異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

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学園入学編

試食会

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 お休みの日の午後、私はヴィンセントさんとともに、すっかり雪の積もった街を歩いていた。
 私はカレールーのたくさん詰まった布袋を、ヴィンセントさんはカレーのたっぷり入った重たい寸胴鍋を持って。
 ついた先は「銀のうさぎ亭2号店」。
 なんだか懐かしいなあ。学校に入学してからは、なんだかんだで忙しくて、足を運ぶ機会もなかったから。

「こんにちはー。かわいいかわいいユキちゃんがやってきましたよー」

 言いながら扉を開けると、レオンさん、クロードさんとメアリーアンさんがこちらを振り向く。この面々も懐かしい。

「なーにが『かわいいかわいいユキちゃん』だよ。自分で言うなっての」

 レオンさんの悪態が飛んでくる。

「なにを言う。ユキは本当に可愛いぞ」
「あー、この旦那バカ。バカ嫁とお似合いだぜ、まったく。ノロケ禁止! それで、今日は何の用なんだ? 休憩時間にメシ食わずに待ってろとか、白米炊いて用意しとけとか、わけわかんねえ手紙よこしやがって。こっちは腹が減って気が立ってんだよ」
「す、すみません……」
「まあまあレオンさん、そのくらいで。ユキさんも反省しているようですし」
「そうよ。真の紳士というものは、もっと大きくどっしりと構えているものですよ」

 間に入ってくれたのは気遣い紳士クロードさんに、レオンさんのお姉さんのメアリ―アンさん。
 二人になだめられて、とりあえずレオンさんは大人しくなった。
 
「今日はみなさんに食べて欲しいものがあって、作って持ってきたんです。ちょっと厨房をお借りしますね」

 厨房に持ってきてもらった寸胴鍋から、中身のカレーを人数分の少し小さな鍋に移し、かまどの火で温める。
 お鍋の中身がほどほどに丁度良く温まる頃

「おい、店の前に馬車が止まって誰か出てきたぞ。ネコ子、手紙に書いてあったお前のお友達とやらじゃねえのか?」
「あ、たぶんそうです!」

 お鍋をかまどから降ろすと、急いで入口へ向かう。
 ドアを開けると、そこにはジェイド君。すぐにもう一台馬車が到着し、そちらから降りてきたのはミリアンちゃん。

 私が今日企画したのは、カレー試食会。それに銀のうさぎ亭2号店の人々と、カレールーを作るのに協力して貰ったミリアンちゃんとジェイド君を呼んだのだ。
 しかし二人とも名家のご子息にご令嬢であった。まさか馬車でくるとは……
 ともあれ私は二人を出迎える。

「二人とも、今日は来てくれてありがとう。さあ、入って入って」

 戸惑う二人を強引に招き入れると、微妙な空気が漂った。

「ええと、この二人は、私と同じ学校の友達で、ジェイド君とミリアンちゃん」

 一応紹介するも、初対面同士のどこか気まずいあの空気。まずいな。どうしよう。
 と、クロードさんが立ち上がった。

「お初にお目にかかります。私はこの食堂でウェイターを務めておりますクロードと申します。以後お見知り置きを」

 優雅にお辞儀をする。
 続いてメアリ―アンさんも立ち上がる。

「わたくしはウェイトレスのメアリ―アンと申します。よろしくお願いいたしますね」

 2人の挨拶に正気を取り戻したのか、ミリアンちゃんとジェイド君もそれぞれ挨拶すると、テーブルにつく。
 まだまだ雰囲気は良いとはいえないが、ささっとカレーを出してしまおう。美味しいものを食べながらなら、気持ちもほぐれてゆくであろう。
 厨房に戻ると、レオンさんの用意してくれていた白米と、温め直したカレーをお皿に盛る。
 みんなに配ると、ヴィンセントさん以外が戸惑っている。

