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王子様ご来店
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「邪魔するぞ」
そんな言葉を発しながら、王子様であるユージーンさんが入店してきた。表向きは妹(偽)であるノノンちゃんに逢うために。
「ああ、あんたか。適当に座っててくれ。おーい、ノノン! 兄貴が来たぜ!」
レオンさんが呼ぶと、ノノンちゃんが
「お兄様! 来てくださったんですね!」
などと嬉しそうに駆け寄る。徹底した妹っぷりだ。
一応ユージーンさんには、ノノンちゃんに逢うために、お客様のいない休憩時には自由にこのお店に来ることは許可している。そしてノノンちゃんと一緒に過ごすのだ。表向きは。
それだけじゃない。時々レオンさんやクロードさんと会話を交わすこともあり、徐々にリアル『暴れん坊プリンス』の様相を呈して来ている。
正直気まずい。うっかり王子様の正体をバラしてしまうかもしれないし。
そう考えて、私は極力最低限の接触しかしていなかったのだが……
その日のユージーンさんはお店でテーブルに着くなり
「俺はちょうど空腹なのだ。おい店主、このメニューの一番上の料理から順番に貰おうか」
だとか言い出した。
上から順番とか、それなんて富豪食い? さすが王子様。
だがレオンさんは眉をひそめる。
「悪いな。今は準備中なんだ。飯が食いたかったらランチタイムかディナータイムに来てくれ。あんただけ特別扱いはできねえよ。大体、上から順番にとか、それ全部食い切れんのか?」
おお、恐れ知らずな発言を……!
しかしレオンさんはユージーンさんの正体を知らないわけだから仕方ない。
ノノンちゃんが慌てたようにレオンさんに向き直る。
「ご、ごめんなさいレオンさん……! 私がいつもこのお店のお料理がとっても美味しいって兄に伝えてるから、それで兄も興味を持ってしまったみたいです。でも兄はこの時間帯にしか来られないし……」
どこか悲しそうに俯く。
その途端、レオンさんは目を泳がせて、逡巡する様子を見せる。
しばらくしてため息とともに吐き出した言葉は
「……わかった。一品だけなら食わしてやる。ただし俺の決めた料理だ」
レオンさんてノノンちゃんに弱いなあ……。
まあ、いたいけな少女が必死に訴える姿を見て、心を動かされないほうが難しいだろう。私だって真実を知らなければノノンちゃんの味方をしていたに違いない。
そうして出てきたのは『妖精の森の秋の収穫祭』
このお店の名物料理だが、果たして王子様のお口に合うかどうか……。
「……うむ、なかなかだな。実に庶民的で素朴な味だ」
「はあ? それって褒めてんのか?」
レオンさんがじろりとユージーンさんを睨みつける。
「庶民にとっては最大級の賛辞だと思うが」
うわあ。ひどい言い様。全然賛辞じゃないよそれ。庶民の事をそんなふうに思ってる人が、ほんとに『暴れん坊プリンス』みたいに世直しなんかできてるの?
レオンさんもさすがにカチンときたようだ。
「なんだよその言い草は。男爵家のおぼっちゃまだかなんだか知らねえけどな、大体呑気にメシ食ってる暇があったら、ノノンの事なんとかしろよ。年端のいかない妹をいつまでも働かせ続けて、罪悪感てものを覚えねえのか?」
おお、よく言った。たしかに傍から見れば、ユージーンさんは生き別れの妹を引き取りもせず、そのくせ人の料理にケチをつけるというかなりの駄目人間。庶民からの痛烈な批判の言葉にどう対応するだろうか。
「ノノンの事はちゃんと考えている。ただ、恥ずかしい話、我が家は今、跡目争いの最中でな。それにノノンを利用する輩が現れるとも限らぬ。そうなるとややこしい。店主、お前にも覚えがあるだろう?」
「な、なんで知って……」
レオンさんが狼狽えたそぶりを見せる。
そうだ。確かレオンさんも跡目争いで揉めて家出したとかいう話だったっけ。ユージーンさんはそこまで調べたのか。
「大切な妹の預け先だ。どんなところか把握していてもおかしくはないだろう?」
「ぐ……」
レオンさんは黙り込んだ。自分でも身に覚えがあるからか、ユージーンさんの言い分に反論できないようだ。
「まあまあ、お二人とも。紅茶をご用意致しましたので、これでも飲んで落ち着いてください」
クロードさんがその場の空気を変えるように割って入ってきた。さすが気遣い紳士。素晴らしいタイミングだ。
「気がきくではないか。さすがはサリバン家の元執事といったところか」
クロードさんは顔をこわばらせる。
「……私の事も調査済みと言う事ですか」
「無論だ。一通りの事は把握している。だが――」
ユージーンさんは私を見据える。
「そこの猫娘。ユキと言ったか。お前の素性だけはわからぬ。ある雪の日に食堂の前に倒れていたという以前の情報が全く出てこないのだ。まるで突然どこからか現れたようにな」
私に話を振らないでー!
