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亀裂
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**杏奈
「何を話してるのかしら・ ・・」
私の双眼鏡の先・・つまり目玉は、黒耀に気付かれるのを警戒して随分と離れた所から監視している。そして今、あの女と黒耀が早朝の教室で2人きりなのを見ているのだけど、窓の外からでは会話が全く分からないのだ。表情も見えづらい。あの女の顔は強張って見えるけれど、黒耀の方は笑っているような。暗示が効いていないのかしら?もう少しだけ近付いてみようかしら。あっ、え?・・・・・・あぁ。大丈夫ね。黒耀の歪んだ表情を確認し、ほっと胸を撫で下ろした。安堵とため息が混じる。
「・・・あなたが悪いんだからね。」
黒耀が私に隠し事なんてしなければ、気が済むまでそっとしておいてあげるつもりだった。
でも、もうそんな考えはない。早く諦めさせて、さっさと連れて帰るのだ。
「あららっ、あらあらっ」
黒耀が去っていって油断していたら、菫が急に教室を飛び出した。慌てて目玉に後を追わせる。
「ちょっとちょっとっっ、落ち着きなさいよっっ!」
どういう動きをしているのか、双眼鏡の景色がグルグルと回転し、目が回りそうになった。
目玉は私の声でピタリと止まって、ゆっくりと右に移動していく・・すると、見慣れた部屋が見えてきた。十夜先生の部屋の窓の前だ。
「・・・はぁ、お邪魔しま~す。」
ちょうど窓が開いていたので中に入って待つことにした。目玉がここを見ているということは菫が入ってくるはずだ。クルリと見渡すと、部屋の中の十夜先生は机で何か考え事をしていた。
「ひっ」
「どうしてそんなに驚くんだ?」
「あ、え・・お、お父様・・こそ、どうしてこんなところに・・?」
ん・・菫の声だ。いつ部屋に入って来たのだろう?左右上下に視界を動かしたけど見あたらなくて、そのうちに、違和感に気が付いた。菫の声はするのに十夜先生はさっきから身動きをしていない。近付いてみて、あっ、と声が出た。そういうことなのね。
十夜先生は、菫の声が聞こえないのではなく、聞いているのだ。それもとても熱心に。机の上に置かれた小さな装置から、菫が誰かと会話する声が流れていた。前に菫が持っていたペンダントの録音機は、彼の仕業だったのね。
菫がまたどこかへ移動したようで、目玉がふわりと浮かび上がった。入って来た窓から外に出ると再びグルグル回転が始まった。
「うへ。」
頭がクラクラして思わず双眼鏡を手放した。
それにしても、十夜先生は嬉しそうに笑っていたわね。
「ほんっと、馬鹿な女。」
ひと息ついて、もう1度双眼鏡を覗いた。
**菫(海)
「ひっっ!」
突然、横にいたはずのお父様が飛んだ。というか、飛ばされた。そして受け身も取れないまま床に身体を打ち付けられ、痛そうに呻き声を漏らした。おそるおそる振り返ると、そこには見たこともないくらい怒っている碧が、壁に手をついて立っていた。
「あ・・お・・・?」
「ああ。」
どうしてここに?いつから?聞いてたの?お父様にいったい何を?沢山聞きたいのに、喉が詰まる。
その時、廊下がバタバタ騒がしくなり部屋の中に教員達が駆け込んで来た。先頭にいたのは十夜さんで、私は思わず顔を背けた。知られたくなくて、見られたくなくて、消えてしまいたい。
「可哀想に、もう大丈夫だ。」
ぎゅっ、縮こまった私に、十夜さんはふわりと上着と掛けて、優しくそう言ってくれた。途端に羞恥も忘れ、すがり付きたくなって・・・、だけど。
「おい、早くあの生徒を捕まえろ!」
「えっ?」
