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似顔絵の思わぬ影響
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ここ最近、街はある噂で持ちきりだった。
なんでもどこぞの貴族のご子息が、一目惚れした相手を探し回っているとか。
それだけなら
「まあロマンチックなお話ね」
で済むところだろうが、問題はその一目惚れしたきっかけ。
ある日庭を散歩していたご子息は、地面に何か落ちているのを発見した。それは一枚の紙であり、そこにはなんとも愛らしい乙女の顔が描かれていたという。
そして、あろうことか、ご子息はその絵の乙女に一目惚れしてしまったというのだ。
早速生家の権力と財力を駆使して、似顔絵の複製画を大量に作成しては使用人に命じて街で配り歩き
「この乙女を探し出したものには褒賞を与える」
などと宣言までしたらしい。
そこまでならば、まだ、そう、どちらかといえばまだ
「世の中には酔狂な人がいるんだな」
程度で済んでいたのだが、その問題の似顔絵というのが、なんと、いつかの日に公園で花咲きさんが描いてくれた、私のあの似顔絵だったのだ。
風に巻き上げられた後、そんなところに飛んで行ってしまったのだ。
貴族様に一目惚れされるとは、やっぱり私は美少女だったのだろうか。自分の美しさが恐ろしい。
しかし貴族のご子息様か。もしもこれがご縁で、私が貴族の奥方様なんかに収まったとすれば、三食昼寝付きの優雅な生活が送れるかもしれない。それで銀のうさぎ亭を援助したりとか。
けれど、その一方で不安も抱いていた。
だって、似顔絵に一目惚れして本人を探そうとするなんて……こういってはなんだがストーカーじみている。そこまでする執念になんとなく恐怖を感じて、自分がそのモデルだとも言えずに恐々とする日々を過ごしていた。
幸いにも似顔絵のモデルが私だと気づく者はまだいない。似顔絵に猫耳が描かれていないからか、皆モデルの乙女が猫娘だとは思ってもいないらしい。
いつしか似顔絵の人物は「花冠の乙女」などと呼ばれるようになり、水をたっぷり含んだ筆から絵の具を白い布に垂らしたように、その話題はじわじわと広まっていった。あるところでは、本当に「花冠の乙女」が見つかるかどうか賭けにまで発展しているとか。
またあるところでは「自分こそが花冠の乙女だ」と名乗り出る女性も現れたとか。
銀のうさぎ亭でも、その話題で持ちきりだった。貴族の使用人だと名乗る人物が、似顔絵の複製画を店内に貼ってくれと頼んできたのだ。元の絵は私のものなんだから返してほしいのだけれど、そんな事も言い出せない。
貴族からの頼みということで、流石に断るわけにもいかず、複製画は店内の壁に貼られることとなった。
うわあ、仕事しづらい……。
しかもみんな必ず一度は言うのだ。
「あの似顔絵の女の子、ユキちゃんに似てない?」
などと。
そのたびに
「まさか、他人の空似ですよ」
などと誤魔化していたのだが――
ある日、このお店には少々そぐわないひとりのお客様が入り口のドアを押し開けて入店してきた。
燕尾服をきっちりと着こなしたその人物は、
「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ」
というウェイトレスの言葉も無視して、一目散に私の前までやってきて足を止める。
と、自身の胸に手をあてお辞儀をした。
その第一印象は、かっこよくて黒髪で冷静で、どんな問題事が起こっても『想定の範囲内です』とか言いながら眼鏡を指で押し上げて解決するような頭の良さそうな人だった。
「はじめましてユキ様。私はサリバン家の使用人であるクロードと申します。以後お見知り置きを」
「は? はあ」
突然の事にわけのわからずにいる私に対し、クロードと名乗った男性は告げる。
「失礼を承知で申し上げますが、ぜひ我が主人とお会いになって頂けませんか? 今すぐに」
「えっ? 突然何ですか……? 何のために?」
戸惑う私に男性は真面目な顔で
「それはあなたが『花冠の乙女』候補だからです」
ま、まさかばれた!?