でも、異世界の日本から来たなんて真実を告げられるわけもなく。
「わ、私はその、この国の外から来たもので……」
「なんという場所だ?」
誤魔化そうとするも、ユージーンさんは諦めない。めんどくさいなあ……。
「それは秘密です。ユージーンさんだって、人に知られたくない事の一つくらいはあるでしょう? あ、そういえば私、外国から来たのでこの国のことはまだよく知らないんですけど、この国の王子様ってどんな方なんですかねー。きっと心が広くて優しい人なんだろうなー」
そう。私はユージーンさんがこの国の王子だと知っている。バラしたらただじゃおかないというような事も言われたけれど、逆に私はそれほどの弱みを握っているという事なのだ。
それをちらつかせるとユージーンさんは黙り込んだ。
ノノンちゃんからは一瞬すごい顔で睨まれたが。
しかし、私の素性について、それ以上詮索される事は免れたようだ。はー、危なかった。
◇◇◇◇◇
「あの、ユージーンさんは跡目争いでゴタゴタしてるって言ってましたけど、貴族の家って、普通は長男が継ぐものじゃないんですか?」
ユージーンさんが去った後、私は幾分か声をひそめて話題に出す。
ノノンちゃんは、途中までユージーンさんを送りに行くという名目で、今はいない。
だからこそ今しか聞く機会がないと思ったのだ。
レオンさんは、頭に巻いていたバンダナを取ると、髪をかきあげる。
「前も話したことあるだろ。人間の統治するこの国では、王族や貴族にとっては、純血ヒト族の地位が高い。だから長男が亜人だった場合には、相続で揉めることがあるんだよ。本心としては純血ヒト族の次男や三男がいればそっちに継がせたい。けど長男にだって言い分はある。そのあたりでゴタゴタしてんじゃねえの?」
さすが経験者。詳しい。
と、そこで思い出したようにクロードさんが口を開く。
「そういえば王家でも、誰が王位を継ぐかで揉めているという噂は聞いたことがありますね。確か長子である王子が、亜人ながらも継承権を主張しているとか」
なるほど、ユージーンさんの言ってた言葉はあながち嘘でもなかったわけだ。
「第二王子も亜人だったそうですが、そのせいで幼い頃に庶民の家に引き取られたと言われていますね」
え、なにそれ可哀想。亜人ってだけでそんな仕打ちを受けるだなんて、どうかしてる。
「それなら、最初から亜人の側室なんて作らなければいいのに……」
何気ない呟きに、レオンさんとクロードさんは、何故か黙って目を逸らした。
◇◇◇◇◇
「それは男の性というやつだな」
昼間抱いた疑問を、帰宅してから花咲きさんに尋ねると、そんな答えが返って来た。
「性……?」
「そうだ。色々なタイプの女を侍らせたいというのは男の夢だからな。王族や貴族にはその財力や権力がある。ならば実行するしかあるまい」
そのせいで跡目争いが起きても? そんなの酷い。この国の第二王子だって、それが原因で養子に出されたって聞いたし。
は! もしかして! 花咲きさんもいろんな女の人を侍らせたいとか、そんなこと考えてるのかな!? そんなのやだやだ!
