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忙しそうな友人
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そうしてお店に戻ると、さっそく「乙女の秘めたる想い」の傍に紙袋を置く。
「乙女の秘めたる想い」は中身ごとにそれぞれ蓋付きの金属の容器に入れられ、今か今かと出番を待っているように見える。
ああ、今日こそ売れると良いなあ。
◇◇◇◇◇
そしてとうとう開店の時間を迎えた。と言ってもまだ11時なのでお客様の姿も見えない。
12時近くにやっと何名かのお客様が来店し始めた。
しかし「乙女の秘めたる想い」を注文してくださるお客様はなかなか現れない。
「もしかして、夜とは客層が違うからでしょうか?」
「あら……それならお昼のお客様にも試食としてお出ししたほうが良いかしら?」
などとお店の隅でイライザさんとこそこそしていると、
「おい、そこの猫のねえちゃん!」
と呼ばれた。慌ててお客様のテーブルに向かうと、そこにいたのは昨日「乙女の秘めたる想い」を注文してくれようとした男性。
「昨日のあの菓子、今日は取り扱ってんのか?」
もしや! 昨日言ってた通りお持ち帰りしてくれるのかな!?
「ええ、1個からお持ち帰りもできますよ。味もカスタードクリームとホイップクリームとチョコクリームの3種類ございますが、どういたしますか?」
「めんどくせえからそれぞれ2個ずつ持ち帰りで頼むよ」
「は、はい! ありがとうございます! すぐにお持ちしますね!」
すぐに厨房で「乙女の秘めたる想い」を袋に詰めて、男性の元へ戻る。
「お待たせしました! ご注文の『乙女の秘めたる想い』2種類ずつ、計6個です!」
少々大声でアピールしてみると、周囲のお客様が興味を持ったようだ。
しかも注文した当の男性が、一緒に食事をしていた男性に
「この菓子、昨日食ったんだけど、美味いんだぜ」
などと説明までしてくれている。これはいい兆候なのでは?
と、思った直後に
「あの、ウェイトレスさん」
と声を掛けられる。隣のテーブルの3人組の女性グループだ。
「あちらの方が注文されたお菓子ってどんなものですか?」
「『乙女の秘めたる想い』という新作なんですけど、小麦粉で作った生地の間にクリームが挟んでありまして、カスタードクリームとホイップクリーム、それにチョコクリームの3種類がございます」
女性客達は少しの間話し合っていたようだったが
「それじゃあ、1種類ずつ、合計3個頂けますか?」
そこからは話題が伝播するように他のテーブルにまで広がってゆき「乙女の秘めたる想い」は売れに売れた。ランチタイムが終わる頃にはカスタードクリームは完売、他も残りわずかとなっていた。
「おお、よく売れたじゃねえか。やったな」
「イライザさんが朝からたくさん皮を作ってくれたおかげですね。あのかわいいハート型はイライザさんにしか作れませんよ」
マスターに追随するように私もイライザさんを称賛する。マスターにイライザさんの素晴らしさをアピールするために。
「そうだな、じゃあイライザ。すまねえが休憩の後に追加で『乙女の秘めたる想い』作っておいて貰えねえか? 夜の分のを」
「は、はい。マスター。私、がんばります!」
イライザさんは僅かに頬を紅潮させながら答えた。
◇◇◇◇◇
午後の休憩時間を使って、イライザさんがハート型の皮を作っている間、私もカスタードクリームを作ることにした。
はー、まさかあの日サンドイッチに使うためにレオンさんから習った知識がここで役に立つとは。
完成したところで少し味見する。
……うん。こんなものかな。
「ユキちゃーん、お客さんよー」
先輩ウェイトレスの声に、入り口を見ると、そこにはミーシャ君の姿が。
いけない、忘れてた。今日は彼と逢う日だったっけ。
「すみません、イライザさん。ちょっと用事を思い出したので出てきますね。カスタードクリームはあとは冷ますだけでいいはずなので」