「ち、違いますよ。他人の空似です……!」
否定するも、男性は私の手をとると
「外に馬車を待たせております。さあ、どうぞこちらへ」
とエスコートしようとする。いくらこの人が私のタイプど真ん中であっても、はいそうですかとついて行くわけにはいかない。
だって、この流れならどう考えても行き先は例のストーカーじみた貴族男性の元なのだろうから。やっぱり怖い。
「ち、違いますって! イライザさん、助けて……!」
私の声に、騒ぎを聞きつけたイライザさんとマスターがやってきた。
「おいあんた、うちの従業員になにやってんだ?」
マスターが凄んで見せるも、クロードと名乗った男性は落ち着き払ったまま。
「これはご無礼をいたしました。私は花冠の乙女候補であるユキ様を迎えに参ったものです」
「はあ? ユキが花冠の乙女だあ? 確かにあの似顔絵に似てるっちゃ似てるが、本人は否定してるんだろ? だったら別人だ。とっとと帰ってくれ」
「それを決めるのはあなた方ではありません」
「あ? どういう意味だ?」
「我が主人ユリウス・サリバン様が決める事にございます。私は花冠の乙女候補を主人の元へお連れするのが仕事ですので。さあユキ様、参りましょう」
クロードさんは一見丁寧に扱うようでいて、その実私の手をぐいぐいと引っ張る。
「だ、だから違いますって……!」
必死に抵抗するも、その力は緩まない。
「おい、やめろって言ってんだろ。ユキから離れろ」
止めに入ってくれたマスターに対して、クロードさんは告げる。妖しく眼鏡を光らせながら。
「おや、よろしいのですか? サリバン家にそのような態度を取って」
それを聞いた途端、マスターがぐっと黙り込んだ。
なんだろう。そのサリバン家というのは一体……。
「あの、少しの間手を離して貰えませんか? マスターと話をさせてください。逃げたりしませんから」
クロードさんの手から逃れた私は、店内の隅でマスターやイライザさんと会話を交わす。
「あの、マスター、サリバン家って……?」
私の問いに、マスターは渋面を作ってみせる。
「この国じゃそこそこの地位にある貴族さ」
「あまり良い噂も聞かないわね」
イライザさんの言葉にマスターも頷く。
「ああ、逆らったりなんかしたら、うちの店なんてすぐに潰されちまう可能性もある。それくらいの力はある。つまりそうなりたくなければ、素直に言うことを聞けって言ってんだ」
「そ、そんな……」
私が拒んだらこのお店がなくなってしまうかもしれないって事? そんなの脅しじゃないか。
その理不尽に憤りを感じた私は、踵を返すとクロードさんに問う。
「もしも大人しくついていけば、このお店に何もしないと約束してくれますか?」
「勿論、お約束いたします」
「それなら私、あなたについて行きます」
「ユキちゃん、本気なの!?」
イライザさんが驚きの声を上げるが、私は彼女に頷きを返して自分の意思を伝える。
私のせいでこのお店がなくなったりなんかしたら、マスターやイライザさんに顔向けできない。それならば大人しくついて行って、自分が花冠の乙女ではないと申し立てすれば良いだけだ。
覚悟を決めてクロードさんに従いお店を出ようとしたその時、
「ちょっと待った」
マスターの声が響いた。
「おいレオン、お前も一緒についてけ」
「お、俺がですか!?」
厨房からなりゆきを見守っていたレオンさんが驚いたような声を上げる。
「保護者代わりだ。なあ、クロードさんよ。構わねえだろ? 俺はユキの保護者だ。その代理が一緒に話を聞いたっておかしく無えはずだよな?」
「……そうですね。ご同席して我が主人の話を聞いて頂きましょう」
その会話にレオンさんは少し戸惑った様子を見せたものの
「わかりました。俺、行きます」
と言って、調理中は頭に巻いているバンダナを外した。
そうして私たちは、お店の前に止めてあった立派な馬車に乗り込み、問題のサリバン家へと向かうことになったのだった。
