発明したわけではないのだが。
「あの……それでしたら、発案料として、売り上げのいくらかを私が頂くという事は……できませんか?」
「ほう?」
親方さんは目を細める。
「どれくらいをご希望かな?」
「ええと……一台につき、一割とか?」
「ほっほっほ。さすがにそれは暴利だのう」
「やっぱりそうですか……それじゃあ、ニ分くらいでは……?」
その言葉に親方さんは髭を撫でながら考えていたようだったが
「わかった。それではニ分という事で」
心なしか満足げに頷いた。
うーん……この反応だともう少し高く設定してもよかったかな……? 私もまだまだ修行が足りない。
「ユキさん」
私と親方さんの商談がまとまったところを見計らったように、ミーシャ君が近づいてきた。
「スノーダンプに塗る錆止めの塗料ですけど、何色がいいですか? できる限り対応しますよ」
「ほんとですか!? どうしようかなあ。やっぱり可愛らしくパステルピンクなんかが良いかも……あ、あと、どこかに『銀のうさぎ亭』って文字を入れて貰う事ってできますか? お店の宣伝になるかもしれないし」
「大丈夫ですよ。それじゃあ完成次第『銀のうさぎ亭』にお届けしますね」
「えっ!? そこまでして頂かなくてもいいですよ! 自分で取りに来られますから」
「いえ、僕が自分の手でお届けしたいんです。だって、あのスノーダンプは僕が初めて手掛けた仕事なんですから」
誇らしげに胸を張るミーシャ君。初めて任された仕事がよほど嬉しかったらしい。
「そういえば、このスノーダンプ、量産化して販売したいって親方さんが言ってましたよ」
伝えると、ミーシャ君は目を瞠った。
「そ、それじゃあ僕がこの国で一番最初にスノーダンプを作った職人って事になるんですか!? うわあ、信じられない。ねえユキさん、持ち手のところで構わないので、小さく僕の名前を彫ってもいいですか!? スノーダンプ第一号の記念として!」
「もちろん構いませんよ」
いつかミーシャ君が偉大な職人になった時に価値が出そうだし。なんて邪な事をちらりと思ったりした。
◇◇◇◇◇
それから数日後、約束通りミーシャ君が届けてくれた完成版スノーダンプを手に、雪かきのため外へ出る。
約束通りパステルピンクの本体にミントグリーンで『銀のうさぎ亭』と書かれている。持ち手にはミーシャ君のサイン。
それを見たレオンさんが眉を顰める。
「おいネコ子。なんだよその珍妙な物体は」
「ふふふ、お気づきになりましたか。何を隠そう、これこそがスノーダンプなのです」
「あー……前にお前が言ってたアレか。マジで作ったのか? そんなに欲しかったのかよ。で、そんなものでどうやって雪かきしようってんだ?」
「それを今からご覧に入れましょう」
私は積もった雪の下にスノーダンプを勢いよく差し入れると、テコの要領で一度傾ける。
今度は持ち手も取れなかった。ミーシャ君、頑張ってくれたんだなあ。
スノーダンプの傾きを戻すと、雪を積んだまま地面に滑らせる。そのまま水路に向けて傾けると雪がするすると落ちて水と共に流れて行った。
「と、いうわけです。これで今日から私も雪かきプリンセスですよ」
「ほほう、なかなかすげえな。もう一度やってみせてくれよ」
「いいでしょう。わたしのプリンセスっぷりをよくご覧になってください」
そうして雪を積んでは水路へと流す。
それを繰り返して敷地の半分ほどの雪を片付け終えた時、ある事に気づいた。
レオンさんが何もしていない。
にやにやしながらシャベルに身体をもたせながらこちらを眺めているのだ。
「ちょっとレオンさん、仕事してくださいよ! さっきから私だけが雪かきしてるじゃないですか!」
「ちっ、気づいたか」
「まさか私に全部やらせるつもりだったんですか!? ずるい!」
「いやー、雪かきプリンセスの美麗な雪かき姿に思わず心奪われちまってさ。もっと見てみてえなあ、雪かきプリンセスの華麗な姿を」
「そんな調子の良い事言っても、もう騙されませんよ! 残りはレオンさんがやってください! 特別にスノーダンプを貸してあげますから。雪かきプリンスの華麗な姿を見せてくださいよ」
「恥ずかしいあだ名つけんな」
文句を言いながらも、スノーダンプを手にしたレオンさんが雪かきを始める。
「おお。なかなか良いじゃねえか。このスノーダンプとかいうやつ」
おまけにちょっと楽しそうだ。なんだ、やっぱり興味あったんじゃないか。
今度は私がシャベルにもたれ掛かりながらレオンさんを眺める。この分なら今日は早く雪かきが終わりそうだ。
と考えていたその時
「おはよう銀うささん」
見れば、通りを挟んでお向かいのお宅の旦那さん。この人はお店の名前を略して「銀うさ」と呼ぶ。
「なにやら面白そうな道具を使ってるね。初めて見るよ」
興味津々といった様子でレオンさんを眺めている。
「おはようございます。これ、スノーダンプっていうんですけど、すっごく便利なんですよ。よかったら試してみます?」
「いいのかい?」
「もちろんですよ。ほら、レオンさん、代わってさしあげて」
なかば無理やりレオンさんからスノーダンプを取り上げると、旦那さんに使い方を説明する。
「へえ。これは楽だなあ。僕も欲しいなあ」
よほど気に入ったのか、何度も雪を積んでは水路に落としてゆく旦那さん。
あれ?
