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王子様の夢
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お休みの日。
服飾店で『着られる毛布』を販売する代わりに、毎月いくらかの報酬を得られるように、という取引を成立させた私は、ぶらぶらと街を歩いていた。
そうだ。カツサンドの材料買って帰らないと。契約成立の記念に、いつもよりちょっと高級なお肉にしようかなあ。
「おい、猫娘」
突然背後から声が飛んできた。反射的に振り返ると、そこにいたのはユージーンさん。
「こ、これはこれはユージーン様、ご機嫌麗しゅうございます」
一応王族だし。と、自分の知る限りの丁寧な対応を心がけると
「堅苦しい挨拶はよせ。周囲の庶民に怪しまれるではないか。庶民が庶民に接するように、俺にも接するのだ」
ええー、めんどくさいなあ。
でも、堅苦しい挨拶よりは楽だ。
私は軽く咳払いするとユージーンさんに問う。
「ええと、ユージーンさんはこんなところで何をしてるんですか?」
「庶民どもの生活を視察している」
うわあ、相変わらず偉そう。
「しかしちょうどよかった。今の俺は歩き回ったせいで喉が渇いているのだ」
「はあ、そうですか……」
しばしの沈黙
ユージーンさんはため息を漏らした。
「察しの悪い娘だな。俺が喉が渇いたと言えば、近くのカフェまで案内するのが当然であろう?」
な、なにそれ。そんなのわかるわけないじゃん。
「ええと、そういうのはノノンちゃんかフリージアさんに任せた方がよろしいのでは? 私よりユージーンさんの好みを知っているだろうし」
「俺は庶民の好みも知りたいのだ。それにあの二人は今、任務を遂行中で別行動だ」
それで代わりに私に接待しろというのか。無茶苦茶だなあ。
しかしこの人は私が「アラン・スミシー」だと知っている。ここで断ったらそれをバラされる恐れもある。
少し悩んだ後に、結局カフェへ案内することになった。
だって正体をバラされたら恥ずかしいし……。
◇◇◇◇◇
周囲では笑いさざめくお客たち。その殆どが若い女性だ。
ピンク系統でこれでもかとまとめられた店内は、なんともファンシーな雰囲気を漂わせている。
どうだどうだ。男性がこんな男女比率0.5:9.5の乙女チックカフェで過ごすのは恥ずかしいだろう? そうだろう?
そう考えて、敢えてここにユージーンさんを連れてきたのだが
「うむ。なかなか庶民的な味だな」
などと言いながら、なんでもないように優雅に紅茶を飲み、チョコレートケーキにまで手を出している。
なんという鋼メンタル。見習いたい。
「そういえば猫娘。最近『暴れん坊プリンス』の新作が発売されていないではないか。なぜだ?」
「しーっ! 声が大きい……! 私が『暴れん坊プリンス』の作者だってバレたらどうするんですか……! ユージーンさんだって城下町で正体がバレるのは嫌でしょう?」
抗議すると、ユージーンさんは少しの間考えるそぶりを見せた後で
「そうだな。すまない。軽率だった」
案外素直に謝ったあとで続ける。
「しかし、あの本は俺の民衆からの支持率向上に大いに役立っているのだ」
「はい? どういう意味ですか?」
『暴れん坊プリンス』がなんでユージーンさんの支持率と関係あるの?
「人間というものは、しばしば物語と現実を混同することがある。『暴れん坊プリンス』の主人公である第三王子が活躍すればするほど、現実での第三王子である俺の評価もうなぎ登りなのだ」
そういえば、テレビドラマだとかで悪役を演じた役者さんに、視聴者から嫌がらせの手紙が届いたと聞いたことがある。それの逆バージョンだろうか?