なんでもどこぞの貴族のご子息が、一目惚れした相手を探し回っているとか。
それだけなら
「まあロマンチックなお話ね」
で済むところだろうが、問題はその一目惚れしたきっかけ。
ある日庭を散歩していたご子息は、地面に何か落ちているのを発見した。それは一枚の紙であり、そこにはなんとも愛らしい乙女の顔が描かれていたという。
そして、あろうことか、ご子息はその絵の乙女に一目惚れしてしまったというのだ。
早速生家の権力と財力を駆使して、似顔絵の複製画を大量に作成しては使用人に命じて街で配り歩き
「この乙女を探し出したものには褒賞を与える」
などと宣言までしたらしい。
そこまでならば、まだ、そう、どちらかといえばまだ
「世の中には酔狂な人がいるんだな」
程度で済んでいたのだが、その問題の似顔絵というのが、なんと、いつかの日に公園で花咲きさんが描いてくれた、私のあの似顔絵だったのだ。
風に巻き上げられた後、そんなところに飛んで行ってしまったのだ。
貴族様に一目惚れされるとは、やっぱり私は美少女だったのだろうか。自分の美しさが恐ろしい。
しかし貴族のご子息様か。もしもこれがご縁で、私が貴族の奥方様なんかに収まったとすれば、三食昼寝付きの優雅な生活が送れるかもしれない。それで銀のうさぎ亭を援助したりとか。
けれど、その一方で不安も抱いていた。
だって、似顔絵に一目惚れして本人を探そうとするなんて……こういってはなんだがストーカーじみている。そこまでする執念になんとなく恐怖を感じて、自分がそのモデルだとも言えずに恐々とする日々を過ごしていた。
幸いにも似顔絵のモデルが私だと気づく者はまだいない。似顔絵に猫耳が描かれていないからか、皆モデルの乙女が猫娘だとは思ってもいないらしい。
いつしか似顔絵の人物は「花冠の乙女」などと呼ばれるようになり、水をたっぷり含んだ筆から絵の具を白い布に垂らしたように、その話題はじわじわと広まっていった。あるところでは、本当に「花冠の乙女」が見つかるかどうか賭けにまで発展しているとか。
またあるところでは「自分こそが花冠の乙女だ」と名乗り出る女性も現れたとか。
銀のうさぎ亭でも、その話題で持ちきりだった。貴族の使用人だと名乗る人物が、似顔絵の複製画を店内に貼ってくれと頼んできたのだ。元の絵は私のものなんだから返してほしいのだけれど、そんな事も言い出せない。
貴族からの頼みということで、流石に断るわけにもいかず、複製画は店内の壁に貼られることとなった。
うわあ、仕事しづらい……。
しかもみんな必ず一度は言うのだ。
「あの似顔絵の女の子、ユキちゃんに似てない?」
などと。
そのたびに
「まさか、他人の空似ですよ」
などと誤魔化していたのだが――
ある日、このお店には少々そぐわないひとりのお客様が入り口のドアを押し開けて入店してきた。
燕尾服をきっちりと着こなしたその人物は、
「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ」
というウェイトレスの言葉も無視して、一目散に私の前までやってきて足を止める。
と、自身の胸に手をあてお辞儀をした。
その第一印象は、かっこよくて黒髪で冷静で、どんな問題事が起こっても『想定の範囲内です』とか言いながら眼鏡を指で押し上げて解決するような頭の良さそうな人だった。
「はじめましてユキ様。私はサリバン家の使用人であるクロードと申します。以後お見知り置きを」
「は? はあ」
突然の事にわけのわからずにいる私に対し、クロードと名乗った男性は告げる。
「失礼を承知で申し上げますが、ぜひ我が主人とお会いになって頂けませんか? 今すぐに」
「えっ? 突然何ですか……? 何のために?」
戸惑う私に男性は真面目な顔で
「それはあなたが『花冠の乙女』候補だからです」
ま、まさかばれた!?
