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メガネの準備
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翌朝も、花咲きさんは
「送ってやる」
と言いながら私についてこようとした。
その心遣いは嬉しい。嬉しいけれど、寝不足であろう花咲きさんを、太陽ギラギラな場所へ連れ出すのは気がひける。
「だ、大丈夫ですよ。朝は大勢の人目もありますし。それより花咲きさんこそ寝不足なんでしょ? 休まないとお仕事に支障が出ちゃいますよ。私なら平気ですから」
断腸の思いでなだめると、花咲きさんも渋々納得したようだ。
「それならこれを持っていけ」
と、花咲きさんが持ってきたのは白い日傘。フリルがついていてかわいい。
「外は陽射しが強いからな」
まさか昨日の会話の流れで買っていた?
でも、この日傘って、どう見ても女性向けのデザインだ。
もしかして、もしかして、私のために……?
うわー、どうしよう。嬉しい。
「ありがとうございます、花咲きさん。使うのが惜しいくらい嬉しいです」
「大袈裟だな」
「そんなことありませんよ。大事に使いますね」
私は感謝の念とともに「いってきますのはぐはぐ」のため、花咲きさんの背中に手を回した。
◇◇◇◇◇
「いやー、似合いますよ。良い! とても良い!」
「そ、そうですか。それならこの商品で――」
「次はこれをかけてみましょう!」
「…………」
ランチタイム後の休憩時間。私とクロードさんはメガネ店にいた。
ノノンちゃんは兄(偽)であるユージーンさんと過ごすという大義名分があるので一緒ではない。ずるい。
この世界には亜人用のメガネもあるようで、猫耳の私にもかけられるメガネが揃っている。
ささっと選んで帰る予定でいたのだが、クロードさんが粘る粘る。
あるメガネを試着したと思ったら、別のメガネを勧めてくる。それを先程から繰り返しているのだ。まるで着せ替え人形のメガネバージョンみたい。
なんだろう。彼女の買い物に付き合わされる彼氏ってこんな心境なのかな……とりあえず早く終わって欲しい……。
「いやー、そのメガネも似合ってらっしゃる。これは迷いますねえ」
結局どれも似合ってるの? それじゃあなおさらどれでも良いじゃん。
なんて、心の中で呟く。
この世界には、金属製のフレームのメガネしか無いようで、おのずと選択肢も限られてくる。くるはずなのに、これはいったいどういうことだ。
業を煮やした私は、次にクロードさんが
「良いですねえ。似合ってますよ」
との言葉に被せるように
「それじゃあこれにしましょう! 店員さーん、お会計よろしくお願いしまーす!」
と、無理矢理お会計へと持ち込んだのだった。
クロードさんは
「他のメガネも試したかったのに……」
などと呟いていた。
気を取り直してメガネ代を払おうかとお財布を出すと、クロードさんが間に入ってきた。
「ここは私に出させてください。元々メガネデーを提案したのは私なんですから」
な
なんという紳士。そういう事ならもう少し試着に付き合っても良かったかなあ。
「レンズはどうされますか?」
店員さんの問いにクロードさんは
「度の入っていないものでお願いします。レンズなんてただの飾りですからね」
などと答えていた。
◇◇◇◇◇
「すみません。メガネ代を出して頂いちゃって……」
「いえ、お気になさらず。これでメガネ人口が増えるのなら何よりです」
メガネデーしかメガネをかけない予定の私は、はたしてメガネ人口に含まれるのだろうか。
そんなことを考えながらお店へ戻ると、ユージーンさんが来ていた。
「猫娘、どこへ行っていたのだ」
なんで私に振るの? 見るからに有能そうなクロードさんに振ってよ……!