突然、大声が響いた。驚いて見ると、床に倒れていたお父様はすっかり立ち上がっていて、碧に向かって指を指している。
「はぁ?・・・俺じゃねぇだろ、おい、菫」
お父様は無言で私に、「従え」と言っている。動揺している間にも碧は大人達に取り押さえられ、その拍子に、間の悪いことに、朝 私が渡した時計がポケットからカツン、と音を鳴らせて滑り落ちた。
「それは私の時計じゃないかっ? お前が娘に持って来させたのか!」
「これは、貰ったんだ・・菫、何とか言えよ。」
「あ・・、あ・・・ええと・・」
碧の声が弱々しくて、どうしてだろうと思うけれど、碧の顔は見れない・・。だって見たら、きっと目が合ってしまう。ぎゅっ、と目を瞑ると、頭の中に「碧は信用できない」という囁き声が聞こえた。囁き声は次第に重なって大きくなっていく。
「あ・・・あ・・、私・・・」
誰もが私の言葉を持っているのに、声が邪魔で、頭は割れそうに痛くて・・・。
「菫」
お父様の声が聞こえる。胸が、苦しい。
「あ・・、あの・・・私、脅されていて、・・・その時計、渡しました。」
「渡しただけではないだろう? 娘の格好を見れば一目瞭然だ。早く警察を呼べっ」
「・・・っ」
お父様?碧はどうなってしまうの・・・? 恐ろしくなって、手が震えた。だけど、お父様は「大丈夫」だという風に頷いた。だから、これで、良かった・・の・・・?
最後まで碧の顔は見れなかった。
**
あの後から碧を見ていない。碧がどこに連れていかれたのか、碧はどうなったのか、無事なのか、気になる気持ちはあるけれど、ずっと私を避けているような素振りをみせるお父様には、とても聞けなかった。
十夜さんは・・理由は聞いていないけれど、しばらく欠勤が続いている。私は十夜さんから受け取ったペンダントをいつの間にか失くしてしまっていて、その事も謝りたいし、何より、会いたくて堪らなかった。
「何を話してるのかしら・ ・・」
私の双眼鏡の先・・つまり目玉は、黒耀に気付かれるのを警戒して随分と離れた所から監視している。そして今、あの女と黒耀が早朝の教室で2人きりなのを見ているのだけど、窓の外からでは会話が全く分からないのだ。表情も見えづらい。あの女の顔は強張って見えるけれど、黒耀の方は笑っているような。暗示が効いていないのかしら?もう少しだけ近付いてみようかしら。あっ、え?・・・・・・あぁ。大丈夫ね。黒耀の歪んだ表情を確認し、ほっと胸を撫で下ろした。安堵とため息が混じる。
「・・・あなたが悪いんだからね。」
黒耀が私に隠し事なんてしなければ、気が済むまでそっとしておいてあげるつもりだった。
でも、もうそんな考えはない。早く諦めさせて、さっさと連れて帰るのだ。
「あららっ、あらあらっ」
黒耀が去っていって油断していたら、菫が急に教室を飛び出した。慌てて目玉に後を追わせる。
「ちょっとちょっとっっ、落ち着きなさいよっっ!」
どういう動きをしているのか、双眼鏡の景色がグルグルと回転し、目が回りそうになった。
目玉は私の声でピタリと止まって、ゆっくりと右に移動していく・・すると、見慣れた部屋が見えてきた。十夜先生の部屋の窓の前だ。
「・・・はぁ、お邪魔しま~す。」
ちょうど窓が開いていたので中に入って待つことにした。目玉がここを見ているということは菫が入ってくるはずだ。クルリと見渡すと、部屋の中の十夜先生は机で何か考え事をしていた。
「ひっ」
「どうしてそんなに驚くんだ?」
「あ、え・・お、お父様・・こそ、どうしてこんなところに・・?」
ん・・菫の声だ。いつ部屋に入って来たのだろう?左右上下に視界を動かしたけど見あたらなくて、そのうちに、違和感に気が付いた。菫の声はするのに十夜先生はさっきから身動きをしていない。近付いてみて、あっ、と声が出た。そういうことなのね。