「……はぐはぐ」
「は?」
両手を前に突き出すと、花咲きさんは怪訝な顔をした。
「私の国に伝わる挨拶の一種です。この国に来てからは今まで我慢してきましたけど、どうにも落ち着かなくて……だから付き合ってください。はい、立って」
もちろん嘘なのだが、花咲きさんはそんなこと知るよしもない。無理やり椅子から立たせると、私は身を寄せて、彼の背中に手を回す。
はあ、幸せ。
しばらくその時間に浸っていたかったが、頭上から花咲きさんの声が降ってきた。
「満足したか? 我輩は空腹なのだ。早くカツサンドを作ってくれ」
……台無し。
もしや花咲きさんの中では
カツサンド>>>>私
くらいの存在価値なのかな……。
そんな言葉を発しながら、王子様であるユージーンさんが入店してきた。表向きは妹(偽)であるノノンちゃんに逢うために。
「ああ、あんたか。適当に座っててくれ。おーい、ノノン! 兄貴が来たぜ!」
レオンさんが呼ぶと、ノノンちゃんが
「お兄様! 来てくださったんですね!」
などと嬉しそうに駆け寄る。徹底した妹っぷりだ。
一応ユージーンさんには、ノノンちゃんに逢うために、お客様のいない休憩時には自由にこのお店に来ることは許可している。そしてノノンちゃんと一緒に過ごすのだ。表向きは。
それだけじゃない。時々レオンさんやクロードさんと会話を交わすこともあり、徐々にリアル『暴れん坊プリンス』の様相を呈して来ている。
正直気まずい。うっかり王子様の正体をバラしてしまうかもしれないし。
そう考えて、私は極力最低限の接触しかしていなかったのだが……
その日のユージーンさんはお店でテーブルに着くなり
「俺はちょうど空腹なのだ。おい店主、このメニューの一番上の料理から順番に貰おうか」
だとか言い出した。
上から順番とか、それなんて富豪食い? さすが王子様。
だがレオンさんは眉をひそめる。
「悪いな。今は準備中なんだ。飯が食いたかったらランチタイムかディナータイムに来てくれ。あんただけ特別扱いはできねえよ。大体、上から順番にとか、それ全部食い切れんのか?」
おお、恐れ知らずな発言を……!
しかしレオンさんはユージーンさんの正体を知らないわけだから仕方ない。
ノノンちゃんが慌てたようにレオンさんに向き直る。
「ご、ごめんなさいレオンさん……! 私がいつもこのお店のお料理がとっても美味しいって兄に伝えてるから、それで兄も興味を持ってしまったみたいです。でも兄はこの時間帯にしか来られないし……」
どこか悲しそうに俯く。
その途端、レオンさんは目を泳がせて、逡巡する様子を見せる。
しばらくしてため息とともに吐き出した言葉は
「……わかった。一品だけなら食わしてやる。ただし俺の決めた料理だ」
レオンさんてノノンちゃんに弱いなあ……。
まあ、いたいけな少女が必死に訴える姿を見て、心を動かされないほうが難しいだろう。私だって真実を知らなければノノンちゃんの味方をしていたに違いない。
そうして出てきたのは『妖精の森の秋の収穫祭』
このお店の名物料理だが、果たして王子様のお口に合うかどうか……。
「……うむ、なかなかだな。実に庶民的で素朴な味だ」
「はあ? それって褒めてんのか?」
レオンさんがじろりとユージーンさんを睨みつける。
「庶民にとっては最大級の賛辞だと思うが」
うわあ。ひどい言い様。全然賛辞じゃないよそれ。庶民の事をそんなふうに思ってる人が、ほんとに『暴れん坊プリンス』みたいに世直しなんかできてるの?
レオンさんもさすがにカチンときたようだ。
「なんだよその言い草は。男爵家のおぼっちゃまだかなんだか知らねえけどな、大体呑気にメシ食ってる暇があったら、ノノンの事なんとかしろよ。年端のいかない妹をいつまでも働かせ続けて、罪悪感てものを覚えねえのか?」
おお、よく言った。たしかに傍から見れば、ユージーンさんは生き別れの妹を引き取りもせず、そのくせ人の料理にケチをつけるというかなりの駄目人間。庶民からの痛烈な批判の言葉にどう対応するだろうか。
「ノノンの事はちゃんと考えている。ただ、恥ずかしい話、我が家は今、跡目争いの最中でな。それにノノンを利用する輩が現れるとも限らぬ。そうなるとややこしい。店主、お前にも覚えがあるだろう?」
「な、なんで知って……」
レオンさんが狼狽えたそぶりを見せる。
そうだ。確かレオンさんも跡目争いで揉めて家出したとかいう話だったっけ。ユージーンさんはそこまで調べたのか。
「大切な妹の預け先だ。どんなところか把握していてもおかしくはないだろう?」
「ぐ……」
レオンさんは黙り込んだ。自分でも身に覚えがあるからか、ユージーンさんの言い分に反論できないようだ。
「まあまあ、お二人とも。紅茶をご用意致しましたので、これでも飲んで落ち着いてください」
クロードさんがその場の空気を変えるように割って入ってきた。さすが気遣い紳士。素晴らしいタイミングだ。
「気がきくではないか。さすがはサリバン家の元執事といったところか」
クロードさんは顔をこわばらせる。
「……私の事も調査済みと言う事ですか」
「無論だ。一通りの事は把握している。だが――」
ユージーンさんは私を見据える。
「そこの猫娘。ユキと言ったか。お前の素性だけはわからぬ。ある雪の日に食堂の前に倒れていたという以前の情報が全く出てこないのだ。まるで突然どこからか現れたようにな」
私に話を振らないでー!