イライザさんに一言告げて、急いで外出の用意をする。その際に、余っていた「乙女の秘めたる想い」を一つ拝借した。
「ごめんミーシャ君! ちょっと厨房の手伝いをしてて……これ、私と先輩で作ったお菓子なんだけど、良かったら食べて」
揃って外に出ると、歩きながら小さな袋に入れた「乙女の秘めたる想い」を渡す。
すると、ミーシャ君は早速取り出して齧りついた。
「あ、おいしいなこれ。ユキさんって料理上手なんだね」
私はほとんど作っていないのだが。まあいいか。
「いやー、これくらい食堂に勤める者として当然って言うか? 普通だよ普通」
せっかくだし女子力高いふりをしておこう。
この間のカフェに着くと、このあいだと同じようにミーシャ君に「これは今回の分だって。親方から」と、お金の入った布袋を渡される。ずっしりとしたその感触に、違和感を覚えた。
「あれ? なんだか前回より増えてない……?」
「それが、大量に注文が入ったものだから……ほら、王室から依頼を受けて毎朝公道を雪かきしてる業者がいるだろ? あそこからの注文とか、広大な敷地をもつ貴族からの注文とかで、もう、この間の比じゃないくらい忙しいよ」
「そ、そんなに……!?」
「今から作っても出来上がる頃には雪が溶けてるだろうって伝えたんだけど、次の冬に使うから構わないって。それに、うちの店が最初にスノーダンプを開発したって理由から、ちゃんとしたものを作れるだろうからどうしてもって」
「へえ! すごいね! お店自体が信頼されてるんだね」
感心するものの、何故かミーシャ君は浮かない顔だ。
「でも、そのせいで今はスノーダンプにかかりっきりで、他のものが全然作れないんだ。もしかしてこのままスノーダンプ職人として一生を終えるのかなあ……あーあ、僕もかっこいい剣とか鎧を作ってみたかったなあ」
ミーシャ君が齢16にして、すでに世を儚みかけている……!
うーん、色々と事情があるんだなあ……。
ミーシャ君はテーブルに頬杖をつき、なんだか遠い目をしては時折ため息を漏らす。
どんどんテンションが下がってる……!
「あ、あの、ミーシャ君、お腹空いてない? 今日は私がごちそうするから、何か食べない? お肉とか、お肉とか……あと、お肉とか」
我ながらこんな慰め方しか思いつかない事が情けない。でも、ミーシャ君も疲れてるみたいだし……せめて栄養のありそうなものでも食べて元気になって欲しかった。
「いいよ。そんなに気を使ってくれなくても」
ミーシャ君が苦笑する。慰めようとしてた事がバレバレだった。
思わず俯く。
「ごめんね。もとはと言えば私がスノーダンプを作ってくれなんて頼んだから……せめてお詫びがしたくて」
「そんな。お詫びだなんて。そのおかげで工房の評判も上がったし。僕にしかできない仕事も任されたし」
と、そこでミーシャ君はなにかを思いついたように顔を輝かせる。
「そうだ、お詫びっていうのなら、一度でいいからユキさんの手料理が食べてみたいなあ。あんな美味しいお菓子が作れるんだから、きっと他の物も上手だろうね」
「え」
ま、まずい。さっきの女子力アピールが裏目に出てしまった。もしかするとミーシャ君は私がプロ並みの料理上手だと思い込んでいるのかもしれない。
かといって今更否定もできない……!
言葉を返せないでいる私を見て、ミーシャ君は慌てたように胸の前で両手を振った。
「あ、やっぱり図々しかったかな。ごめん、この話は忘れて」
「そ、そうじゃなくて」
否定するように首を振る。ミーシャ君が希望するなら叶えてあげたいが……問題は私の料理スキルの無さだ。サンドイッチくらいしか作れない。しかも作る場所もない。
「ええと、ほら、料理する場所が無いからどうしようかなと。お店の厨房は勝手に使うわけにいかないし……」
言い訳しながら思い出した。
そうだ、自由に使えるといえば花咲さんのお宅の台所があるではないか。そこを借りればなんとかなるかも?