しかし、王子様を無視するわけにもいかず
「ええと、メガネを買ってきたんです。『メガネデー』のために」
「メガネデー?」
趣旨を説明すると、ユージーンさんは首を傾げてノノンちゃんに目を向ける。
「妙だな。ノノンはそんなこと言ってなかったぞ。もうメガネは用意してあるのか?」
ノノンちゃんはびくりと肩を震わせる。
「そ、それは、わたしにとってはお兄様と過ごす時間の方が大切だったものですから……」
明らかに狼狽えている。それはそうだろうなあ。建前上は兄という事になっているが、ユージーンさんはノノンちゃんの上司的存在なんだろうから。
しかもその部下が、潜入先で店の方針に従わないとなれば問題だ。
「良いかノノン。お前はここで世話になっている身なのだぞ。我儘を通せる立場ではないのだ」
「……ごめんなさい」
「わかったのならば良い。それでは我らもメガネを買いにゆくぞ」
「はい……」
そうしてユージーンさん達もメガネを買うためにお店を出て行った。
どうやらノノンちゃんもメガネの呪縛からは逃れられないようだ。
◇◇◇◇◇
そして訪れた『メガネ執事&メガネメイドデー』の日。
どうしてメガネと執事&メイドが合体しているのかというと、
「そのほうが良いに決まっています!」
との、クロードさんの謎の主張でそうなってしまったのだ。
真偽はともかく、以前にクロードさんが主張していた三つ編みお下げ姿にしてからメガネをかけると
「素晴らしい! 完璧ですよユキさん!」
という賛辞のお言葉を頂いた。
少し良い気分でいると、クロードさんはメガネをかけたノノンちゃんにも
「素晴らしい! 完璧ですよノノンさん!」
だとか言っていた。もうメガネならなんでも良いんじゃないの? この人は。
ともあれ、慣れないメガネ姿で接客してゆくと、ミーシャ君がやってきた。
「あれ? ユキさんメガネにしたの? 髪型も変わっていつもと雰囲気が違うね」
「ええと、変ですかにゃん?」
「ううん。すごく似合ってるよ! いつもとはまた違う良さがあって」
おお、褒められた。
クロードさんの案は意外と好評みたいだ。
そういうわけで、意外な好評を得た結果、週に2日あった執事&メイドデーのうち、1日はメガネ執事&メガネメイドデーとなったのだった。
それはそれとして、褒められると花咲きさんにも見てもらいたくなる。
閉店後、雑務を終えてお店を出ると、今日も花咲きさんが店先で待っ ていてくれた。
「花咲きさん」
声をかけると花咲きさんは何度か瞬きをした後で
「ああ、お前か。暗いから別人かと思ったぞ。紛らわしいからいつも通りの格好でいてくれ」
……そうですか。
「送ってやる」
と言いながら私についてこようとした。
その心遣いは嬉しい。嬉しいけれど、寝不足であろう花咲きさんを、太陽ギラギラな場所へ連れ出すのは気がひける。
「だ、大丈夫ですよ。朝は大勢の人目もありますし。それより花咲きさんこそ寝不足なんでしょ? 休まないとお仕事に支障が出ちゃいますよ。私なら平気ですから」
断腸の思いでなだめると、花咲きさんも渋々納得したようだ。
「それならこれを持っていけ」
と、花咲きさんが持ってきたのは白い日傘。フリルがついていてかわいい。
「外は陽射しが強いからな」
まさか昨日の会話の流れで買っていた?
でも、この日傘って、どう見ても女性向けのデザインだ。
もしかして、もしかして、私のために……?
うわー、どうしよう。嬉しい。
「ありがとうございます、花咲きさん。使うのが惜しいくらい嬉しいです」
「大袈裟だな」
「そんなことありませんよ。大事に使いますね」
私は感謝の念とともに「いってきますのはぐはぐ」のため、花咲きさんの背中に手を回した。
◇◇◇◇◇
「いやー、似合いますよ。良い! とても良い!」
「そ、そうですか。それならこの商品で――」
「次はこれをかけてみましょう!」
「…………」
ランチタイム後の休憩時間。私とクロードさんはメガネ店にいた。
ノノンちゃんは兄(偽)であるユージーンさんと過ごすという大義名分があるので一緒ではない。ずるい。
この世界には亜人用のメガネもあるようで、猫耳の私にもかけられるメガネが揃っている。
ささっと選んで帰る予定でいたのだが、クロードさんが粘る粘る。
あるメガネを試着したと思ったら、別のメガネを勧めてくる。それを先程から繰り返しているのだ。まるで着せ替え人形のメガネバージョンみたい。
