碧の海

ともっぴー

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最終回

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***碧(黒耀)

ふと、窓の外をみると、見下ろした先に広がる庭が随分と賑わっている事に気がついた。そういえば、杏奈が正式な婚約者に決定したんだっけな。今日はその御披露目があると言っていた。ただ、主役でありながら、俺はどうしても他人事のようにしか思えなかった。

菫の魂を食べた時もそうだ。長い間ずっと欲し続けたそれは、確かに美味だったのだが、特にこれといった感動もなく、ああ、これが心を失うという事なのかと初めて理解した。あの、狂ってしまいそうな日々は、もう想像も出来ない。


なんとなく立ち上がり、部屋の中をぐるりと歩いて、隅にある本棚の前で立ち止まった。一番下の、何も置かれていない部分の板を持ち上げるとそこには、以前使っていた抜け穴が、当時のままに存在していた。
もう無くなっているのかと思っていたが、今まで誰にも見付からなかったらしい。まだ使えるのだろうか。

そう思った時にはもう、足が一歩踏み出していた。



**菫(海)

碧が碧じゃなかった。到底信じられる筈のない話なのに、理解なんて出来るわけがないのに、どうして私は今、こんなに胸がいっぱいで、溢れる思いが止められないのだろう。もう何もかも受け入れてしまった後のようだった。
そして不思議な事に、思い浮かぶのは碧ではない誰かの顔で、碧じゃないのに酷く愛しく、苦しい。時折脳裏を駆け巡る情景は、知っている物も知らない物も、混ざり合っていた。だけど、そのどれもから感じる強い愛情が私を責め立てる。
今なら分かるのだけど、私は間違いようのないくらいその誰かを愛している。それなのに、思い出の中の私と思われる人物は、いつも拒絶を示していた。

「碧が目を覚まさなくて、悲しい?」

杏奈先生の言葉にハッとした。

「あ、当たり前なこと、聞かないで下さい。」
「そうよね。死んだことさえ知らず、今まで笑ってたんだものね。」

私は首を傾げた。さっきから杏奈先生は碧が死んでいると言っているけれど、碧は確かに生きている。だから私は、ベッドに運ぼうとしたり、布団を掛けたりした。もしかすると杏奈先生にとって、目を覚まさないことは死と同じことなのかもしれない。だって、本当に死んでいたら取り戻せるなんて考えられない。だから取り戻すっていうのは、つまり、目を覚ますってこと・・?不思議に思いながらも、私は碧が目を覚ます方法を知りたくて、話を進めた。すると、再び「あの人」が出てきて、思わず杏奈先生を見つめた。
杏奈先生はそれに気付いたのか、もっと詳しく教えてくれたのだけど・・・、それって、じゃあ・・・

「私・・・その人に、助けられたの?」

胸が、熱くて、苦しい。
彼は、今どこに・・?
会って謝らなくては。思いを伝えなければ。気持ちが急いた。それなのに、杏奈先生は私を冷たく睨み付けた。
――彼は、あんたのせいで、心を失ったのよ――
その言葉が、胸に、深く深く突き刺さる。

「私のせいで、心を?」

その時、碧の身体が、僅かに動くのが見えた。
碧の、目が覚めたのだ。
誓約、願い、碧、それからあの人、頭の中でぐるぐると回る。力を返すだけで願いが叶うなんて、正直怪しいと思う。だけど・・・。

「もし・・もしもですけど、碧が、もし、今、息を吹き返したとしたら、それは碧ですか?それとも、その人なのでしょうか?」

揺れ動いていた私の心は、先生の返事を聞いて、たちまちに吹っ切れた。
碧は、もう大丈夫。



名前を書き終えた途端に、目の前が暗くなった。


***黒耀


「ねぇ、これあげる。」

繁華街にある、店と店との空きスペースに座っていると、突然目の前にパンが差し出された。は? パン? しかも汚ねぇし。

「おい・・」
「お腹、空いてるんでしょ?」

いらない、と言い掛けて、目を見張った。

「・・・お前の方が、死にそうだ。」
「うん。だから、もういいの。」

弱々しく笑うその少女を見た瞬間、胸の奥で、何か音がした。 ・・・何故だ?そんな筈は。動揺する自分が気持ち悪い。

「・・・いらない、お前が食えよ」

突き放そうと無理やり絞り出した声は、震えていた。

「え・・・」

断られると思っていなかったのだろう、目を見開いて見詰められ、つい顔を背けた。俺は、なにか変だ。

「・・・ごめんなさい」

黙っていると消え入りそうな声が聞こえ、正面にあった足が、向きを変える。
去って行く姿を見た途端、胸が締め付けられた。やっぱり俺はおかしい。無我夢中で追いかけ、その枝みたいな腕を掴んだ。

「違っ・・違うんだっ。 ・・・っ!?」

少女は、軽く引いただけで簡単に腕の中に収まった。温もりを、匂いを感じた瞬間、その懐かしさに、ないはずの心が震える。

見付けた・・・。
信じられないけど、確かにここにいる。
もう、今度こそ離さない。離すもんか。




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最後まで読んで頂きありがとうございました。
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