「もしかすると、私がお休みの日になら作れるかも。それをお昼頃にミーシャくんの工房まで届けるって事でいいかな?」
「ほんと? 作ってくれるの?」
「ええと、サンドイッチとか、簡単なものになると思うけど……」
簡単な料理なら誤魔化せそうだし。
「そんなの気にしないよ! ユキさんの料理が食べられるだけで十分だよ」
その様子は嬉しそうだ。
もしかして、今のミーシャ君て、食事もままならないほど忙しいのかな……。
彼のためにも頑張ってサンドイッチ作ろう……。
「乙女の秘めたる想い」は中身ごとにそれぞれ蓋付きの金属の容器に入れられ、今か今かと出番を待っているように見える。
ああ、今日こそ売れると良いなあ。
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そしてとうとう開店の時間を迎えた。と言ってもまだ11時なのでお客様の姿も見えない。
12時近くにやっと何名かのお客様が来店し始めた。
しかし「乙女の秘めたる想い」を注文してくださるお客様はなかなか現れない。
「もしかして、夜とは客層が違うからでしょうか?」
「あら……それならお昼のお客様にも試食としてお出ししたほうが良いかしら?」
などとお店の隅でイライザさんとこそこそしていると、
「おい、そこの猫のねえちゃん!」
と呼ばれた。慌ててお客様のテーブルに向かうと、そこにいたのは昨日「乙女の秘めたる想い」を注文してくれようとした男性。
「昨日のあの菓子、今日は取り扱ってんのか?」
もしや! 昨日言ってた通りお持ち帰りしてくれるのかな!?
「ええ、1個からお持ち帰りもできますよ。味もカスタードクリームとホイップクリームとチョコクリームの3種類ございますが、どういたしますか?」
「めんどくせえからそれぞれ2個ずつ持ち帰りで頼むよ」
「は、はい! ありがとうございます! すぐにお持ちしますね!」
すぐに厨房で「乙女の秘めたる想い」を袋に詰めて、男性の元へ戻る。
「お待たせしました! ご注文の『乙女の秘めたる想い』2種類ずつ、計6個です!」
少々大声でアピールしてみると、周囲のお客様が興味を持ったようだ。
しかも注文した当の男性が、一緒に食事をしていた男性に
「この菓子、昨日食ったんだけど、美味いんだぜ」
などと説明までしてくれている。これはいい兆候なのでは?
と、思った直後に
「あの、ウェイトレスさん」
と声を掛けられる。隣のテーブルの3人組の女性グループだ。
「あちらの方が注文されたお菓子ってどんなものですか?」
「『乙女の秘めたる想い』という新作なんですけど、小麦粉で作った生地の間にクリームが挟んでありまして、カスタードクリームとホイップクリーム、それにチョコクリームの3種類がございます」
女性客達は少しの間話し合っていたようだったが
「それじゃあ、1種類ずつ、合計3個頂けますか?」
そこからは話題が伝播するように他のテーブルにまで広がってゆき「乙女の秘めたる想い」は売れに売れた。ランチタイムが終わる頃にはカスタードクリームは完売、他も残りわずかとなっていた。
「おお、よく売れたじゃねえか。やったな」
「イライザさんが朝からたくさん皮を作ってくれたおかげですね。あのかわいいハート型はイライザさんにしか作れませんよ」
マスターに追随するように私もイライザさんを称賛する。マスターにイライザさんの素晴らしさをアピールするために。
「そうだな、じゃあイライザ。すまねえが休憩の後に追加で『乙女の秘めたる想い』作っておいて貰えねえか? 夜の分のを」
「は、はい。マスター。私、がんばります!」
イライザさんは僅かに頬を紅潮させながら答えた。
◇◇◇◇◇
午後の休憩時間を使って、イライザさんがハート型の皮を作っている間、私もカスタードクリームを作ることにした。
はー、まさかあの日サンドイッチに使うためにレオンさんから習った知識がここで役に立つとは。
完成したところで少し味見する。
……うん。こんなものかな。
「ユキちゃーん、お客さんよー」
先輩ウェイトレスの声に、入り口を見ると、そこにはミーシャ君の姿が。
いけない、忘れてた。今日は彼と逢う日だったっけ。
「すみません、イライザさん。ちょっと用事を思い出したので出てきますね。カスタードクリームはあとは冷ますだけでいいはずなので」
