碧の海

ともっぴー

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ズンのもくろみ

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**杏奈

「ズン、今の黒耀の話、どういうこと?」
「むほ?杏奈様・・?」

黒耀が帰った後、私は顔をひきつらせながらズンに近寄った。ズンはジリジリと後ろに下がる。首を締め上げようと手を伸ばしたら、身体を捻ってすり抜けた。

「ズン、どうして逃げるのよ。」
「杏奈様、首を締めたところでどうにもなりませんです。どうか落ち着いて下さいっ。」
「落ち着いていられないわよっっ!契約って、なんなのよっっ!!」
「あわわ、契約は契約にございます。杏奈様は私に名前をくださいましたからっ、私の主でございますっっ。」
「だから主って、なんなのよっっ!あなた、魔王様の家来じゃなかったの?」
「むほっ、そ、それは恐れ多いことでございます。」
「え!?」

以前、ズンはまるで魔王様の家来のように話していなかった?だから私は信用したっていうのに。

「主ただ1人、杏奈様にございます。」
「でも・・前に、魔王様と一緒に腰を抜かしたって、言ってなかった?」
「・・・あれは・・、あのときは、私はこっそりと見ておりました。ですが嘘は申しておりません。私も腰を抜かしたのは事実ですから。」
「・・・」
「杏奈様、私、身を粉にして杏奈様にお仕えすると決意しております。」
「・・・」
「決して邪魔は致しません。」

いかにも憐れそうに目に涙を浮かべるズンに、ため息が出る。

「どうして私と契約なんか。何も得なんてないでしょうに。・・・少し疲れたから休むわ。」

色々と、1人で考えたい。黒耀のこと、菫のこと、ズン・・はどうにも出来ないけど、心を整理しなくては。部屋に入ってふと考えた、そういえば黒耀は、いつからどうやって碧なのだろう。



杏奈を見送ったズンは1人ほくそ笑んだ。

「むほほ、得がないとはご謙遜を。杏奈様が名家のご令嬢だと言うことは存じておりますし、黒耀様が時期魔王ということは杏奈様も、むほほっ・・・」



**


菫は、この街一番と言ってもいい程の高級な宿に宿泊していた。しかも碧と同室で。
ムカついて、つい舌打ちした。

部屋に入ると、菫は碧の後ろに隠れ、おどおどとした様子で私を見た。きっと拒えているのだ。1度周囲の者からの辛い拒絶を体験したら、その恐怖はなかなか消すことが出来ない。相手の目を見ることも辛いはず。私は出来る限るの笑顔を顔に張り付けて、両腕を広げて踏み出した。あわよくば黒耀ごと・・・

「菫、心配していたのよ、急にいなくなるんだもの。」
「ぁ・・・っ。・・杏奈先生っ」
「・・・う、あ、・・?よ、よしよし」

白ける。菫は私が踏み出した途端に、安堵した表情を浮かべ、碧の後ろから飛び出したのだ。
本当、白ける。仲がいい設定になんてしなければよかった。

菫は想像していたよりも随分と元気で、(黒耀のおかげだと思うけど。)私達はその日の内に3人で買い物へ出掛けた。1人余計だけど、デートには違いない。だけど、せっかくのデートだけど、しばらく楽しんで油断させた頃を見計らって、私は歯を食い縛って黒耀に告げた。

「ねぇ、ここからは私達だけで買い物をするわ。」
「は?駄目だ、一緒に行く。」

ふん、信用してないって訳ね。でも・・

「あのねぇ、今から菫の服とか下着とかを見に行くの。それでも付いてくるつもり?」
「う・・」
「終わったらちゃんと送り届けるから、先に帰ってなさいよ。」

下着って聞いただけで耳まで赤くする黒耀が憎い。かつての私の色仕掛けは鼻で笑ったくせに。

「・・・分かった。けど、余計なことはするなよ。」
「はいはい。」

話を聞くだけよ。
買い物をさっさと片付ける為、私は急いで店を見つけ菫を押し込んだ。こんな小娘が着る洋服なんて、麻袋くらいが丁度いいと思うけど、入ったのはそこそこ高級な店だ。精一杯、優しく振る舞う。

