異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

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 お休みの日、いつものように花咲きさんの家に行くと、彼は作業机に向かって何か描いていた。
 朝から熱心だなあ。
 
「ああ、お前か。我輩は空腹なのだ。カツサンドを作ってくれ」

 ここ最近の私はモデルをする事もなく、すっかりカツサンド製造機になっている。
 それは仕方がない。だって花咲さんはお仕事に追われているから。しかもそのお仕事というのは――

「もう少しで『暴れん坊プリンス』の挿絵が一枚仕上がる」

 そうなのだ。『暴れん坊プリンス』の続編の売り上げが上々だったらしく、三巻目を出版しないかとレーナさんから打診があったのだ。

 もちろん引き受けて、私も自室で少しずつ書き進めている。
 花咲きさんにもストーリーの概要は伝えてあるから、その場面にぴったりな挿絵を描いてもらっている。もちろん美少年の包帯成分多めで。

「わあ、今回の挿絵も素敵ですね」

 そこには王子をサポートするアサシン美女の活躍シーンが描かれていた。
 躍動感溢れるそれは、迫力もあり、私の原作には勿体無いくらいだ。

 ……おっと、忘れていた。カツサンド。たくさん食べてお仕事頑張って欲しい。包帯美少年の挿絵とか。

 そんなことを考えながらお台所へと向かった。


 ◇◇◇◇◇


「そういえば最近、新しい仕事を依頼される事が増えた」

 カツサンドをつまみながら花咲きさんが話し出す。

「えっ! ほんとですか!? すごい! 売れっ子画家じゃないですか」
「そこまでではないが……だが、それもこれもお前のおかげだ」

 私の? はて、何かしたっけ?
 首を傾げていると、花咲きさんが苦笑する。

「わからないのか? お前が『暴れん坊プリンス』を書いてくれたおかげで、我輩の絵が人々の目に留まり、その結果仕事へと繋がったのだ」

 なんと。そんな裏事情があったとは。

「そういう事なら思う存分ちやほやしてくれて良いんですよ。『ユキ様』と呼んでくれても全然気にしませんよ」
「ほう。ならば試してみるか?」

 私は花咲きさんが「ユキ様」と言うところを想像する。

「あ、やっぱりダメです。違和感がすごい」
「そういう事なら今まで通り『黒猫娘』だな。だが、お前に恩義を感じている事には変わりないぞ……感謝してる」

 おお、まさかこの人からお礼の言葉が聞けるとは。よほどのことだったのかな。
 そういえば、花咲きさんは「いずれ功績を上げる予定」とか言ってたし、これを足がかりに売れっ子画家の道を歩んでくれれば、私も嬉しい。
 でも、そうなったら、モデルとしての私はお役御免かな……。
 売れっ子画家になれば凹凸のあるモデルなんて簡単に雇えるだろうし。
 ……あれ、なんだろうこの気持ち。なんだか寂しい。花咲きさんがどこか遠くへ行ってしまうんじゃないか、なんて思ってしまう。そんな馬鹿げたこと無いはずなのに。
 私は頭を振って、余計な不安感を追い出す。

「花咲きさん。夜と明日の分のカツサンドを作り終えたらおいとましますね。お仕事の邪魔しちゃ悪いし」
「別に邪魔では無いが……まあ、お前がそう思うのなら好きにしたらいい」

 そうして大量のカツサンドを作り終えた私は、五切れほど拝借して紙ナプキンに包んで、花咲きさんのアトリエを後にしたのだった。


 ◇◇◇◇◇


 次に行く先は、ミーシャ君の働く工房。前回カツサンドを差し入れようとしたときは、先輩達に横取りされてしまった。なので今度こそは、と思ったのだ。
 慎重にドアを開けると、ミーシャ君が気づいてこちらに走り寄ってきた。

「ユキさん、いらっしゃい。今日はなんのご用でしょう?」

 あれ、意外にも普通の態度だ。相変わらず首には包帯が見え隠れしているが。

「ほら、前から約束してたサンドイッチを差し入れるって話。今日持ってきたから受け取って欲しくて」
「本当? 嬉しいな……! でも、僕みたいな汚れた人間にそんなもの受け取る資格なんて……」

 油断してたら出た。『暴れん坊プリンス』の台詞が。ミーシャ君の影響されっぷりが恐ろしい。

「と、とにかく、先輩たちに見つからないうちに隠して……!」

 そそくさと隣の部屋へと入ってゆくミーシャ君。幸いにも先輩たちには見つからなかったようだ。

 安堵のため息をついていると、

「娘さん」

 と、声をかけられた。
 見ればドワーフの親方さんがすぐそばにいた。
 な、何だろう。お仕事以外で入り込んだのがまずかったかな。
 ひとり焦っていると、親方さんはそれを察したのか、顔を綻ばせた。

「別に取って食ったりせんよ。ただちょっとあんたと話がしたくてな」
「話、ですか?」

 なんだろう。
 怪訝に思いながらも隅のテーブルに案内される。
 戻ってきたミーシャ君がお茶を持ってきてくれた。
 それを頂きながら、親方さんが話し出すのを待つ。

「娘さん。あんた、自分では気づいてないようだが、あんたが来ると炉の火がざわめく」
「え?」

 火がざわめく? どういうことだろう。

「つまり、なんというか、あんたには魔法の力がある」
「ええ!?」

 な、なにそれ。私って魔法使いだったの?

「心当たりはあるだろう? いつかの日、あんたがうちの者を軽々と持ち上げた件」

 あ、ミーシャ君の先輩にカツサンドを横取りされた時のあれか。てっきり火事場の馬鹿力的なものだと思っていたけれど……あれが魔法の力だと言うんだろうか?

「どうやらあんたは感情が昂ぶると、実力以上の力が出せるようだ。それが原因で厄介事を引き起こすかもしれん。年寄りのたわごとだと思うかもしれんが、ゆめゆめ気をつけなされよ」


 ◇◇◇◇◇


 そうして工房を後にした私はひとり考える。
 確かにこの世界に来てから不思議な事ばかりだ。外見も別人のようになったし、文字の読み書きもできる。魔法が使えたっておかしな事じゃないのかもしれない。
 ……でも単に馬鹿力を発揮できるってだけじゃなあ。しかも感情が昂ぶった時限定だなんて。
 いや、でも、他の魔法の素質だってあるかもしれない。
 試しに私は右手を前に突き出す。

「えいっ!」

 ……なにも出ない。ここで火の玉とか出てくれたらかっこいいんだけどなあ。

 
 ◇◇◇◇◇


 銀のうさぎ亭2号店へと戻ると、厨房にレオンさんがいるだけ。クロードさんとノノンちゃんはどこかへ出かけているようだ。

 お店の隅の椅子に腰掛けながら「えいっ」「えいっ」と手を突き出して、掌から何かを出す練習をしていると、クロードさんが戻ってきた。

「ユキさん、何をしてらっしゃるんですか?」

 やばい。見られてた。魔法の練習とか言ったら引かれるかな……。
 と、そこでクロードさんの抱えている紙袋に目が行った。話題を変えるチャンス!

「なんでもないですよ。それよりクロードさんこそ何か買ってきたんですか?」
「ああ、これですか。実は最近はまっておりまして」

 そうしてクロードさんが紙袋から取り出したのは見覚えのある……
 そう、『暴れん坊プリンス』の第2巻だったのだ。

 

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