そういう事なら、作中に登場する猫耳亜人娘をめちゃくちゃ有能に描写してみようかな。
でも……。
「それなら最初からユージーンさんの正体を明かして、現実の悪党を成敗すれば良いのでは?」
名声が欲しいなら自ら名乗りをあげるのが一番だ。
だが、その言葉に、ユージーンさんは両ひじをテーブルに乗せ、両手を組むと、額を乗せるように俯いた。
「それはまずい」
その声は真剣味を帯びている。
「……万が一父上に知られたら大目玉を食らう。そういう事は騎士団の役目だと言ってな」
なにその理由。子供か。
「それならどうして危険をおかしてまで悪の討伐を?」
するとユージーンさんはぱっと顔を上げた。
「だって、かっこいいではないか……!」
その瞳はきらきらと輝いている。
「昔から英雄譚を読んで憧れていた。邪悪なドラゴンに挑み、美しい姫を救う話。はたまた民衆を苦しめる悪徳領主を断罪する話。どれも素晴らしく魅力的だった。歳を重ねたら自分も本の中の英雄のように活躍したいと。だが、先ほども言ったように、父上はそれを許してくれないだろう。だから人知れず悪を討伐しているのだ」
これはアレだな。子供が特撮戦隊モノだとかに憧れるようなものだな。この人こそ現実と物語を混同しているんじゃ?
おまけになまじ実力があるものだから、大人になってからも、英雄になりたいという夢を諦めきれないでいるみたいだ。むしろ加速している。いつか怪我でもしたら大変だ。だってユージーンさんはこの国の王子様なんだから。
「私も国王陛下に賛成です。危ないからやめた方が良いんじゃないですか?」
思わず口を挟むも
「それなら『暴れん坊プリンス』の新作を出版してくれるのか?」
と返され口ごもってしまう。
「実はその、今少しスランプ気味で……良い感じのエピソードが思いつかないんですよ」
私はまだこの世界にもあまり詳しくないし。
「だったら実際に俺達が悪を討つところを見学してみると良い」
「はい?」
「ちょうど明日の夜に悪徳公爵を断罪する予定なのだ。お前も一緒に来い。猫娘」
「いや、私はか弱い乙女なのでそういうのはちょっと……」
「心配ない。お前には傷ひとつ付けさせないと誓おう。ノノンとフリージアが」
ひどい他人任せ。
けれど、実際の立ち回りや雰囲気を感じる事ができるというのはちょっと魅力的だ。
そんなことを考えている間にユージーンさんが立ち上がる。
「それでは俺はもう行くぞ。馳走になったな」
「え?」
唖然とする私を置いて、ユージーンさんはさっさとカフェから出て行ってしまった。私の奢りで……。
服飾店で『着られる毛布』を販売する代わりに、毎月いくらかの報酬を得られるように、という取引を成立させた私は、ぶらぶらと街を歩いていた。
そうだ。カツサンドの材料買って帰らないと。契約成立の記念に、いつもよりちょっと高級なお肉にしようかなあ。
「おい、猫娘」
突然背後から声が飛んできた。反射的に振り返ると、そこにいたのはユージーンさん。
「こ、これはこれはユージーン様、ご機嫌麗しゅうございます」
一応王族だし。と、自分の知る限りの丁寧な対応を心がけると
「堅苦しい挨拶はよせ。周囲の庶民に怪しまれるではないか。庶民が庶民に接するように、俺にも接するのだ」
ええー、めんどくさいなあ。
でも、堅苦しい挨拶よりは楽だ。
私は軽く咳払いするとユージーンさんに問う。
「ええと、ユージーンさんはこんなところで何をしてるんですか?」
「庶民どもの生活を視察している」
うわあ、相変わらず偉そう。
「しかしちょうどよかった。今の俺は歩き回ったせいで喉が渇いているのだ」
「はあ、そうですか……」
しばしの沈黙
ユージーンさんはため息を漏らした。
「察しの悪い娘だな。俺が喉が渇いたと言えば、近くのカフェまで案内するのが当然であろう?」
な、なにそれ。そんなのわかるわけないじゃん。
「ええと、そういうのはノノンちゃんかフリージアさんに任せた方がよろしいのでは? 私よりユージーンさんの好みを知っているだろうし」
「俺は庶民の好みも知りたいのだ。それにあの二人は今、任務を遂行中で別行動だ」
それで代わりに私に接待しろというのか。無茶苦茶だなあ。
しかしこの人は私が「アラン・スミシー」だと知っている。ここで断ったらそれをバラされる恐れもある。
少し悩んだ後に、結局カフェへ案内することになった。
だって正体をバラされたら恥ずかしいし……。
◇◇◇◇◇
周囲では笑いさざめくお客たち。その殆どが若い女性だ。
ピンク系統でこれでもかとまとめられた店内は、なんともファンシーな雰囲気を漂わせている。
どうだどうだ。男性がこんな男女比率0.5:9.5の乙女チックカフェで過ごすのは恥ずかしいだろう? そうだろう?