「これは『カレーライス』といって、私の国ではポピュラーな食べ物でした。それがこの国でも再現できるようになったので、是非みなさんに食べていただきたくて。こんな事で呼び出してごめんなさい。どうぞスプーンですくって召し上がってください」

 怪訝な顔をしていた面々だが、ヴィンセントさんが躊躇いなく口にした事で、それに倣うようにスプーンで口に運ぶ。

「こ、これは……!」
「……なんて美味しい」
「今まで食べたことのない味ですね」
「そうだろうそうだろう。ユキの作る料理は美味いのだ」
「ノロケ禁止だって言ったろ。けど、確かにこれはうめえな」

 みんなから賞賛の声が上がる。
 よ、よかった。このためにみんなの時間を貰ったんだもん。美味しくなかったら目も当てられない。



「まあ、ティーケーキ家というと、もしかしてミリアンさんは、あのマクシミリアンさんですの?」
「ええ、よくご存じでいらっしゃいますね」
「気を悪くしたらごめんなさい。あの出来事にはわたくしも驚いたものだから。そういえば――」

 緊張がほぐれてきたのか、ミリアンちゃんとメアリーアンさんが談笑を始めた。
 その隣ではジェイド君とクロードさんが話し込んでいる。

「グランデール家といえは、魔法の扱いに長けた一族と聞いています。ジェイドさんにもその血が受け継がれているのでしょう。だからユキさんは、この『カレーライス』という料理を完成することができたんですね」
「そんな、大げさですよ。最終的にはユキさんの力なんですから」

 その様子をちらっと眺めながら、私はレオンさんに切り出す。

「レオンさん、この料理、このお店のメニューに加えてみませんか?」
「マジか。こっちとしては願ったり叶ったりだけどな。お前はそれで良いのか?」
「何のためにここでカレー試食会を開いたと思ってるんですか。レオンさんに食べてもらいたかったからですよ。ここに作りかたのメモと、カレールーをたくさん持ってきました」

 私はカレールーの詰まった布袋を見せる。

「お前、最初からそのつもりだったんだろ。でなきゃこんなもの用意してるわけねえ」

 バレてた。愛想笑いをすると、レオンさんが苦笑する。

「いいぜ。今日のディナーからでもメニューに加えてやる。それくらいの価値はありそうだ」
「ほんとですか!? やったあ!」
「しかし、メニュー名はどうするかなあ……『スパイスの織りなす奇跡のハーモニー』……いや、それとも……」

 またこのお店の名物、個性的なメニュー名を考える事に必死なようだ。
 私はとりあえず無言を貫く事にした。


 ◇◇◇◇◇


「ミリアンちゃん、ジェイド君、今日はこんな事で呼び出してごめんね。どうしても二人にカレーライスを食べてもらいたかったから」
「そんな、謝らないで。カレーライス、とってもおいしかったわ。また食べたいくらい」

 優しい。ミリアンちゃん能天使!

「正直時間の無駄……とは思いましたが実際に口にして気が変わりました。あのような不思議で美味なるものを食するのは、初めてかもしれません」

 おお、ジェイド君からも好感触。

「しかし、あのクロードさんというウェイターが、このような下町の食堂に勤めているとは。正直驚きました。まるでどこかの執事のようです」

 その言葉に同調するようにミリアンちゃんも頷く。

「あのメアリーアンさんという方も、名前だけで私の素性をすぐに当てられて、正直驚きましたわ。立ち居振る舞いもどこかのご令嬢のよう」

 まずい。2人がクロードさんとメアリーアンさんに疑問を持っている。

「あ、あの二人は昔貴族の家で働いてたんだって。だからじゃないかな?」

 私の苦し紛れの言い訳に

「なるほど」
「まあ、そういう事でしたの」

 一応は納得してくれたようだ。はー、危なかった。

 私は二人のそれぞれの馬車を見送りながら、ひたいに浮かんだ冷や汗をぬぐったのだった。
 
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