異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

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ストーブの罠としっぽの危機

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 お休みの日。
 私は「乙女の秘めたる想い」カスタードクリーム味をお土産に、花咲きさんの元を訪れる。

「これ、おみやげです。うちのお店の新作スイーツ。後でおやつに食べましょうね」
「ほう。なかなか気が利くではないか」

 なにしろ今の私は約束のモデルの役割すらろくにできていないのだ。他のところで花咲きさんの好感度を上げておかなければならない。
 ちなみに「乙女の秘めたる想い」は少しずつ、本当に少しずつ味のバリエーションが増えつつある。「カスタードとホイップクリーム半分ずつ」とか、「チョコクリームとホイップクリーム半分ずつ」とか。今はまだ様子見という事で商品としては扱っていないが。



 イライザさんに倣って私も頑張らねば。と思いつつ、前回のように服を脱いで、キャミソールとショートパンツ姿になる。
 が、寒い。
 薄着だから仕方ないとはいえ、こんな状態ではとても3時間も我慢できない……!

「あの、花咲きさん、前も思ったんですけど……この部屋ちょっと寒くありませんか……?」

 思い切って意見すると

「なんだ。それなら早くそう言えばよかろう」

 と、ポーズをとるための椅子を据え付けの薪ストーブの傍に移動してくれた。
 な……なんだってー。
 こんな事なら早く伝えればよかった。私はてっきり花咲きさんが光源の具合とかに拘った結果のセッティングだと思っていたのに、こんなに簡単に位置を変更するとは……。
 ストーブを背にして椅子に座ると、背面が温かい。おお。快適だ。これなら3時間耐えられるのではなかろうか。

 と、思ったものの、私は前回より30分ほど長い2時間で音を上げてしまった。

「花咲きさん、もう無理です……続きは午後からでお願いできませんか……?」

 お尻が痛い。そもそもこんな固い椅子に何十分も座れというのが無理な話なのだ。せめてクッションとか欲しいと思うのは贅沢だろうか……。

「……仕方がないな。それでは続きは午後という事で。そうだ。昼食を作ってくれないか。いつかのサンドイッチがいい。台所も片付いた事だしな」

 この人はまた私を召使か何かのように思っているんだろうか……確かになんでもするとは約束したけど、なかなか人使い荒いなあ。
 とりあえず身体をほぐそうと、座った状態で大きく伸びをする。
 と、その時、何かが焦げたような臭いがした。直後に尻尾の先に感じる鋭い痛み。

「熱っ!」

 思わず椅子から跳ね上がるように勢いよく立ち上がると、慌てて痛みの元を確認しようと振り返る。
 すると、なんとしっぽから煙が……。
 どうやらストーブの炎に少し触れてしまったらしい。火はついていないにも関わらず、まるで火あぶりにされているよう。

「い、いたたた……! しっぽが燃えちゃう……!」
「お、おい、大丈夫か!?」

 私が悶えていると、花咲きさんが水の入った洗面器を持ってきてくれた。
 かと思うと、そのまま尻尾に水を盛大に浴びせかけた。

 「ひえっ!?」

 痛みも引っ込んだが、今度はあまりの冷たさに縮み上がってしまった。
 でもまだ少し怖くてストーブには近寄れない。
 
「さ、さ、寒い……」

 震えていると、頭から何かが降ってきた。毛布だ。

「それでも被っていろ」

 言いながら、花咲きさんは再び水の入った洗面器を持ってきて、今度はしっぽに浸す。
 ようやく落ち着いたが、あたりは水浸しだ。その光景に戸惑っていると、大きなため息が頭上から降ってきた。

「まったく驚かせるな。お前は本当に猫なのか? 自分の尻尾の長さもろくに把握していないとは」

 私だって、ほんの少し前にこの身体になってしまったのだ。把握しきれていないところだってあるに決まってるじゃないか。
 ――とも言えず「すみません。不注意で……」と謝るにとどまる。

「それでは医者に行くぞ」
「え? そんな大げさなものじゃないですよ。薬でも塗ってれば治りますから。それに床を拭かないと」
「素人目には傷の具合までわからないだろう? 生憎と我が家には火傷やけど用の薬がない。それに、痛みがぶり返した時の鎮痛剤なんかも必要だろうからな。床など後でいい。理解したらさっさと服を着るのだ」

 ま、まさかそこまで重症なの?
 心配になっていそいそと服を着ると、同じように外套を着て外出の準備を終えた花咲きさんに連れ出された。
 水から出したしっぽは、まだちょっとちょっとひりひりする。