なんだろう。彼女の買い物に付き合わされる彼氏ってこんな心境なのかな……とりあえず早く終わって欲しい……。
「いやー、そのメガネも似合ってらっしゃる。これは迷いますねえ」
結局どれも似合ってるの? それじゃあなおさらどれでも良いじゃん。
なんて、心の中で呟く。
この世界には、金属製のフレームのメガネしか無いようで、おのずと選択肢も限られてくる。くるはずなのに、これはいったいどういうことだ。
業を煮やした私は、次にクロードさんが
「良いですねえ。似合ってますよ」
との言葉に被せるように
「それじゃあこれにしましょう! 店員さーん、お会計よろしくお願いしまーす!」
と、無理矢理お会計へと持ち込んだのだった。
クロードさんは
「他のメガネも試したかったのに……」
などと呟いていた。
気を取り直してメガネ代を払おうかとお財布を出すと、クロードさんが間に入ってきた。
「ここは私に出させてください。元々メガネデーを提案したのは私なんですから」
な
なんという紳士。そういう事ならもう少し試着に付き合っても良かったかなあ。
「レンズはどうされますか?」
店員さんの問いにクロードさんは
「度の入っていないものでお願いします。レンズなんてただの飾りですからね」
などと答えていた。
◇◇◇◇◇
「すみません。メガネ代を出して頂いちゃって……」
「いえ、お気になさらず。これでメガネ人口が増えるのなら何よりです」
メガネデーしかメガネをかけない予定の私は、はたしてメガネ人口に含まれるのだろうか。
そんなことを考えながらお店へ戻ると、ユージーンさんが来ていた。
「猫娘、どこへ行っていたのだ」
なんで私に振るの? 見るからに有能そうなクロードさんに振ってよ……!
しかし、王子様を無視するわけにもいかず
「ええと、メガネを買ってきたんです。『メガネデー』のために」
「メガネデー?」
趣旨を説明すると、ユージーンさんは首を傾げてノノンちゃんに目を向ける。
「妙だな。ノノンはそんなこと言ってなかったぞ。もうメガネは用意してあるのか?」
ノノンちゃんはびくりと肩を震わせる。
「そ、それは、わたしにとってはお兄様と過ごす時間の方が大切だったものですから……」
明らかに狼狽えている。それはそうだろうなあ。建前上は兄という事になっているが、ユージーンさんはノノンちゃんの上司的存在なんだろうから。
しかもその部下が、潜入先で店の方針に従わないとなれば問題だ。
「良いかノノン。お前はここで世話になっている身なのだぞ。我儘を通せる立場ではないのだ」
「……ごめんなさい」
「わかったのならば良い。それでは我らもメガネを買いにゆくぞ」
「はい……」
そうしてユージーンさん達もメガネを買うためにお店を出て行った。
どうやらノノンちゃんもメガネの呪縛からは逃れられないようだ。
◇◇◇◇◇
そして訪れた『メガネ執事&メガネメイドデー』の日。
どうしてメガネと執事&メイドが合体しているのかというと、
「そのほうが良いに決まっています!」
との、クロードさんの謎の主張でそうなってしまったのだ。
真偽はともかく、以前にクロードさんが主張していた三つ編みお下げ姿にしてからメガネをかけると
「素晴らしい! 完璧ですよユキさん!」
という賛辞のお言葉を頂いた。
少し良い気分でいると、クロードさんはメガネをかけたノノンちゃんにも
「素晴らしい! 完璧ですよノノンさん!」
だとか言っていた。もうメガネならなんでも良いんじゃないの? この人は。
ともあれ、慣れないメガネ姿で接客してゆくと、ミーシャ君がやってきた。
「あれ? ユキさんメガネにしたの? 髪型も変わっていつもと雰囲気が違うね」
「ええと、変ですかにゃん?」
「ううん。すごく似合ってるよ! いつもとはまた違う良さがあって」
おお、褒められた。
クロードさんの案は意外と好評みたいだ。
そういうわけで、意外な好評を得た結果、週に2日あった執事&メイドデーのうち、1日はメガネ執事&メガネメイドデーとなったのだった。
それはそれとして、褒められると花咲きさんにも見てもらいたくなる。
閉店後、雑務を終えてお店を出ると、今日も花咲きさんが店先で待っ ていてくれた。
「花咲きさん」
声をかけると花咲きさんは何度か瞬きをした後で
「ああ、お前か。暗いから別人かと思ったぞ。紛らわしいからいつも通りの格好でいてくれ」
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