うせもの探しの魔女

金時るるの

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思わぬ危機

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 買い物ついでに魔術師協会に寄り道したら、エルミーナさん達とついつい話し込んでしまった。大急ぎで残りの買い物を済ませ、帰路へとつく。
 既に日は暮れかかり、夕闇があたりを支配し始めている。
 まずい。こんなに遅くなるなんて思ってなかった。アルベリヒさんに怒られちゃうかな……。

 その時、わたしは近道の存在を思い出した。最近エルミーナさんに聞いて知ったのだが、このあたりに細い路地があって、そこを抜けるとアルベリヒさんの家のそばに出ることができるらしいのだ。
 確かパン屋の横の……あ、きっとここだ。
 パン屋の建物の横には薄暗い路地があり、奥へと伸びていた。
 この時間は暗くてちょっと気味悪いけど、背に腹は変えられない。わたしは思い切ってその路地へと足を踏み入れた。

 早足で歩いていると、気味の悪さには徐々に薄れてきた。なんだ。別に何も起きないじゃないか。ネズミ一匹見あたらない。薄暗いというだけで怯えていたのが馬鹿らしい。すっかり安心しきって鼻歌の一つでも口をついて出そうになったその時

「なあ、そこのお嬢ちゃん」

 不意に背後からかけられた声に、心臓が飛び出しそうなくらいに驚いた。
 おそるおそる振り向くと、そこには二人の男性。言ってはなんだが、身なりがあまり良くない。くたびれた服を着て、無精髭が目立つ。目つきもなんだかギラギラしている。

「あの、何か?」

 おそるおそる声を上げるも、男達はそれに答えることなく、どこか下卑た笑いを浮べながら、ゆらりとわたしに近づいてくる。
 なんだろう。怖い。
 そこに来て、自分はどうしてこんな暗い道を選択してしまったのかという後悔の感情が生まれた。近道だからなんて考えるんじゃなかった。これはきっと、関わってはいけない人たちだ。早くここから立ち去らなければ。

 咄嗟に走り出そうと踵を返す。が、わたしはすぐに足を止めた。路地の反対側にもう一人、似たような身なりの男が、わたしの行く手を遮るように立ちふさがっていたからだ。

「お嬢ちゃん、ちょっと俺たちと一緒に来てもらうぜ?」

 その言葉の直後、背後から伸びてきた手に腕を掴まれ、わたしは乱暴に地面に引き倒された。うつぶせになったところを後ろ手に手を組まされ、しっかりと押さえつけられる。
 咄嗟に叫び声を上げようとするも、口には素早く猿ぐつわをかまされ、くぐもった声しか出せない。その理不尽な拘束から逃れようと精一杯抵抗するも、押さえつける手はびくともしない。
 目の前には地面に転がった買い物籠と、そこから飛び出したいくつかの林檎。
 それがわたしの見たものの最後だった。
 次の瞬間、鼻から口元を覆うように布のようなものが押し当てられ、わたしの意識は暗闇へとおちて行った。


 ◇◇◇◇◇


「おい、起きろ」

 その声と、乱暴に肩を揺さぶられる感覚でわたしはうっすらと目をあける。誰かがわたしの顔を覗き込んでいる。薄暗い上に逆光でその人物の顔はよく見えない。
 わたし、どうなったんだっけ。たしか、知らない男の人たちに囲まれて……。
 そこまで考えてはっとした、そうだ。わたし、あの路地で襲われて――
 咄嗟に身体を起こそうとして、身動きもままらなないことに気付く。どうやら手足を縛られて固い床の上に転がされているようだ。後ろ手に縛られた手首が痛い。口にも猿ぐつわをかまされ、くぐもった声しか出せない。
 そんな状態のわたしを見て、顔を覗き込んでいた人物が背後を振り返ってせせら笑う。

「おい、魔女様のお目覚めだぜ」

 この人たちはわたしが魔女だって知ってる……?   まさか、これは無計画な拐かしではなく、最初からわたしが目的だった……?
 わ首だけを必死に巡らせて周囲の様子を窺う。
 どうやらここはどこかの部屋のようだ。グラスの載った簡素なテーブル、その周りの椅子には二人の男が腰掛けていた。薄ぼんやりとしたランプの灯りに照らされ、男たちの長い影が壁に伸びている。視線を下に移せば、うっすら埃の積もった冷たい石の床には何枚かのカードが散らばっている。他には何も無い、殺風景な部屋。
 やがて座っていた男達も立ち上がり、わたしの様子を窺うように周囲に集まってきた。三人の知らない男たち。そのうちのひとりがランプをかざしながら目の前に屈み込む。どうやらこの人がリーダーみたいだ。