と、そこで異変に気付く。
いつの間にか私たちの周りに人の輪が形成されていたのだ。
スノーダンプに雪を積み、水路に落とすたびにどよめきが起こる。
え、な、なにこれ。みんなスノーダンプを見ている……?
しかも知らない間に列ができていて、順番にスノーダンプに雪を積んでは水路に落とす。まるで試用会のような有様だ。
結局お店の前は部外者の手によってきれいに除雪されてしまった。
「雪は? 雪はもっと無いのかね?」
「もっと雪かきさせてくれ!」
人々は雪を求め声を上げる。なにこの状況。
雪ならそこらじゅうにあるけれど、下手に雪かきして水路が詰まってしまっては大惨事だという事をみんな分かっているのだ。だからこの場所で雪を求める。律儀だな。
しかし、あまりスノーダンプでの雪かきを覚えてしまうと都合が悪い。最初のうちは新鮮で楽しくても、慣れるに従って飽きてくるに決まっているのだ。そうすると工房から私に入るはずのお金が減ってしまう! その前にこの騒動をなんとかしなければ……!
私は手を上げて声を張り上げる。スノーダンプを強引に引き寄せながら。
「みなさーん! この道具はスノーダンプといって、皆さんもごらんになっていた通り便利な雪かきの道具でーす!」
「どこで手に入るんだい?」
「工房街の鍛冶屋さんで取り扱うそうですよー! 『ゴドーのアトリエ』っていうお店です! 私もそこで作ってもらいました!」
スノーダンプが売れれば、それだけ私にも利益が入るのだ。アピールするに越したことはない。まさかこんなに人が集まってくるとは思わなかったけれども。
「『ゴドーのアトリエ』だな? よし、早速そのスノーダンプとやらを買いに行くぞ!」
人の波は連れ立って工房街に向かって移動していった。まだ開店前だと思うけど大丈夫なのかな……?
それに、製品が売れるのは良い事だけど……工房の人達はあんなにたくさんの人に対応できるんだろうか? 他人事ながらちょっと心配になってきた。
「いやー、今日の雪かきは今までで一番楽だったなー」
私の心配とは裏腹に、レオンさんが能天気な声を上げた。
「ユキさん! できましたよ! 壊れないスノーダンプが!」
その顔は少し上気していて興奮しているようだ。よほど良いものができたんだろうか。
イライザさんに少し出掛けると断ってから、ミーシャ君について行くことにした。
だってせっかくお店にまで知らせに来てくれたんだから「それじゃあ明日伺いますね」なんて言えない。それに私も完成したスノーダンプを早く見てみたかった。
ミーシャ君の働く工房に着くと、お店の前にちょっとした人だかりができていた。
「こりゃ楽でいいな。うちの店にも欲しいぜ」
などと言いながら、屈強な男性達がわいわいとスノーダンプで雪かきしている。
その傍らではドワーフの親方さんが長い髭を撫でながら頷いていたが、私達の姿を見て手を上げた。
「おお。娘さん、来なすったかね。今皆で、このスノーダンプとやらの使用感を試しておったのだ。なかなか便利だのう。ミーシャが試行錯誤したせいか強度も申し分ない。これならあんたも気に入ってくれるんじゃないかのう。是非試してみてくれ」
そう言ってスノーダンプに群がる男性達をどかしてくれた。どうやら彼らは工房の職人達らしい。
早速私は取っ手を押しながら。近くの雪の壁に突っ込む。えいっと体重をかけると、この間のように取っ手が取れる事も無く、見事に雪の塊を持ち上げる事が出来た。
「わあ、すごい。これですよ。この感じ! ミーシャ君、ありがとう! これで雪かきが楽になります!」
「いえ、こちらこそ。いい勉強になりました。あとは錆止めの塗料を塗れば完成です」
ミーシャ君は照れたように頭をかくと、そばにいた親方さんが私に向かって口を開く。
「それで娘さん、このスノーダンプとやらについて話があるんじゃが、少し付き合って貰えんかのう」
な、なんだろう。もしかして料金の話かな……実はめちゃくちゃ高いとか?