「さぁ、好きなのを選んで。」
「え、でも・・」

ふん、「え、でも・・・」ですって。さっさと選べばいいのに。

「なぁに? ここじゃ不満かしら?」
「いえ、あの・・私、自分で選んだ事がなくって。」
「はあ? ・・っと、 自分で選んだ事がない、って?」
「いつも、お母様が選んでくれてたから。」

なに涙ぐんでんのよ。泣きたいのは私だわ。
はぁ・・・、

「そうなのね。う~ん、じゃあ、私が選んでもいい?」
「ええ、是非っ!」

菫は眼を輝かせた。
あぁ、私はこの娘が苦手だ・・・。

買い物が余程楽しかったのか、すっかりはしゃぎ過ぎている菫は、カフェでお茶を飲みたいと言い出した。願ったりのことだけど、菫は私の事を本気で信じている様子だ。

店内のテーブルに案内されメニューを渡されると、菫は嬉しそうに選び始めた。私は、頬杖をつき、それを観察しながら質問を始めた。

「そういえば、菫って、碧と仲が良かったのね?」
「?」
「だってほら、前に2人の関係を聞いた時、そうでもないみたいな言い方だったでしょう? 今は、本当に双子だったんだって、納得出来る感じだわ。」

菫はキョトンと目を瞬かせた。

「あれ・・? あ、そっか。杏奈先生には教えたのでしたね。そうなんです、実は仲直りしたっていうか、私が碧の事、勘違いしてたみたい。へへ。」
「ふぅん、勘違い、ねぇ・・。じゃあ、今は、碧が好きってこと?」
「ふふっ、嫌です杏奈先生ったら。当たり前じゃないですか。たった1人の家族ですから。」

1、家族。「家族でいい」と言った碧が頭をよぎり、つい、顔を歪ませた。現状では血が繋がっていると分かっているけど、とても割り切れないし、結構きつい。それ以上は進めないと分かっているから、かろうじて冷静を保っていられた。

「・・・ねぇ、ところで、他の家族はいなかったの?」
「あ、ええと、両親は幼いころに、車の事故で・・」

あら?それは、随分と都合がよすぎるのでは?

「そうだったのね。知らなくて・・、ごめんなさい。」
「いいえ。もう昔の事ですから。」

黒耀の顔が浮かんだ。彼がいつから碧なのか、だ。都合がいい事故は、絶好の機会といえるから。でも、聞いても大丈夫かしら?
少し緊張しながら、自然な言葉を探し、おそるおそる口を開いた。

「・・・2人も、一緒にいたの?」
「買い物は、終わったのか?」

!!?? びっっっっくりした。
急に、肩にポン、と手が置かれたのだ。すぐに誰の手か分かったけれど。

「碧っっ!」

菫はパッと立ち上がって歓声を上げた。

「ああ、菫。楽しく過ごせたか?」
「ええ、とっても楽しかったわ!」
「それは良かった。」

言いながら、碧はごく自然に菫の横にぴったりくっついて座った。探るような目で見てくるから、あえて微笑んだ。

「もう宿に帰っているかと思っていたわ。」
「ちょっと気になってさ。ところで、何の話を?」

さっきから真っ直ぐに飛んでくる視線が、痛い。
どう返答しようかと思っていたら、先に菫が口を開いた。

「杏奈先生にね、昔の事を話していたの。」

ああ、言っちゃうのね。そりゃそうだろうけど・・

「へぇ。なぁ杏奈先生、菫は色々あって疲れてるんだ。聞きたいことがあるなら俺に、お願いしますね。」

なにその言い方。先生なんて白々しい。不快に思ったけれど、深呼吸をして気持ちを静めた。
いっそのこと、黒耀の言葉を鵜呑みにしよう。

「分かったわ、じゃあ、今度、2人きりでお話しましょ。」

黒耀は、ふん、と鼻を鳴らした。

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