「ほら、急げ。火傷のせいで、そこだけ毛が生えなくなっても知らないぞ」
「え、そ、そんなの嫌……!」
 
 そんな事になったら、しっぽにカバーでもつけようかな……。



 ◇◇◇◇◇



 そうして病院に行ったものの、結局火傷は大したこともなく、薬を塗られ包帯を巻かれるだけで済んだ。毛もまた生えてくるらしい。
 一応は安心したが、先っぽに包帯を巻かれたしっぽがなんとも不格好だ。

「うーん……包帯を巻かれたしっぽって、かわいくないですねえ……」

 しっぽを見ながらため息を漏らすと、まるでそれに返事をするように、隣を歩く花咲さんのお腹が鳴った。思わず見上げると、花咲きさんの顔が赤くなる。
 そんなにおなか減ってたのかな。

「あ、そういえばお昼がまだでしたね。サンドイッチ、すぐに作りますから材料を買いながら帰りましょう。あと、床も拭かないと」
「無理をするな。食事なら適当にそのあたりで買えばいい。それと、午後に予定していたモデルの件も無しだ」
「え?」
「お前は一応怪我人だろう? ゆっくり休んだほうが良い。早く自分の店へ帰れ」
「うわあ、花咲きさん優しい! 紳士! 男前!」
「褒めても何も出ないぞ……あ、そういえば……」

 花咲きさんは何かを思い出したように顎に手をあてる。

「どうかしたんですか?」
「ほら、お前から頼まれていたメニュー用のイラストがあっただろう? あれの『妖精の森の秋の収穫祭』の絵を、タッチを変えて何種類か描いてみたから、どれが良いか確認して欲しかったのだが……」
「えー、見たい見たい! 見たいです! そう言う事ならそれだけでも確認させてくださいよ! お昼ご飯の後で」

 レイアウトの件もマスターと相談して、良いと思ったものを花咲きさんに伝えてあるのだ。それと合わせれば随分と具体的なものがイメージできるだろう。

「……そうだな。早いほうが良いだろうし。それだけでも済ませるか」
「じゃあ、どこかでお昼ご飯を……あ、ちょうどあそこにパン屋さんがあります。サンドイッチ買ってくるので、花咲きさんは近くで待っててください」

 そう言い置いて、パン屋で何種類かのサンドイッチを購入する。
 茶色い紙袋に詰められたそれを抱えて外に出ると。なぜか花咲きさんの姿が見えない。
 あれ? どこに行っちゃったんだろう?
 周りを見回していると、近くのお店から見覚えのある緑の髪の毛と、そこに咲く白い花を持つ人物が出てきた。

「花咲きさん!」

 声を掛けると緑にふちどられた白い顔がこちらを向いて近づいてきた。

「荷物を貸すのだ。我輩が持とう」

 言いながらサンドイッチの入った紙袋を私から取り上げた。

「代わりにこれをやろう」
 
 そう言って差し出してきたのは白いリボン。なんだろう。髪に付けろって事なのかな? あ、そういえば、デッサンのモデルさんって髪を纏めてる事が多いんだっけ? 邪魔だからこれで髪を纏めろって事かな?
 髪をうなじのあたりでまとめて、リボンで縛ろうとすると

「そうではない。尻尾だ。尻尾」

 という花咲きさんの声が降ってきた。

「しっぽ?」
「ほら、先程言ってただろう? 『包帯を巻かれた尻尾は可愛くない』とか。だからそれで誤魔化せばいいと思ったのだ。どうだ、なかなかのアイディアだろう」
「えっ!? そのためにわざわざ!? 花咲きさんて究極に優しい! 気遣い紳士! 世界一男前!」
「妙な褒め方だな」
 
 花咲きさんは苦笑した。
 早速わたしは尻尾を手に取るとリボンを結ぼうと試みる。あんまり持ち上げるとスカートが捲れそうなので慎重に。
 ……よし、きれいに結べた。

「おお、リボンのおかげか、なんだかこういう装飾品に見えます。ありがとうございます花咲きさん!」
「うむ。なかなか似合っているではないか」

 お礼を言うと、花咲さんは微笑んだ。その偉そうな口調とは対照的な、人好きのする笑みで。
 やっぱりこの人の印象はアンバランスだなあ。



 ◇◇◇◇◇



 アトリエで水浸しの床を拭いてから昼食を済ませると、早速花咲きさんのイラストを見せて貰う事にする。
 そこには写真と見まごうばかりの写実的な絵から、クレヨンで描いたような優しい雰囲気の絵まで、いろいろなタッチの絵が用意されていた。