恐々としながらも工房の片隅のテーブルに案内されると、ミーシャ君が温かいお茶を持ってきてくれた。
緊張で口の中が渇いてしまう。お茶で潤そうとカップに口をつけると、親方さんが話し出す。
「早速だが娘さん。あのスノーダンプというやつは、さっきも言った通りなかなか便利な代物だ。それでひとつ提案というか、頼みがあるんじゃが……あの道具をうちの店で量産して販売する許可を貰えんかね?」
「え?」
「あの道具が国中に広まれば、今より断然除雪が楽になるだろう。大きさや材質を調整すれば子どもや女性にも楽に扱える、それを広めないのは惜しいと思うのだよ。どうかね。考えては貰えんか?」
そんなにもスノーダンプが画期的な代物だったとは……
確かに、スノーダンプがあれば、この国の雪かき事情に革命を起こせるかもしれない。重いシャベルによる重労働から解放され、人々はスノーダンプの素晴らしさに涙するのだ。
それ自体は喜ばしい事だとは思う。でも……もともとはこの工房に私が持ち込んだ企画でもあるのだ。それを自由に利用されるのはなんだか理不尽というか、納得できない気もする。いや実際のスノーダンプも私が発明したわけではないのだが。
「あの……それでしたら、発案料として、売り上げのいくらかを私が頂くという事は……できませんか?」
「ほう?」
親方さんは目を細める。
「どれくらいをご希望かな?」
「ええと……一台につき、一割とか?」
「ほっほっほ。さすがにそれは暴利だのう」
「やっぱりそうですか……それじゃあ、ニ分くらいでは……?」
その言葉に親方さんは髭を撫でながら考えていたようだったが
「わかった。それではニ分という事で」
心なしか満足げに頷いた。
うーん……この反応だともう少し高く設定してもよかったかな……? 私もまだまだ修行が足りない。
「ユキさん」
私と親方さんの商談がまとまったところを見計らったように、ミーシャ君が近づいてきた。
「スノーダンプに塗る錆止めの塗料ですけど、何色がいいですか? できる限り対応しますよ」
「ほんとですか!? どうしようかなあ。やっぱり可愛らしくパステルピンクなんかが良いかも……あ、あと、どこかに『銀のうさぎ亭』って文字を入れて貰う事ってできますか? お店の宣伝になるかもしれないし」
「大丈夫ですよ。それじゃあ完成次第『銀のうさぎ亭』にお届けしますね」
「えっ!? そこまでして頂かなくてもいいですよ! 自分で取りに来られますから」
「いえ、僕が自分の手でお届けしたいんです。だって、あのスノーダンプは僕が初めて手掛けた仕事なんですから」
誇らしげに胸を張るミーシャ君。初めて任された仕事がよほど嬉しかったらしい。
「そういえば、このスノーダンプ、量産化して販売したいって親方さんが言ってましたよ」
伝えると、ミーシャ君は目を瞠った。
「そ、それじゃあ僕がこの国で一番最初にスノーダンプを作った職人って事になるんですか!? うわあ、信じられない。ねえユキさん、持ち手のところで構わないので、小さく僕の名前を彫ってもいいですか!? スノーダンプ第一号の記念として!」
「もちろん構いませんよ」
いつかミーシャ君が偉大な職人になった時に価値が出そうだし。なんて邪な事をちらりと思ったりした。
◇◇◇◇◇
それから数日後、約束通りミーシャ君が届けてくれた完成版スノーダンプを手に、雪かきのため外へ出る。
約束通りパステルピンクの本体にミントグリーンで『銀のうさぎ亭』と書かれている。持ち手にはミーシャ君のサイン。
それを見たレオンさんが眉を顰める。
「おいネコ子。なんだよその珍妙な物体は」
「ふふふ、お気づきになりましたか。何を隠そう、これこそがスノーダンプなのです」
「あー……前にお前が言ってたアレか。マジで作ったのか? そんなに欲しかったのかよ。で、そんなものでどうやって雪かきしようってんだ?」
「それを今からご覧に入れましょう」
私は積もった雪の下にスノーダンプを勢いよく差し入れると、テコの要領で一度傾ける。
今度は持ち手も取れなかった。ミーシャ君、頑張ってくれたんだなあ。
スノーダンプの傾きを戻すと、雪を積んだまま地面に滑らせる。そのまま水路に向けて傾けると雪がするすると落ちて水と共に流れて行った。
「と、いうわけです。これで今日から私も雪かきプリンセスですよ」