でも、異世界の日本から来たなんて真実を告げられるわけもなく。
「わ、私はその、この国の外から来たもので……」
「なんという場所だ?」
誤魔化そうとするも、ユージーンさんは諦めない。めんどくさいなあ……。
「それは秘密です。ユージーンさんだって、人に知られたくない事の一つくらいはあるでしょう? あ、そういえば私、外国から来たのでこの国のことはまだよく知らないんですけど、この国の王子様ってどんな方なんですかねー。きっと心が広くて優しい人なんだろうなー」
そう。私はユージーンさんがこの国の王子だと知っている。バラしたらただじゃおかないというような事も言われたけれど、逆に私はそれほどの弱みを握っているという事なのだ。
それをちらつかせるとユージーンさんは黙り込んだ。
ノノンちゃんからは一瞬すごい顔で睨まれたが。
しかし、私の素性について、それ以上詮索される事は免れたようだ。はー、危なかった。
◇◇◇◇◇
「あの、ユージーンさんは跡目争いでゴタゴタしてるって言ってましたけど、貴族の家って、普通は長男が継ぐものじゃないんですか?」
ユージーンさんが去った後、私は幾分か声をひそめて話題に出す。
ノノンちゃんは、途中までユージーンさんを送りに行くという名目で、今はいない。
だからこそ今しか聞く機会がないと思ったのだ。
レオンさんは、頭に巻いていたバンダナを取ると、髪をかきあげる。
「前も話したことあるだろ。人間の統治するこの国では、王族や貴族にとっては、純血ヒト族の地位が高い。だから長男が亜人だった場合には、相続で揉めることがあるんだよ。本心としては純血ヒト族の次男や三男がいればそっちに継がせたい。けど長男にだって言い分はある。そのあたりでゴタゴタしてんじゃねえの?」
さすが経験者。詳しい。
と、そこで思い出したようにクロードさんが口を開く。
「そういえば王家でも、誰が王位を継ぐかで揉めているという噂は聞いたことがありますね。確か長子である王子が、亜人ながらも継承権を主張しているとか」
なるほど、ユージーンさんの言ってた言葉はあながち嘘でもなかったわけだ。
「第二王子も亜人だったそうですが、そのせいで幼い頃に庶民の家に引き取られたと言われていますね」
え、なにそれ可哀想。亜人ってだけでそんな仕打ちを受けるだなんて、どうかしてる。
「それなら、最初から亜人の側室なんて作らなければいいのに……」
何気ない呟きに、レオンさんとクロードさんは、何故か黙って目を逸らした。
◇◇◇◇◇
「それは男の性というやつだな」
昼間抱いた疑問を、帰宅してから花咲きさんに尋ねると、そんな答えが返って来た。
「性……?」
「そうだ。色々なタイプの女を侍らせたいというのは男の夢だからな。王族や貴族にはその財力や権力がある。ならば実行するしかあるまい」
そのせいで跡目争いが起きても? そんなの酷い。この国の第二王子だって、それが原因で養子に出されたって聞いたし。
は! もしかして! 花咲きさんもいろんな女の人を侍らせたいとか、そんなこと考えてるのかな!? そんなのやだやだ!
「……はぐはぐ」
「は?」
両手を前に突き出すと、花咲きさんは怪訝な顔をした。
「私の国に伝わる挨拶の一種です。この国に来てからは今まで我慢してきましたけど、どうにも落ち着かなくて……だから付き合ってください。はい、立って」
もちろん嘘なのだが、花咲きさんはそんなこと知るよしもない。無理やり椅子から立たせると、私は身を寄せて、彼の背中に手を回す。
はあ、幸せ。
しばらくその時間に浸っていたかったが、頭上から花咲きさんの声が降ってきた。
「満足したか? 我輩は空腹なのだ。早くカツサンドを作ってくれ」
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