「ち、違いますよ。他人の空似です……!」
否定するも、男性は私の手をとると
「外に馬車を待たせております。さあ、どうぞこちらへ」
とエスコートしようとする。いくらこの人が私のタイプど真ん中であっても、はいそうですかとついて行くわけにはいかない。
だって、この流れならどう考えても行き先は例のストーカーじみた貴族男性の元なのだろうから。やっぱり怖い。
「ち、違いますって! イライザさん、助けて……!」
私の声に、騒ぎを聞きつけたイライザさんとマスターがやってきた。
「おいあんた、うちの従業員になにやってんだ?」
マスターが凄んで見せるも、クロードと名乗った男性は落ち着き払ったまま。
「これはご無礼をいたしました。私は花冠の乙女候補であるユキ様を迎えに参ったものです」
「はあ? ユキが花冠の乙女だあ? 確かにあの似顔絵に似てるっちゃ似てるが、本人は否定してるんだろ? だったら別人だ。とっとと帰ってくれ」
「それを決めるのはあなた方ではありません」
「あ? どういう意味だ?」
「我が主人ユリウス・サリバン様が決める事にございます。私は花冠の乙女候補を主人の元へお連れするのが仕事ですので。さあユキ様、参りましょう」
クロードさんは一見丁寧に扱うようでいて、その実私の手をぐいぐいと引っ張る。
「だ、だから違いますって……!」
必死に抵抗するも、その力は緩まない。
「おい、やめろって言ってんだろ。ユキから離れろ」
止めに入ってくれたマスターに対して、クロードさんは告げる。妖しく眼鏡を光らせながら。
「おや、よろしいのですか? サリバン家にそのような態度を取って」
それを聞いた途端、マスターがぐっと黙り込んだ。
なんだろう。そのサリバン家というのは一体……。
「あの、少しの間手を離して貰えませんか? マスターと話をさせてください。逃げたりしませんから」
クロードさんの手から逃れた私は、店内の隅でマスターやイライザさんと会話を交わす。
「あの、マスター、サリバン家って……?」
私の問いに、マスターは渋面を作ってみせる。
「この国じゃそこそこの地位にある貴族さ」
「あまり良い噂も聞かないわね」
イライザさんの言葉にマスターも頷く。
「ああ、逆らったりなんかしたら、うちの店なんてすぐに潰されちまう可能性もある。それくらいの力はある。つまりそうなりたくなければ、素直に言うことを聞けって言ってんだ」
「そ、そんな……」
私が拒んだらこのお店がなくなってしまうかもしれないって事? そんなの脅しじゃないか。
その理不尽に憤りを感じた私は、踵を返すとクロードさんに問う。
「もしも大人しくついていけば、このお店に何もしないと約束してくれますか?」
「勿論、お約束いたします」
「それなら私、あなたについて行きます」
「ユキちゃん、本気なの!?」
イライザさんが驚きの声を上げるが、私は彼女に頷きを返して自分の意思を伝える。
私のせいでこのお店がなくなったりなんかしたら、マスターやイライザさんに顔向けできない。それならば大人しくついて行って、自分が花冠の乙女ではないと申し立てすれば良いだけだ。
覚悟を決めてクロードさんに従いお店を出ようとしたその時、
「ちょっと待った」
マスターの声が響いた。
「おいレオン、お前も一緒についてけ」
「お、俺がですか!?」
厨房からなりゆきを見守っていたレオンさんが驚いたような声を上げる。
「保護者代わりだ。なあ、クロードさんよ。構わねえだろ? 俺はユキの保護者だ。その代理が一緒に話を聞いたっておかしく無えはずだよな?」
「……そうですね。ご同席して我が主人の話を聞いて頂きましょう」
その会話にレオンさんは少し戸惑った様子を見せたものの
「わかりました。俺、行きます」
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