異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

文字の大きさ
27 / 104

新たな契約

しおりを挟む
「――と、いう事があったんですよ! もう少しで偏見持ちの貴族のお坊ちゃまの愛人にされるところでした。はー、やだやだ」

 私は椅子に腰かけながら口だけを動かして、花咲きさんに愚痴をぶちまける。レオンさんの出自に関してはなんとか誤魔化しながら。
 ストーブも必要としなくなった今の季節。けれど、あの日の事を思い出すと、少しだけ肌が泡立つような気がする。
 話を聞いた花咲きさんは、手を動かしてデッサンしながら応じる。

「どうせならあの似顔絵にサインでも入れておけばよかったな。そうすれば我輩は今頃、貴族の子息を夢中にさせた乙女の絵を描いた画家として、名声を得ていたかもしれないというのに。なんとも惜しい事をした」
「今となればそれで良かったと思ってますよ。サインから花咲きさんにたどり着いてたら、私が『花冠の乙女』だってバレてたに違いないですから」
「なに、その時は『空想の中の乙女を描いた』とでも言っておけば済んだ事だ」

 なるほど。そういう手もあったのか。
 そうなれば花咲きさんの本名を知るチャンスもあったのにな。
 私はいまだに花咲きさんの本名を知らない。教えてくれる気が無いのかな? それとも実は変な名前だったりして……なんて、「ユキ」という単純な名前の私が言えた事じゃ無いか。

 そういえばレオンさんだって本名は「レオンハルト」とかいう、なんとなくかっこいい名前だったな。おまけに貴族の生まれとか。もう最強じゃないか。
 花咲きさんの名前も気にならないと言えば嘘になるが、今までだって知らなくても生活できていたのだから、知らなくても良い事なのかもしれない。

 この世界での生活にも少しは慣れたつもりだが、私はまだ知らない事だらけだ。亜人が一部で蔑みの対象であった事も。
 いや、そもそもこの国そのものについて私は知らない。今まで生きるのに必死だったから。
 でも、そろそろ知るべき時なのでは?

「花咲さん。今度私にこの国の事について教えて貰えませんか?」

 願い出ると、花咲さんは手を止めた。こちらに訝し気な目を向けて。
 私は慌てて付け加える。

「ええと、ほら、私、この国に来てあんまり経ってないし、この国の常識とか、しきたりとか、歴史とか全然知らないんですよ。だから、デッサンの最中にでも教えて頂けると嬉しいなーと」
「素晴らしい心がけだが、そうするとお前はこれからもずっと我輩のモデルを務める事になるぞ」
「ええ、構いませんよ。そろそろモデルの仕事にも慣れてきましたし」
「しかしデッサンの最中というのもな……真面目な話をすればするほど、我輩が集中できなくなるではないか」

 じゃあ今まで真面目に聞いてなかったの……?

「それじゃあ、お食事中でも構いませんから。私、たくさんカツサンド作りますよ」
「それならまあ……いや、うーむ……」

 花咲きさんはいまいち乗り気では無いようだ。むむむ……何か良い方法は無いものか。
 カツサンド以外に花咲きさんが興味を持ちそうなもの……。
 考えた末に、私は口を開く。

「ええと、それじゃあ、私の国に伝わっていた独自の絵画の技法についてお教えするというのは? 『日本画』って言うんですけど」
「日本画……? 初めて聞く名だな。一体どんなものなのだ?」
「それを教える代わりに、私にこの国の事や色々な物事について教えてください」

 花咲きさんは俯いて考えるようなそぶりを見せる。
 チョークアートにはまるほどに美術関係に興味のあるこの人ならば、きっと日本画にも興味を示してくれる。そう信じたのだ。
 やがて花咲さんは顔を上げる。

「わかった。お前の知りたいことを教えてやろうではないか」
「ほんとですか!? やった!」
「その代わり、その日本画とやらについて教えるのだ。早く。今すぐに」

 この人の美術関連に対する執着はすごいなあ……。
 なかば感心しながら、私は自分の記憶の中にある日本画の知識について思い出しながら話す。

「ええと、粉末状にした鉱石や宝石をニカワと混ぜて、それを絵の具として使用するんです」
「ニカワというと接着剤か……それで、そのニカワの原料は? どうやって作るのだ?」
「え」

 まずい。そこまで専門的な事は知らない。でも、確か絵具として使用できる状態で放置すると腐るとか聞いたような気がするなあ……ご飯粒とか? いや、さすがにそんなわけない。

「それは、その……生卵の黄身……だったかな?」
「卵の黄身だな!? わかった!」

 花咲きさんは活き活きしだした。まずいなあ。これで卵の黄身でうまくいかなかったらどうしよう……。
 いや、その時はその時だ。花咲きさんの技術が足りないとか、適当な事を言ってしまえ。

「そ、そういうわけですから、よろしくお願いしますね」
「よし。そうとなれば早速出掛けるぞ」
「え?」

 どこに?

「我輩はそのあたりの鉱石を扱う店で適当な石を買ってくる。お前はその間にカツサンドの材料を買ってくるのだ。卵は多めにな。昼食後に早速その日本画を試すぞ」

 うわあ、行動が早すぎる。でも、この人らしいといえばこの人らしい。
 
 そういうわけで、私と花咲きさんは新たな契約を交わしたのだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

湊一桜
恋愛
 王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。  森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。  オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。  行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。  そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。 ※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...