異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

文字の大きさ
57 / 104

王子様の夢

しおりを挟む
 お休みの日。
 服飾店で『着られる毛布』を販売する代わりに、毎月いくらかの報酬を得られるように、という取引を成立させた私は、ぶらぶらと街を歩いていた。

 そうだ。カツサンドの材料買って帰らないと。契約成立の記念に、いつもよりちょっと高級なお肉にしようかなあ。

「おい、猫娘」

 突然背後から声が飛んできた。反射的に振り返ると、そこにいたのはユージーンさん。

「こ、これはこれはユージーン様、ご機嫌麗しゅうございます」

 一応王族だし。と、自分の知る限りの丁寧な対応を心がけると

「堅苦しい挨拶はよせ。周囲の庶民に怪しまれるではないか。庶民が庶民に接するように、俺にも接するのだ」

 ええー、めんどくさいなあ。
 でも、堅苦しい挨拶よりは楽だ。
 私は軽く咳払いするとユージーンさんに問う。

「ええと、ユージーンさんはこんなところで何をしてるんですか?」
「庶民どもの生活を視察している」

 うわあ、相変わらず偉そう。

「しかしちょうどよかった。今の俺は歩き回ったせいで喉が渇いているのだ」
「はあ、そうですか……」

 しばしの沈黙
 ユージーンさんはため息を漏らした。

「察しの悪い娘だな。俺が喉が渇いたと言えば、近くのカフェまで案内するのが当然であろう?」

 な、なにそれ。そんなのわかるわけないじゃん。

「ええと、そういうのはノノンちゃんかフリージアさんに任せた方がよろしいのでは? 私よりユージーンさんの好みを知っているだろうし」
「俺は庶民の好みも知りたいのだ。それにあの二人は今、任務を遂行中で別行動だ」

 それで代わりに私に接待しろというのか。無茶苦茶だなあ。
 しかしこの人は私が「アラン・スミシー」だと知っている。ここで断ったらそれをバラされる恐れもある。
 少し悩んだ後に、結局カフェへ案内することになった。
 だって正体をバラされたら恥ずかしいし……。


 ◇◇◇◇◇


 周囲では笑いさざめくお客たち。その殆どが若い女性だ。
 ピンク系統でこれでもかとまとめられた店内は、なんともファンシーな雰囲気を漂わせている。

 どうだどうだ。男性がこんな男女比率0.5:9.5の乙女チックカフェで過ごすのは恥ずかしいだろう? そうだろう?
 そう考えて、敢えてここにユージーンさんを連れてきたのだが

「うむ。なかなか庶民的な味だな」

 などと言いながら、なんでもないように優雅に紅茶を飲み、チョコレートケーキにまで手を出している。
 なんという鋼メンタル。見習いたい。

「そういえば猫娘。最近『暴れん坊プリンス』の新作が発売されていないではないか。なぜだ?」
「しーっ! 声が大きい……! 私が『暴れん坊プリンス』の作者だってバレたらどうするんですか……! ユージーンさんだって城下町で正体がバレるのは嫌でしょう?」

 抗議すると、ユージーンさんは少しの間考えるそぶりを見せた後で

「そうだな。すまない。軽率だった」

 案外素直に謝ったあとで続ける。

「しかし、あの本は俺の民衆からの支持率向上に大いに役立っているのだ」
「はい? どういう意味ですか?」

『暴れん坊プリンス』がなんでユージーンさんの支持率と関係あるの?

「人間というものは、しばしば物語と現実を混同することがある。『暴れん坊プリンス』の主人公である第三王子が活躍すればするほど、現実での第三王子である俺の評価もうなぎ登りなのだ」

 そういえば、テレビドラマだとかで悪役を演じた役者さんに、視聴者から嫌がらせの手紙が届いたと聞いたことがある。それの逆バージョンだろうか?
 
 そういう事なら、作中に登場する猫耳亜人娘をめちゃくちゃ有能に描写してみようかな。

 でも……。

「それなら最初からユージーンさんの正体を明かして、現実の悪党を成敗すれば良いのでは?」

 名声が欲しいなら自ら名乗りをあげるのが一番だ。
 だが、その言葉に、ユージーンさんは両ひじをテーブルに乗せ、両手を組むと、額を乗せるように俯いた。

「それはまずい」

 その声は真剣味を帯びている。

「……万が一父上に知られたら大目玉を食らう。そういう事は騎士団の役目だと言ってな」

 なにその理由。子供か。

「それならどうして危険をおかしてまで悪の討伐を?」
 
 するとユージーンさんはぱっと顔を上げた。

「だって、かっこいいではないか……!」

 その瞳はきらきらと輝いている。

「昔から英雄譚を読んで憧れていた。邪悪なドラゴンに挑み、美しい姫を救う話。はたまた民衆を苦しめる悪徳領主を断罪する話。どれも素晴らしく魅力的だった。歳を重ねたら自分も本の中の英雄のように活躍したいと。だが、先ほども言ったように、父上はそれを許してくれないだろう。だから人知れず悪を討伐しているのだ」

 これはアレだな。子供が特撮戦隊モノだとかに憧れるようなものだな。この人こそ現実と物語を混同しているんじゃ?
 おまけになまじ実力があるものだから、大人になってからも、英雄になりたいという夢を諦めきれないでいるみたいだ。むしろ加速している。いつか怪我でもしたら大変だ。だってユージーンさんはこの国の王子様なんだから。

「私も国王陛下に賛成です。危ないからやめた方が良いんじゃないですか?」

 思わず口を挟むも

「それなら『暴れん坊プリンス』の新作を出版してくれるのか?」

 と返され口ごもってしまう。

「実はその、今少しスランプ気味で……良い感じのエピソードが思いつかないんですよ」

 私はまだこの世界にもあまり詳しくないし。

「だったら実際に俺達が悪を討つところを見学してみると良い」
「はい?」
「ちょうど明日の夜に悪徳公爵を断罪する予定なのだ。お前も一緒に来い。猫娘」
「いや、私はか弱い乙女なのでそういうのはちょっと……」
「心配ない。お前には傷ひとつ付けさせないと誓おう。ノノンとフリージアが」

 ひどい他人任せ。
 けれど、実際の立ち回りや雰囲気を感じる事ができるというのはちょっと魅力的だ。

 そんなことを考えている間にユージーンさんが立ち上がる。

「それでは俺はもう行くぞ。馳走になったな」
「え?」

 唖然とする私を置いて、ユージーンさんはさっさとカフェから出て行ってしまった。私の奢りで……。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

湊一桜
恋愛
 王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。  森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。  オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。  行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。  そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。 ※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...