異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

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花冠の乙女

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 馬車に揺られながらも、誰も言葉を発しない。下手に口を出して、私が花冠の乙女だとバレると厄介だ。
 レオンさんも何か考え込むように無言で俯いている。
 そんな重い空気の中でもクロードさんは先程から笑みを絶やさない。それがなんだかこちらを見透かしているようで不気味でもあり、私は膝に揃えた両手をぎゅっと握りながら目をそらす。

 やがて着いた先は、いつも見慣れている街の景色とは大違い。緑に囲まれた広い敷地内に堂々と佇む一軒の立派なお屋敷。
 例の貴族のご子息様は、ここの庭であの似顔絵を見つけたと言うのだろうか。

 馬車は玄関前で停まり、そこから降りた私達は、クロードさんの案内により、屋敷内へと通される。

 すごい。こんなお屋敷に入るのなんて初めて。
 壁にいくつもの絵画の飾られた廊下を歩きながら、物珍しさに思わずきょろきょろしていると、隣を歩いていたレオンさんが肘でつついてきた。

「おいネコ子、よそ見してんじゃねえぞ。何しにここに来たと思ってるんだよ」

 そう言えばそうだった。私はストーカーじみたご子息様に、自分が花冠の乙女ではないと主張しに来たのだ。慌てて姿勢を正す。

 そうして案内されたのは、応接室といった装いの、ソファとテーブルの置かれた部屋。高価そうな調度品が配置されているが、なんだか統一感がない。一つ一つを見れば流石の私も素晴らしいものだとわかるのだが、部屋全体で見ると、どこかちぐはぐな印象を受ける。

「ただいま主人のユリウス様が参りますので、どうぞお寛ぎになってお待ちください」

 クロードさんはそう言って部屋を出てゆき、入れ代わりにメイドさんがお茶を用意してくれた。
 それを頂きながら無言で待つ。

 問題の貴族のご子息様とは一体どんな人なんだろう。少なくとも「花冠の乙女」に似ていると言うだけで強引にここまで連れてくる時点で、なんだか嫌な予感がして仕方がない。

 悶々としていると、やがて扉が開いて、一人の男性とクロードさんが入室してきた。
 紺を基調とした豪奢な服を纏ったその人は、私を見るなり

「おお、お前が新たな『花冠の乙女』候補か。待ちわびた――」

 言いかけたところで顔をしかめると、クロードさんを振り向く。

「なんだ、この娘は。亜人ではないか」
「はい、しかし例の『花冠の乙女』に似ているかと」
「いくら似ていると言っても亜人ではな」

 なに? さっきから亜人亜人って、まるで亜人である事が悪いような口ぶり。しかも本人の前で堂々とそんなこと言う?
 
「ユキ様、レオン様、こちらサリバン家次期当主、ユリウス様にございます」

 クロードさんによりユリウスと紹介された男性は、私達の向かい側のソファにどすんと乱暴に腰を下ろす。
 そのでっぷりとした肉付きの良い体型と、妙にきめの細かいお肌、何歳なのか予想もつかない。
 ただ、ここまでで受けた印象は決して良くない。特に亜人を貶すような発言。
 私の心に更に不信感が広がった。
 
 ユリウスさんは、クロードさんから例の似顔絵を受け取ると、私の顔とを見比べる。

「ううむ……確かに似ているが、絵の方が美しいような……」

 それは悪うございましたね。
 やっぱり花咲きさんは少し気を遣って、あの似顔絵を描いてくれたようだ。

「おい娘、正直に答えろ。お前がこの似顔絵のモデルなのか?」
「いえ、違います。だってその似顔絵には、私のような猫の耳が描かれていないでしょう? 全くの別人ですよ」

