碧の海

ともっぴー

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黒耀の隠し事

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**杏奈

黒耀がおかしい。本人は「普通だ」なんて言うけれど、絶対おかしい。「花岡菫」を監視していて廊下で倒れているのを発見した時、直ぐに魔力切れだと分かった。けれど、魔力切れを起こす程の魔力を使った形跡はなかった。

「ズン、どう思う?」

ズンも何かおかしいと感じたのか、朝、黒耀が出ていった後のベッドを入念に調べていた。それにしても、身体がキツいなら休んでいたら良かったのに。私はてっきり黒耀が休むのだと思い込んで、欠勤にしてしまっていたのだ。

「うむむ・・」
「何?何か分かったの?」
「むむ・・・。杏奈様、私の寝床もこのような柔らかな物を所望いたします。」
「・・・」

あきれて睨み付けてやった。だいたいズンは図々し過ぎるのだ。どうして私がズンに衣食住を提供しているのか、謎で堪らない。

「むほっ、失礼。とても素晴らしいベッドだったもので。ええと、黒耀様についてでございますね。ええ、ええ、僅かですが、最初に会った時より弱っておいでのようでございます。」
「弱っている?」
「はい、杏奈様。」

ズンを見ると、ズンの視線は物欲しそうにベッドに向いている。視界に入るように、ドカッとベッドに腰かけた。

「それって、大丈夫なの?」
「・・・むむ。とりあえず、頻繁に魔力切れを起こさなければすぐにどうこうという訳でも無さそうです。ですが、原因がわからことには。」
「魔力切れ・・」

そもそも黒耀が魔力切れを起こすなんてことがおかしい。だけど、よくよく思い出してみると、施設で会ったとき、碧は魔石を欲しがっていた。

「黒耀は、魔力が減っているのかしら?」
「その可能性はございます。名前が消えている時点で、器が壊れているということでございますから。」
「私の魔力、分けてあげたらどうなる?」
「むほ。むほほ。さすが杏奈様、器の破損状況は分かりませんが、満たしておけば安心でございますね。」
「ちゃかさないでよ。私は本気で心配しているんだから。」
「ええ、ええ、分かっております。ただ、むほ。むほほ。」

ズンはいつでもニマニマと笑っていた。



**菫(海)

お昼休憩の時に瑠璃さんと雫さんに休日の件を話すと、快く了承してくれ、また次の休日に、と約束をし直した。
その後、3人で廊下を歩いていたら十夜さんとすれ違った。一瞬目が合っただけで、心臓が跳ねて顔が火照るのは、「愛してる」と言われたせいだ。

「菫さん? 唇がどうかしたの?」
「へっ!? な、なんでもないわ。」

無意識に触れていた指を慌てて下ろした。
午後には十夜さんの授業があるのに、こんな調子ではまともに受けられない気がする。

「ねぇねぇ、十夜先生って素敵よね。」
「えっ! ええと、そうかしら? 私はそんな風には思わないけど。」

私の心が外に漏れていたのかと驚いて、思い切り否定してしまった。

「あら、菫さんの好みではなくて?」
「え、ええ。」
「雫さんたら、菫さんには碧さんがいるじゃないの。」
「違っ、」

否定しようとしても、クスクスと笑って本気にしてくれない。

「ああ、そうだったわね。」
「違うの、本当に違うのに。そんなのじゃないのよ。」
「恥ずかしがらなくったっていいのに。雫さんなんてね、入学式の時から十夜先生、十夜先生って、言ってるわ。」

ええ?今、何て?雫さんを見ると、少し照れた様子で、でも堂々と頷いた。

「本気なの?だって先生と生徒なんてとても・・」
「ええ。それでも私は本気の本気よ。卒業したら生徒だなんて関係ないもの。」
「そ、それも・・そうね・・。」
「もちろん応援してくれるでしょ?」
「あ・・それは・・・、もちろんだわ。」
「ありがとう。」

雫さんの嬉しそうな顔を前には、とても言い出せなくて十夜さんとのことは黙っていた。せっかく出来た友人だから、失いたくない。だけど、どうしよう・・。

「・・・私、ちょっとお手洗いに行ってくるわね。」

もやもやと渦巻く気持ちが耐えられなくて、私はその場を離れることにした。午後の最初の授業は、十夜さんの授業だ。雫さんの前で、十夜さんにどんな顔を向けていいのか分からない。思い悩んでいるうちに、始業の鐘は鳴り終わっていた。

授業をさぼってしまうなんて。そう思うけれど、今さら教室入る勇気もなくて、自然と足は人目の付かないところへ向かい気付けば校舎の裏まで来ていた。しばらく座っていよう、そう思った時、奥に先客がいることに気が付いた。具合が悪いのか、座り込んでいて、顔は立てた右膝に突っ伏している。

「あの、」

声を掛けてみるけど返事はない。近付いてもう1度声をかけることにした。

「あの・・」

柔らかそうな金色の髪が揺れた。あ、あれ?

「碧?」

ほんの少し頭が持ち上がって、顔が見えた。碧だ。だけど酷く顔色が悪い。

「あぁ・・・・、こっち、来るな。」
「え?いきなりどうしたの?」
「いいから、来るな。」
「来るなって・・・、ねぇ、顔色悪いのだけど。」
「来るなっっ、・・・じゃないと」

ふらりと碧が立ち上がった。

「え?あ、碧?」

身体が揺れて、1歩踏み出して来た。何?怒ったの?不気味で、私も1歩下がった。

「・・・う・・み・」

喉の奥の奥からの、うめくような声。ぞっとした。

「ううう海じゃないってばっ!来ないでっ!」

ドン、と突き飛ばすと碧はよろめき、尻餅をついて私を見上げた。

「悪い、間違えた。」

へらっと口の端を上げたのを見た瞬間、からかわれたのだと頭にきた。

「最っっっ低っっっ!」
「・・・悪い。」

碧の顔が歪んだ。手をついて起き上がり背を向けてどこかに行こうとする。

「ちょっとっ、どこ行くのよ。」
「頭、冷やしてくる。」

だから、どこに・・・。
意味が分からない。なんでそんなに哀しそうにするのよ。悪いのは碧なのに、言いすぎたかもしれない、と、ほんの少し胸が痛んだ。そういえば、顔色も悪かった・・。

その日、私は結局、午後の授業は全て休んでしまった。放課後にこっそりと戻った教室には誰も居なくてほっとして、明日が休みで良かったと、心底思った。

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