イライザさんに一言告げて、急いで外出の用意をする。その際に、余っていた「乙女の秘めたる想い」を一つ拝借した。
「ごめんミーシャ君! ちょっと厨房の手伝いをしてて……これ、私と先輩で作ったお菓子なんだけど、良かったら食べて」
揃って外に出ると、歩きながら小さな袋に入れた「乙女の秘めたる想い」を渡す。
すると、ミーシャ君は早速取り出して齧りついた。
「あ、おいしいなこれ。ユキさんって料理上手なんだね」
私はほとんど作っていないのだが。まあいいか。
「いやー、これくらい食堂に勤める者として当然って言うか? 普通だよ普通」
せっかくだし女子力高いふりをしておこう。
この間のカフェに着くと、このあいだと同じようにミーシャ君に「これは今回の分だって。親方から」と、お金の入った布袋を渡される。ずっしりとしたその感触に、違和感を覚えた。
「あれ? なんだか前回より増えてない……?」
「それが、大量に注文が入ったものだから……ほら、王室から依頼を受けて毎朝公道を雪かきしてる業者がいるだろ? あそこからの注文とか、広大な敷地をもつ貴族からの注文とかで、もう、この間の比じゃないくらい忙しいよ」
「そ、そんなに……!?」
「今から作っても出来上がる頃には雪が溶けてるだろうって伝えたんだけど、次の冬に使うから構わないって。それに、うちの店が最初にスノーダンプを開発したって理由から、ちゃんとしたものを作れるだろうからどうしてもって」
「へえ! すごいね! お店自体が信頼されてるんだね」
感心するものの、何故かミーシャ君は浮かない顔だ。
「でも、そのせいで今はスノーダンプにかかりっきりで、他のものが全然作れないんだ。もしかしてこのままスノーダンプ職人として一生を終えるのかなあ……あーあ、僕もかっこいい剣とか鎧を作ってみたかったなあ」
ミーシャ君が齢16にして、すでに世を儚みかけている……!
うーん、色々と事情があるんだなあ……。
ミーシャ君はテーブルに頬杖をつき、なんだか遠い目をしては時折ため息を漏らす。
どんどんテンションが下がってる……!
「あ、あの、ミーシャ君、お腹空いてない? 今日は私がごちそうするから、何か食べない? お肉とか、お肉とか……あと、お肉とか」
我ながらこんな慰め方しか思いつかない事が情けない。でも、ミーシャ君も疲れてるみたいだし……せめて栄養のありそうなものでも食べて元気になって欲しかった。
「いいよ。そんなに気を使ってくれなくても」
ミーシャ君が苦笑する。慰めようとしてた事がバレバレだった。
思わず俯く。
「ごめんね。もとはと言えば私がスノーダンプを作ってくれなんて頼んだから……せめてお詫びがしたくて」
「そんな。お詫びだなんて。そのおかげで工房の評判も上がったし。僕にしかできない仕事も任されたし」
と、そこでミーシャ君はなにかを思いついたように顔を輝かせる。
「そうだ、お詫びっていうのなら、一度でいいからユキさんの手料理が食べてみたいなあ。あんな美味しいお菓子が作れるんだから、きっと他の物も上手だろうね」
「え」
ま、まずい。さっきの女子力アピールが裏目に出てしまった。もしかするとミーシャ君は私がプロ並みの料理上手だと思い込んでいるのかもしれない。
かといって今更否定もできない……!
言葉を返せないでいる私を見て、ミーシャ君は慌てたように胸の前で両手を振った。
「あ、やっぱり図々しかったかな。ごめん、この話は忘れて」
「そ、そうじゃなくて」
否定するように首を振る。ミーシャ君が希望するなら叶えてあげたいが……問題は私の料理スキルの無さだ。サンドイッチくらいしか作れない。しかも作る場所もない。
「ええと、ほら、料理する場所が無いからどうしようかなと。お店の厨房は勝手に使うわけにいかないし……」
言い訳しながら思い出した。
そうだ、自由に使えるといえば花咲さんのお宅の台所があるではないか。そこを借りればなんとかなるかも?
「もしかすると、私がお休みの日になら作れるかも。それをお昼頃にミーシャくんの工房まで届けるって事でいいかな?」
「ほんと? 作ってくれるの?」
「ええと、サンドイッチとか、簡単なものになると思うけど……」
簡単な料理なら誤魔化せそうだし。
「そんなの気にしないよ! ユキさんの料理が食べられるだけで十分だよ」
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