そう考えて、敢えてここにユージーンさんを連れてきたのだが
「うむ。なかなか庶民的な味だな」
などと言いながら、なんでもないように優雅に紅茶を飲み、チョコレートケーキにまで手を出している。
なんという鋼メンタル。見習いたい。
「そういえば猫娘。最近『暴れん坊プリンス』の新作が発売されていないではないか。なぜだ?」
「しーっ! 声が大きい……! 私が『暴れん坊プリンス』の作者だってバレたらどうするんですか……! ユージーンさんだって城下町で正体がバレるのは嫌でしょう?」
抗議すると、ユージーンさんは少しの間考えるそぶりを見せた後で
「そうだな。すまない。軽率だった」
案外素直に謝ったあとで続ける。
「しかし、あの本は俺の民衆からの支持率向上に大いに役立っているのだ」
「はい? どういう意味ですか?」
『暴れん坊プリンス』がなんでユージーンさんの支持率と関係あるの?
「人間というものは、しばしば物語と現実を混同することがある。『暴れん坊プリンス』の主人公である第三王子が活躍すればするほど、現実での第三王子である俺の評価もうなぎ登りなのだ」
そういえば、テレビドラマだとかで悪役を演じた役者さんに、視聴者から嫌がらせの手紙が届いたと聞いたことがある。それの逆バージョンだろうか?
そういう事なら、作中に登場する猫耳亜人娘をめちゃくちゃ有能に描写してみようかな。
でも……。
「それなら最初からユージーンさんの正体を明かして、現実の悪党を成敗すれば良いのでは?」
名声が欲しいなら自ら名乗りをあげるのが一番だ。
だが、その言葉に、ユージーンさんは両ひじをテーブルに乗せ、両手を組むと、額を乗せるように俯いた。
「それはまずい」
その声は真剣味を帯びている。
「……万が一父上に知られたら大目玉を食らう。そういう事は騎士団の役目だと言ってな」
なにその理由。子供か。
「それならどうして危険をおかしてまで悪の討伐を?」
するとユージーンさんはぱっと顔を上げた。
「だって、かっこいいではないか……!」
その瞳はきらきらと輝いている。
「昔から英雄譚を読んで憧れていた。邪悪なドラゴンに挑み、美しい姫を救う話。はたまた民衆を苦しめる悪徳領主を断罪する話。どれも素晴らしく魅力的だった。歳を重ねたら自分も本の中の英雄のように活躍したいと。だが、先ほども言ったように、父上はそれを許してくれないだろう。だから人知れず悪を討伐しているのだ」
これはアレだな。子供が特撮戦隊モノだとかに憧れるようなものだな。この人こそ現実と物語を混同しているんじゃ?
おまけになまじ実力があるものだから、大人になってからも、英雄になりたいという夢を諦めきれないでいるみたいだ。むしろ加速している。いつか怪我でもしたら大変だ。だってユージーンさんはこの国の王子様なんだから。
「私も国王陛下に賛成です。危ないからやめた方が良いんじゃないですか?」
思わず口を挟むも
「それなら『暴れん坊プリンス』の新作を出版してくれるのか?」
と返され口ごもってしまう。
「実はその、今少しスランプ気味で……良い感じのエピソードが思いつかないんですよ」
私はまだこの世界にもあまり詳しくないし。
「だったら実際に俺達が悪を討つところを見学してみると良い」
「はい?」
「ちょうど明日の夜に悪徳公爵を断罪する予定なのだ。お前も一緒に来い。猫娘」
「いや、私はか弱い乙女なのでそういうのはちょっと……」
「心配ない。お前には傷ひとつ付けさせないと誓おう。ノノンとフリージアが」
ひどい他人任せ。
けれど、実際の立ち回りや雰囲気を感じる事ができるというのはちょっと魅力的だ。
そんなことを考えている間にユージーンさんが立ち上がる。
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