 少々偉そうなユリウスさんの言い方にイラッとしながらも、平静を装って言葉を返す。
 
「そういうわけで、なんの関係もないと証明されたようですし、私達を帰して頂けませんか?」

 レオンさんには保護者として着いてきてもらったけど、無駄になっちゃったかなあ。
 などと考えていると、ユリウスさんは口を開いた。

「おい娘、ユキと言ったな。確かに『花冠の乙女』とも違うようだが、そのよく似ている容姿は気に入った。亜人でも構わん。俺の妾にしてやろうではないか」
「は?」

 私とレオンさんは同時に言葉を発する。
 妾? それって愛人のこと? 突然何を言い出すんだこの人は。
 
「どうだ? 亜人には身に余る光栄であろう?」

 まるで私が愛人の座に収まる事が何よりも名誉な事であるかのような言い方だ。どこからそんな自信が出てくるんだろう。そんなの絶対に嫌だ。

「いえいえいえ、私のような者がそんな、妾だなんてとんでもありません。ユリウス様のようなご立派な男性にはもっとふさわしい方がいらっしゃるかと」

 自分を下げることによって、無茶な要求を避けようとしたのだが

「うむ、亜人に相応しい奥ゆかしさだ。ますます気に入ったぞ」

 どうやら逆効果だったようだ。まずい、これは大変まずい。

「いえ、その、本当に結構ですので……」
「何を言う。俺はもう決めたのだ。お前を妾にするぞ」
「いえいえ、本当に私にそんな大役勤まりません。他を当たってください。私達はこれで失礼させていただきますので。さ、レオンさん、行きましょう」

 そそくさと立ち上がろうとしたその時、ユリウスさんの背後に控えていたクロードさんが、まるで『想定の範囲内です』とでも言うように眼鏡を指で押し上げて、ユリウスさんに何事か囁いた。
 それを聞いてユリウスさんは頷く。

「娘、お前は食堂で働いているそうだな」
「……それがなにか?」
「俺の一存でその店の行く末を左右する事もできるのだぞ」
「なっ!?」
「お前も自分のせいで店の者たちが路頭に迷う姿を見たくはないだろう?」

 これって、脅し……!?
 元はと言えばそれを避けるためにここまでついてきたと言うのに、今度は愛人にならなければ同じことをすると言う。これでは八方塞がりだ。
 そんな、どうしよう。お店が無くなるのも嫌だけど、この人の愛人になるのも嫌!
 でも、私は今ここでそれを選ばなければいけないの……?

 黙り込んでいる私が了承したのかと思ったのか、ユリウスさんは上機嫌でクロードさんに指示する。

「まずは風呂に入れてやらねばな。それから上等なドレスを着せて、髪を整えて――」

 その時、レオンさんが立ち上がった。

「おい、さっきから聞いてりゃ、何勝手なこと言ってんだよ。しかも店を盾にとるなんて汚ねえやり方しやがって」
「なんだお前は。無礼であろう。だが今回は特別に許してやる。今日の俺は機嫌が良いのだ。娘を残してさっさと出ていけ」

 レオンさんの抗議にも、ユリウスさんは耳を貸す様子はない。
 私、このままここで愛人として生活することになるのかな。好きでもない人と……そんなの嫌だ。
 思わず涙が溢れそうになり、膝の上でそろえた両手をぎゅっと握りしめる。

「随分と偉くなったもんだな。『スライム食いのユリウス』が」

 レオンさんの言葉に、その場の空気が凍ったような気がした。
 え? なに? スライム食い……?

「お、お前、なにを言っているのだ。そんな出鱈目……」
「おっと、誤魔化そうったってそうはいかないぜ。当時この界隈では随分と話題になったもんな。サリバン家のおぼっちゃまが、庭に迷い込んだ小型スライムを、果物と間違えて食っちまって大騒動になったって」
「お、お前、何故それを……」

 レオンさんはにやりと不敵に笑う。

「俺の事忘れちまったか? ガキの頃はたまに遊んでたってのに」

 しばらくレオンさんを凝視していたユリウスさんは、突然何かを思い出したようにはっとした表情を浮かべる。

「まさか……まさかお前、レオンハルト……」
「ようやく思い出したか。サリバン家のユリウス君」

 皮肉を含んだ口調で、レオンさんはユリウスさんを見下ろす。
 レオンハルトって……? ユリウスさんの口調ではレオンさんの事みたいだけれど……。

「ユリウス、お前、親父の権力を笠にきていい気になってるみたいだけどよ。いざとなれば俺にも後ろ盾があるって事忘れんなよ。ユキやあの食堂に何かしてみろ。お前もタダじゃおかねえからな。しかも亜人に対するその態度。現国王陛下の側室には亜人もいるってのに、随分と強気だな。不敬罪に値するぞ。さっきの言動広めてやろうか?」

 レオンさんが凄むと、ユリウスさんは青ざめると、慌てたように口を開く。

「わ、わかった。お前の言う通りにしよう。その娘にも店にも危害は加えないと誓う……!」
「おう、ちゃんと守れよ。もしも誓いを破ったら……わかってんな?」

 レオンさんの言葉に、ユリウスさんは何度も首を縦に振った。
 この二人がどういった関係なのかはわからない。けれど、ユリウスさんは私やお店に危害を加えないと言った。それって、私が愛人になることも、お店が危機に陥ることもなくなったってこと……!?

