碧の海

ともっぴー

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口付け

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**海(菫)

休み時間になったら校舎の裏で、と約束したのに、碧は、平気で私のクラスにまで入って来た。見た目だけですでに目立っている碧に付きまとわれるのは、本当に居心地が悪い。双子の弟といえど子供の頃以来の碧はすっかり男の人で、事情を知らない周りの人がどう思うのか、心配になる。それに、

「ねぇ碧、お願いだから、もうやめてちょうだい。」

碧は、私のことを幼い子供だと思っているかのように世話をやいてきた。正直、戸惑う。

「何でだ? 前はよく・・」
「しっ・・ やめてよ。」

「喋らない」と言ったのに碧は、わざとなのか何なのか、頻繁にちらつかせてくる。そのせいで、その行為が、優しさなのか嫌がらせなのか分からなくなっていた。でも・・・、前もこんな風に世話をやいてくれていたのだっけ?今まではぼやけていて、あまり思い出せなかった碧との思い出が、最近になってふっと思い出されることがあった。

「またやってる。あ~あ、碧さんが菫さんのじゃなかったら良かったのに。全く菫さんは一回会っただけでどうやって手懐けちゃったの?」
「雫さんっ、やめてちょうだい。そんなのじゃないのっ、それなのに手懐けるだなんて、人聞きが悪いわ。」

本当に迷惑しているのに、雫さんや、瑠璃さんは楽しそうに私をからかった。冗談だとしても受け入れられないし、もし十夜さんの耳に入ったらと思うと悲しい。ただでさえ碧と一緒の所を何度も目撃されているというのに。今すぐ弁明に行きたいけど、碧が邪魔でそれも出来なくて、イライラした。

「そうだな、間違っている。俺が菫のじゃなくて、菫が俺のものなんだ。」
「っちょっと! いい加減にしてっ、いつの話してるのよ!」
「え!? なになに? 何の話?」
「あっ、違うっ! 何でもないわよ、もうっ」

碧はにやにやしている。本当にたちがわるい。

イライラが態度に出ていたのか、授業中 十夜さんに指名されてしまい、皆の前で問題を解く事になった。きっと集中していないと思われたのだ、泣きそうになりながらカリカリとチョークを動かしていると、後ろから手がのびてきた。思わず、ぎゅっと身体に力をいれた。

「ここ、間違えているね。」

ふいに、上から声が降ってきた。
その瞬間、はっとする。恥ずかしい。馬鹿なわたしは、抱き締められるかと勘違いしたのだ。

「すみません・・、やり直します。」

泣きそう。

その時、聞き間違えだと思うくらい小さな囁きが耳に届いて、振り返った。

「おっと、危ないよ。」
「あっ、すみません。 え、ええと、解けました。」
「うん、いいね、良くできている。戻っていいよ。」
「・・はい。」

・・・耳元で確かに、「次の時間、部屋に来なさい」と聞こえた気がする。でも信じられなくて、確認するように十夜さんを見つめると、微かに頷いてくれた。次の時間って、次の授業の時間?しかも次も、十夜さんの授業だった筈・・・。頬が、熱くなった。

授業の終わりになって、十夜さんは皆に向かって次の時間は自習するように、と言っていた。
ドキドキと胸が高鳴った。


「ああ、いらっしゃい。」

そっと部屋の扉を開けると、椅子に座って書き物をしていた十夜さんは、手を止めて顔をあげてくれた。開けてから、いつもの癖でノックをし忘れた と慌てたけど、柔らかな声で迎えてくれた。普段は見慣れない眼鏡が1段と素敵に見える。

「あの、私、大丈夫でしょうか?クラスの皆は自習中で・・」
「はは、僕が呼んだのに。入って、扉を閉めてね。」
「は、はいっ。それで・・」
「うん。最近全く話せていなかったから。もしかして家で何か言われたりしてないかな?」
「家で、ですか?いいえ、特には。」

目を瞬いて十夜さんを見た。

「じゃあ、転入生と遊ぶので忙しいのかな?」
「・・っ、そんなことっ、ありません。朝の約束は、ごめんなさい。私は十夜さんに会いたいのですけど、友人達が、その、」

私が朝早くに学校に来ると、碧も来るようになって、そのうち何故か雫さんや瑠璃さんも来るようになっていた。それで毎朝、予習や宿題を見てあげている。頼られるのは嬉しい。必要とされているということだから。だけど、だけど・・ほんの少し・・・朝でなくてもいいのに、と思ってしまう。