「やあ、目が覚めたかね。お嬢ちゃん。気分はどうかな? まあ良いはずないだろうけどな」

 だれ? どうしてわたしをこんな目に?
 聞きたい事はたくさんあったが、猿ぐつわをかまされたままのわたしは、言葉にならない唸り声を漏らすだけだった。

「安心しなよ。俺達のいう事を聞いてくれさえすれば、すぐにおうちに返してやるからさ」

 男はにやりと笑う。どこか悪意を感じるような、寒気を催す笑顔。わたしの背中に悪寒が走る。

「聞いたよお嬢ちゃん。あんた、魔法が使えるんだってな。望んだものをその場に出すとかいう魔法。俺達はな、金が欲しいんだよ。ひとつ、あんたの魔法でこの部屋を金貨で一杯にしてくれねえかな」

 その言葉に、わたしは目をぱちぱちと瞬かせた。
 違う、この人たちは勘違いをしている。わたしにそんな魔法は使えない。使えるのは、失せ物を持ち主の元に返す魔法。どこで話が捻じ曲がってしまったんだろう。
 思わずくぐもった声を上げるが、それを押しとどめるように男は続ける。

「今からあんたの猿ぐつわを外してやる。ただし、それは魔法を使わせるためだ。妙な真似したらどうなるか……」

 男が鋭く光るナイフをわたしのすぐ目の前でちらつかせたので、わたしは何度も頷く。
 すると一人の男がわたしの背後へまわり、襟首を掴んで引っ張り上げ、乱暴に床に座らせると猿ぐつわを解いた。それを見計らって、わたしは誤解を解くため堰を切ったように話しだす。

「あ、あなた達は勘違いをしています。わたしが使えるのは、失せ物探しの魔法で――」
「はあ? 失せ物探し? ……どういうことだよ」

 使えるのはあくまで失くしたものを持ち主のいる場に召喚する魔法であり、望んだものをその場に出すものでは無いという事。わたしが説明すると、男達は顔を見合わせる。

「そ、そういうわけで、わたしには、お金なんて出せないんです。だからお願いです。家に帰してください……!」

 話を聞いた男達は、わたしに背を向けると頭を寄せ合って何やらひそひそと話し合う。「話が違う」などという言葉も聞こえる。
 暫く揉めていたようだったが、ようやく話が纏まったのか、やがて先ほどのリーダーらしき男がわたしを見下ろして告げる。

「そういう事なら仕方ねえな」

 その言葉に微かな希望を抱く。もしかして、自由にしてくれるんだろうか?
 しかし、その後に続く男の言葉はそれを裏切るものだった。

「俺たちがこれまでに『失くした金』をここに出してくれよ。それならできるだろ? そりゃ、この部屋一杯とはいえないだろうが、それでも結構な額になるはずだ。それで我慢してやるよ」

 それって、自分の身から離れた分、おそらく紛失したものだけでなく、売買や賭け事などで人手にわたったものも含まれているのだろう。わたしの魔法はそれに関しては都合悪く、おそらくそういうものも失せ物として認識してしまうはずだ。アルベリヒさんが隠した万年筆を見つけ出したときだってそうだ。本当は失くしたわけではないものでも、持ち主の手から離れてしまえば、わたしの魔法はそれを失せ物だと認識して効力を発揮してしまうのだ。

「そ、そんな……それって、泥棒と同じ……」
「ああ? 失くした金だって言ってるだろ? 失せ物に違いないはずだぜ。まさかできないって言うのか?」

 男が鋭く光るナイフをこちらに差し向けながら凄むので、わたしは首を竦めて顔を背ける。
 怖い……こんなところ早く逃げ出したい……言われた通りに魔法を使えば、家に帰してくれるのかな……でも、そうしたらわたし、泥棒になっちゃう。そんなのいやだ……。
 その時、何かに気付いたように男が声を上げる。

「お嬢ちゃん、なかなか上等なもの付けてんじゃねえか。売れば結構な値になりそうだ」

 そう言いながらわたしの頬の辺りに手を伸ばしてきた。
 そこにあるのは確か……そうだ、イヤリングだ。だ、だめ! それはアルベリヒさんに貰った大切な――
 その瞬間、耳元で鋭いバチッという音がして、男が「痛ってえ……!」と手を引っ込める。

「なんだこれ、雷みたいなものが出やがった……!」
「え……?」

 雷? どうしてそんなものが……
 男は少しの間自分の右手の様子を確認していたが、大した事はないとわかると怒気をはらんだ声を張り上げる。

「妙な真似しやがって! おい、今すぐその耳のもんをこっちによこしやがれ!」
「い、いや……」
「逆らうんじゃねえ! あんた、自分の状況がわかってねえみてえだな。いう事を聞かねえってんなら、耳ごと削ぎ落としてやるからな!」

 その言葉にわたしは息を呑んだ。
 男は激昂している。冷静さを欠いたまま、自分の言葉を実行しようとわたしにじりじりと近づいてくる。
その鋭いナイフの切っ先が目の前に迫る。

「いや……やめて……」

 わたしは自由のきかない身体で必死に後ずさろうとするも、手足を縛られたままでは上手くゆくはずもなく、再び床に身体ごと倒れてしまう。
 その無様な様子を見下ろしながら男がせせら笑い、わたしの耳を切りつけようとナイフを振り上げる。
 次に襲うであろう衝撃と痛みをを想像し、思わず目を固く閉じた。

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