十夜先生は、菫の声が聞こえないのではなく、聞いているのだ。それもとても熱心に。机の上に置かれた小さな装置から、菫が誰かと会話する声が流れていた。前に菫が持っていたペンダントの録音機は、彼の仕業だったのね。
菫がまたどこかへ移動したようで、目玉がふわりと浮かび上がった。入って来た窓から外に出ると再びグルグル回転が始まった。
「うへ。」
頭がクラクラして思わず双眼鏡を手放した。
それにしても、十夜先生は嬉しそうに笑っていたわね。
「ほんっと、馬鹿な女。」
ひと息ついて、もう1度双眼鏡を覗いた。
**菫(海)
「ひっっ!」
突然、横にいたはずのお父様が飛んだ。というか、飛ばされた。そして受け身も取れないまま床に身体を打ち付けられ、痛そうに呻き声を漏らした。おそるおそる振り返ると、そこには見たこともないくらい怒っている碧が、壁に手をついて立っていた。
「あ・・お・・・?」
「ああ。」
どうしてここに?いつから?聞いてたの?お父様にいったい何を?沢山聞きたいのに、喉が詰まる。
その時、廊下がバタバタ騒がしくなり部屋の中に教員達が駆け込んで来た。先頭にいたのは十夜さんで、私は思わず顔を背けた。知られたくなくて、見られたくなくて、消えてしまいたい。
「可哀想に、もう大丈夫だ。」
ぎゅっ、縮こまった私に、十夜さんはふわりと上着と掛けて、優しくそう言ってくれた。途端に羞恥も忘れ、すがり付きたくなって・・・、だけど。
「おい、早くあの生徒を捕まえろ!」
「えっ?」
突然、大声が響いた。驚いて見ると、床に倒れていたお父様はすっかり立ち上がっていて、碧に向かって指を指している。
「はぁ?・・・俺じゃねぇだろ、おい、菫」
お父様は無言で私に、「従え」と言っている。動揺している間にも碧は大人達に取り押さえられ、その拍子に、間の悪いことに、朝 私が渡した時計がポケットからカツン、と音を鳴らせて滑り落ちた。
「それは私の時計じゃないかっ? お前が娘に持って来させたのか!」
「これは、貰ったんだ・・菫、何とか言えよ。」
「あ・・、あ・・・ええと・・」
碧の声が弱々しくて、どうしてだろうと思うけれど、碧の顔は見れない・・。だって見たら、きっと目が合ってしまう。ぎゅっ、と目を瞑ると、頭の中に「碧は信用できない」という囁き声が聞こえた。囁き声は次第に重なって大きくなっていく。
「あ・・・あ・・、私・・・」
誰もが私の言葉を持っているのに、声が邪魔で、頭は割れそうに痛くて・・・。
「菫」
お父様の声が聞こえる。胸が、苦しい。
「あ・・、あの・・・私、脅されていて、・・・その時計、渡しました。」
「渡しただけではないだろう? 娘の格好を見れば一目瞭然だ。早く警察を呼べっ」
「・・・っ」
お父様?碧はどうなってしまうの・・・? 恐ろしくなって、手が震えた。だけど、お父様は「大丈夫」だという風に頷いた。だから、これで、良かった・・の・・・?
最後まで碧の顔は見れなかった。
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あの後から碧を見ていない。碧がどこに連れていかれたのか、碧はどうなったのか、無事なのか、気になる気持ちはあるけれど、ずっと私を避けているような素振りをみせるお父様には、とても聞けなかった。
十夜さんは・・理由は聞いていないけれど、しばらく欠勤が続いている。私は十夜さんから受け取ったペンダントをいつの間にか失くしてしまっていて、その事も謝りたいし、何より、会いたくて堪らなかった。
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