「はは、ごめんよ。そんな困った顔はしないで。実はずっと気になっていたことがあってね。」
「さっきの、『家でなにか』ってことですか?」
「ああ。菫君は、もしかしてお父さんに変な事をされたりしてないかな?」
「え?へ、変な事って、何ですか?」

心臓が跳び跳ねる。

「うーん、例えば、普通は親子でしないこととか。」
「どうしてですか? 何でですか、急に・・」
「この間・・君のお父さんに学校の話をした時なんだけどね、なんと言うか、君に対する執着みたいなものを感じてね。」
「執着って・・。お父様は・・お母様だって、私を愛してくれています。」
「うんうん、分かってる。だから、落ち着いて。でも、もしも今後でもおかしなことがあったら・・」
「十夜さんっっ! や、やめて下さいっ。こ、これ以上お父様の事、変な風に言わないで下さいっっ。お父様はっ、お父様は、ちゃんと、普通に私の事を愛して下さっています。それをそんなっ・・  変な事なんてありませんからっっ!」

約束を破ったら嫌われる。
恐怖で、足がすくんだ。

「悪かった。すまない。僕は君を追い詰めるつもりはない、許して欲しい。ただ、心配で・・・。僕は君を愛しているから。」
「えっ・・」

思いがけない十夜さんの言葉に、目を見開いた。

「卒業するまではと思っていたが、先に伝えておくよ。特別なんだ。だから余計な心配をするのも許して欲しい。」
「十夜さんが、私を?」
「ああ。でもそんなに驚くことじゃないだろう、ただ言葉にしていなかっただけで・・」
「わわ私、ちゃんと分かっていなくて、自信がなくて、でも優しくされると嬉しくて、十夜さんがそう思ってくれていたらいいなって、ずっと・・・」

前のめりになってしゃべる私の唇を、十夜さんはそっと指で止めた。

「まだ返事は後でいい。僕だけ言っておいて卑怯だけど、まだ教師と生徒だから。だけど、これぐらいは」
「ん・・・」

お父様とは違う、優しい口付けに、涙がぽろりと落ちた。・・触れる唇が、とろけてしまいそうに熱くて気持ち良くて、たちまち頭がぼーっとしてくる。

「また、ね。」
「はい・・・十夜さん・・・」
「ああ、そうだ、君に紹介したい人がいたのだけど、先方も忙しいみたいだから、また今度。」
「はい・・・十夜さん・・・」

名残惜しくて自分の唇を撫でながら、ふわふわしたまま部屋を出た。
十夜さんが私を、なんて・・・、夢みたい。
両頬を強くつねってみた。

「いっっっっ、いったぁ。」
「おい、何してんだよ。」
「ひっ! あ、碧っ」
「なんだよ、その反応。」
「何でもないっっ。」

まさか碧がいたなんて。碧には絶対詮索されたくない。

「・・・なぁ、俺に何か言うことないか?」

見ると、真っ直ぐに見つめられていてたじろいだ。

「ない、わよ。それより授業はどうしたのよ?」

話をそらそうとしたけれど、強く言えずに、つい視線は下がる。これでは「何かある。」と言ってるようなものだ。

「お前もな。・・・なぁ、やっぱり金、持ってこいよ。」

不機嫌そうな碧の声。

「どうして!? 要らないって言ったじゃない。それに私、自由に出来るお金なんて・・」
「『菫さん』は、いいパパを持ってんだろ?頼めよ。」
「なっ、ど、どういう意味よっ」
「別に。嫌っていうなら俺にすがってみろよ。ほら、ちゃんと頼んでみろよ。」
「なによっ。分かったわよっ、持ってくればいいんでしょ!?」

憤って、手を振り上げたら、振り下ろす前に腕を捕まれた。碧なんて、いなくなったらいいのに。

「ほんと嫌な奴っっ!」

思い切り足を踏むと、手が離され、私はその場から逃げるように走り去った。

碧なんて、碧なんて、碧なんて。

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