「わあ、すごーい。正直、こんなにたくさんのバリエーションがあるなんて思ってみませんでした。目移りしそう」

 色々と見ている私の目に、一枚の絵がとまった。

「あ、私はこれが好きです」
 
 水彩調の柔らかな絵。絵本の1ページに載っていてもおかしくなさそうな。これに詩的なメニュー名を合わせれば、それこそ一冊の本のよう。
 しかし私の独断で決めるわけにもいかない。

「あの、この絵全部お借りしても構いませんか? マスターにも確認して貰おうと思うので」
「ああ、構わない。気に入って貰えるものがあると良いのだが」
「あ、あと、絵が曲がったり汚れたりしないように、挟んで持ち歩けるような本があったら貸して欲しいなー、なんて……」
「それならこれがいいだろう」

 と、机に無造作に並べてあった本の中から一冊取り出すと渡してくれた。薄くて持ち歩きやすそうで、大きさも丁度いい。
 それに絵を挟んで鞄にしまおうとしたところで思い出した。

「そうだ。朝にも言いましたけど、最近開発した新スイーツを持ってきたんです。よかったら食べてください。『乙女の秘めたる想い』って名前なんですよ。ハート形でかわいいでしょう?」

 紙袋の口を開けて中身を見せると、花咲きさんが瞬きする。

「まさかとは思うが、この菓子の絵も吾輩がいずれ描くことになるのか?」
「あ、それは確かにお願いすることになるかもしれません。あと、今お子様用の新メニューの開発もしていて……って、さすがに花咲きさんの負担が大きいですか?」
「いや、吾輩は別に構わないが。むしろお前の負担が増えるのではないのか?」
「え?」
「イラスト一枚につきモデル一回。他にも色々と言う事を聞くという約束だったではないか。メニューが増えれば増えるほどいつまで経っても終わらないぞ」

 そういえばそうだった。

「でも、私、いまだ一度も予定通りのモデルを務められていません。それを考えたら私の負担なんて少ないほうですよ。あ、良かったら今度、このアトリエのお掃除とかしましょうか?」
「ふむ……それもなかなか魅力的だな。まあ、それはモデルができなかった場合として考えておこう。とりあえず、その『乙女の秘めたる想い』とやらを味見させて貰おう。紅茶を用意してくる」

 それなら私が――と言いかけたものの、私はこの家の事をいまだ把握していないのだ。掃除はしたものの、よく覚えていない。そんな状態で張り切ってお茶を淹れるだなんて宣言した結果、紅茶の在りかがわからないなんて事になったら目も当てられない。
 しかたなく私は花咲きさんの後に続く。

「何故ついてくるのだ?」
「え? それはほら、今後花咲きさんがお茶を飲みたいって言った時に対応できるようにと、今のうちに色々なものの場所を覚えておこうと思って」
「ほう。なかなか良い心がけだ。その調子で次こそはサンドイッチを作ってくれ」

 あのサンドイッチ、そんなに気に入ったのかな。まあ楽と言えば楽でいいけれど。
 お湯を沸かしている間に、花咲きさんが食器や調理器具の場所を詳しく説明してくれた。
 やがてお湯が沸いたので紅茶を淹れて再びアトリエへと戻る。

「うまいな。この菓子は」

 花咲きさんが意外といった様子で声を上げる。

「そうでしょう!? おいしいでしょう!? このお菓子、私が先輩と一緒に考えたんですよ! ……何故かあんまり売れないんですけど……」

 そうなのだ。張り切って作ったは良いものの、この「乙女の秘めたる想い」を注文してくれるお客さんが滅多にいないのだ。

「……それは名前に問題があるのでは? 『乙女の秘めたる想い』と言われても、普通は何の事だかわからないだろう。あの店の料理全般に関してもそうだ。だからこそイラスト付きのメニュー表を作ろうというのだろう?」

 花咲さんの言う通りだ。そもそも料理が想像できないからメニュー表を新しくしようなどと言い出したのは私なのだから。
 やっぱり「どら焼き」のままにしておけばよかったかな……

「でも、花咲きさんは 『白波の中の宝探し』っていう、一見なにがなんだかわからない料理を注文してましたよね? その時は戸惑いはなかったんですか?」
「我輩個人はむしろああいう趣向のほうが好きなのだ。何が出てくるのかわからないというスリルがたまらない」

 うーん……なんだか花咲さんってマスターと気が合いそう……。


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