「ほほう、なかなかすげえな。もう一度やってみせてくれよ」
「いいでしょう。わたしのプリンセスっぷりをよくご覧になってください」
そうして雪を積んでは水路へと流す。
それを繰り返して敷地の半分ほどの雪を片付け終えた時、ある事に気づいた。
レオンさんが何もしていない。
にやにやしながらシャベルに身体をもたせながらこちらを眺めているのだ。
「ちょっとレオンさん、仕事してくださいよ! さっきから私だけが雪かきしてるじゃないですか!」
「ちっ、気づいたか」
「まさか私に全部やらせるつもりだったんですか!? ずるい!」
「いやー、雪かきプリンセスの美麗な雪かき姿に思わず心奪われちまってさ。もっと見てみてえなあ、雪かきプリンセスの華麗な姿を」
「そんな調子の良い事言っても、もう騙されませんよ! 残りはレオンさんがやってください! 特別にスノーダンプを貸してあげますから。雪かきプリンスの華麗な姿を見せてくださいよ」
「恥ずかしいあだ名つけんな」
文句を言いながらも、スノーダンプを手にしたレオンさんが雪かきを始める。
「おお。なかなか良いじゃねえか。このスノーダンプとかいうやつ」
おまけにちょっと楽しそうだ。なんだ、やっぱり興味あったんじゃないか。
今度は私がシャベルにもたれ掛かりながらレオンさんを眺める。この分なら今日は早く雪かきが終わりそうだ。
と考えていたその時
「おはよう銀うささん」
見れば、通りを挟んでお向かいのお宅の旦那さん。この人はお店の名前を略して「銀うさ」と呼ぶ。
「なにやら面白そうな道具を使ってるね。初めて見るよ」
興味津々といった様子でレオンさんを眺めている。
「おはようございます。これ、スノーダンプっていうんですけど、すっごく便利なんですよ。よかったら試してみます?」
「いいのかい?」
「もちろんですよ。ほら、レオンさん、代わってさしあげて」
なかば無理やりレオンさんからスノーダンプを取り上げると、旦那さんに使い方を説明する。
「へえ。これは楽だなあ。僕も欲しいなあ」
よほど気に入ったのか、何度も雪を積んでは水路に落としてゆく旦那さん。
あれ?
と、そこで異変に気付く。
いつの間にか私たちの周りに人の輪が形成されていたのだ。
スノーダンプに雪を積み、水路に落とすたびにどよめきが起こる。
え、な、なにこれ。みんなスノーダンプを見ている……?
しかも知らない間に列ができていて、順番にスノーダンプに雪を積んでは水路に落とす。まるで試用会のような有様だ。
結局お店の前は部外者の手によってきれいに除雪されてしまった。
「雪は? 雪はもっと無いのかね?」
「もっと雪かきさせてくれ!」
人々は雪を求め声を上げる。なにこの状況。
雪ならそこらじゅうにあるけれど、下手に雪かきして水路が詰まってしまっては大惨事だという事をみんな分かっているのだ。だからこの場所で雪を求める。律儀だな。
しかし、あまりスノーダンプでの雪かきを覚えてしまうと都合が悪い。最初のうちは新鮮で楽しくても、慣れるに従って飽きてくるに決まっているのだ。そうすると工房から私に入るはずのお金が減ってしまう! その前にこの騒動をなんとかしなければ……!
私は手を上げて声を張り上げる。スノーダンプを強引に引き寄せながら。
「みなさーん! この道具はスノーダンプといって、皆さんもごらんになっていた通り便利な雪かきの道具でーす!」
「どこで手に入るんだい?」
「工房街の鍛冶屋さんで取り扱うそうですよー! 『ゴドーのアトリエ』っていうお店です! 私もそこで作ってもらいました!」
スノーダンプが売れれば、それだけ私にも利益が入るのだ。アピールするに越したことはない。まさかこんなに人が集まってくるとは思わなかったけれども。
「『ゴドーのアトリエ』だな? よし、早速そのスノーダンプとやらを買いに行くぞ!」
人の波は連れ立って工房街に向かって移動していった。まだ開店前だと思うけど大丈夫なのかな……?
それに、製品が売れるのは良い事だけど……工房の人達はあんなにたくさんの人に対応できるんだろうか? 他人事ながらちょっと心配になってきた。
「いやー、今日の雪かきは今までで一番楽だったなー」
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