「クロード、今すぐこのお二人を送って差し上げろ」

 ユリウスさんの言葉をレオンさんは制す。

「いや、歩いて帰るさ。馬車の中で何かされたらたまらねえからな。それじゃあ元気でな。スライム食いのユリウス君」


 
 ◇◇◇◇◇



 レオンさんと私は、並んで銀のうさぎ亭への道を歩く。
 私は気になっていた。さっきのサリバン家での出来事。レオンさんは一体何者なのか。
 けれど、なんとなく聞いてはいけないような気がして、ちらちらとその顔を横目で見ることを繰り返している。

「なんだよネコ子、さっきから人の顔ばっかり見やがって」

 ばれてた。
 仕方がない。私は思い切って口を開く。

「あの、さっきユリウスさんが言ってた『レオンハルト』っていうのは……」
「俺の本名」
「それじゃあ、ユリウスさんと知り合いみたいだったのは一体……」
「あー、もうめんどくせえな。まとめて答えてやるよ」

 レオンさんは頭をかくと、少しためらった後で話し出す。

「……俺はとある貴族の家の生まれなんだよ。さっきのユリウスの家よりちょっとだけ階級が上の。で、ガキの頃はあいつとたまに遊んでたってわけ」
「そ、そうだったんですか!?」
「で、俺の母は親父の愛人のうちの一人でさ。エルフだったんだよ。当然生まれた俺はハーフエルフだ。人間の統治するこの国じゃ、人間でないってだけで差別される。ガキの頃から亜人だってからかわれたよ。それこそさっきのユリウスみたいな奴にな。特にああいう貴族達は選民思想を拗らせてることが多いからな」

 そうなのか……それじゃあ、私もこの国では一部から蔑まれる対象だったんだ。だからユリウスさんはあんなに亜人を貶すような事……。

「まあ、両親は良くしてくれたからそれほど気にしてなかったんだけどな。けどある日、誰が親父の後を継ぐかで揉め事が起こってさ。正妻との間には子供がいなかったからな。それで色々あってうんざりして家出したら、銀のうさぎ亭の前で行き倒れかけて、マスターに助けられたってわけだ」
「あれ? でも、家出したのなら、さっき言ってた『後ろ盾』って……」
「ああ、ハッタリさ。まあ、いざとなれば親父に泣きつくことも考えてるけど」

 レオンさんは肩をすくめる。

「と、まあ、こんなところだ。今まで誰にも話した事はねえけど、もしかするとマスターは俺の素性をなんとなく知ってるのかもしれねえな。だからお前に同行させた。いざとなれば家の事を持ち出せば相手も大人しくなるんじゃないかってさ」

 まさかレオンさんがそんなところの生まれだったとは……それならなんとなく王子様然とした容姿にも納得だ。
 言葉遣いはとても貴族とはかけ離れているが。

「とにかく、俺の素性に関しては誰にも喋るんじゃねえぞ。わかったな」
「もちろんです。レオンさんのお陰で私は助かったんですから。ありがとうございました」
「今度は俺からの質問だ」
「はい?」
「あの『花冠の乙女』って、本当はお前なんだろ?」

 ばれてる……!
 なんでわかったんだろう。
 しかし、レオンさんの過去を聞いた手前、自分だけ嘘をつくのもためらわれて、私は頷く。

「はい、そうです。知り合いの画家さんに描いてもらいました。けど、それが風で飛んでいっちゃって、今回の騒動に……」
「その画家、ちょっとサービスしすぎだろ。もっと本物に寄せて描けば騒ぎにならなかったのにな」
「たしかにそうかも……あの絵が綺麗すぎたから今回みたいな事になってしまったのかも……」

 ため息交じりの私の呟きに、レオンさんはなぜか慌てたようだ。

「冗談だって、冗談。あの絵、結構お前に似てたし、いつかバレてたに違いねえよ。それが今日だっただけ。気にすんな。とりあえず早く帰ってマスター達に勘違いだったって報告しとこうぜ」

 そう言うと、私の頭をぐしゃりと撫でた。
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