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少し前の話

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**ミア(アリーの元侍女、少し前の話)

アリア様がご不在になられたので、私も役目を終える。それが一番自然だけど、ご不在になられた理由が極秘なだけに、堂々と王宮を去る訳には行かなかった。
様々な噂が飛び交う前には、王宮を出たいのだけど・・・いつまでもシラを通すのは無理がある。とりあえず数日間は何事もなかったかのように過ごしつつ、頃合いを見計らっていた。



「ねぇミラ・・」

ベッドの脇に腰掛けると、サーヤが話し掛けて来た。

「なぁに?」

「・・あなたは、殺されたりはしないわよね?」

横になったサーヤの髪を撫でると、手を伸ばしてぎゅっと掴んできた。そのまま胸の辺りまで引っ張り、両手で包み込む。手は、冷たかった。

「ええ。大丈夫よ。」

出来るだけ、優しい声で言った。

「あなたは、どこにも行かないわよね?」

サーヤの問いに、一瞬躊躇し、答えた。

「・・・大丈夫よ。」

サーヤは、震えていた。彼女は、陛下が夜中にアリア様の部屋にいらっしゃった時、部屋の近くの廊下に居合わせた女中の1人で、運良く生き延びることができた人物だった。

運良く生き延びたけど、アリア様が殺された(と、思い込んでいる)ショックと、自分もまた他の女中のように殺されるのではないかという恐怖で、未だ仕事に戻れないでいる。
辞めていった仲間も多いのに、サーヤがまだここにいるのは、帰る家がないからだ。

「恐い・・。また、同じ夢を見たの。」

「大丈夫よ。ここは夢じゃないから。」

王宮を去ることの、たった1つの心残り。それがサーヤだった。今の彼女を支えてあげるのは、私しかいない。彼女は、仕事も違うし会える頻度もあまり無かったけど、働き始めた頃からの友人だった。

私が急にいなくなったら、サーヤはどうなってしまうのだろう。アリア様が生きていると教えてあげて、安全なことを知らせてあげたら・・、でも。

悩みに悩んで、出発の直前に、私は、サーヤにだけは本当の事を伝えたのだった。



**

約束の宿に行くと、ノアさんが言っていた通り手紙が預けられていた。手紙には、「1案、予定通り」と書かれてある。つまり、最初の予定通り、ノアさんの実家だ。実家の場所は、あらかじめ聞いてある。問題ないわ。

・・・と、思っていたけど。
あの男、昨日も見た気がする。昨日宿泊した宿の食堂にもいたような・・。もしも同じ男だとしたら、かなり不自然だ。なぜなら私は、足跡を残さないように、出来るだけ馬車を使わないようにしている。つまり歩みが遅い。
もう1日様子をみてみると、やっぱり同じ男が、私と同じ宿に宿泊していた。

その後も男は、近付き過ぎず、離れ過ぎず付いて来た。わざと1人になってみても襲ってこないのは、金品目的ではない。だとすると、尾行されている?でも、なんと言うか、尾行にしては雑な感じがする。それに、陛下は行き先を知っているから陛下ではないし・・・。

他に、他に・・・。その時、席を立った男のマントが椅子にはらりと引っ掛かり、剣の飾りが見えた。

あ・・・・。

胸がひゅっ、となった。似た物を、見たことがある。
アリア様の兄である、ディラン殿下がお持ちになっていたものと、よく似ていた。

目が合いそうになって、慌ててそらした。
不自然に見られないよう、動揺を抑えながら、部屋へ戻る。
頭に思い浮かぶのは、アリア様の悲しむお姿だ。アリア様はディラン殿下が、父のクロヴィス陛下から切り捨てられるのを知りながら、何も出来ずに苦しんでいらっしゃった・・・。

ぞくり、と背中が冷えた。
クロヴィス陛下は、国の為なら、何でもなさるお方だという事を忘れていた。もしもウィレム陛下がアリア様をだしに使ったなら・・・。

・・・アリア様が、消されてしまう。



**アリー

どうしてこんな事になったのか・・・。身体のあちこちは痛むし、足の傷はズキズキと存在感を示していた。それに足首も捻っている。あの晩は眠れなくて・・違った。眠るのが恐くてずっと起きていた、そしてちょっと、外の風当たろうと思っただけだったのに。
それが、気が付いたらベッドの上に横になっていたのだ。

「・・・情けないわ。」

天井を見上げてつぶやくと、視界にミラがひょっこり入ってきた。

「あ、アリーさん、療養施設から連絡があって、いつでも入れるそうです。」

「そう、分かったわ。」

療養施設・・、最初にマーサから提案された時には何の事か分からなかったけれど、そこは怪我や病気の人が療養する為の、専門の施設なのだと教えてもらった。この村からは離れた場所にあるから行くのは大変だけれど、自分の身の回りの事もろくに出来ない今、ノアの家族に迷惑を掛けるよりは、随分と気が楽になれる。

「あの、私はまだ、アリーさんの応援、してますからね。」

さっきからミラは事あるごとに、この言葉繰り返している。

「?ええ、ありがとう。」

今生の別れでもないのに、と心の中で思っていた。
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