救う毒

むみあじ

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8月 樒

第95話

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ぱちり。目が覚める。
起きてすぐだというのに、俺の脳みそは急速に回転し始め、隣に眠っているアルを起こさないよう慎重に毛布を捲り下着を確認した。


セーーーーフ!!!夢精してない!!!


ほ、と安堵の息を吐きながらもう一度布団を被り、隣にいるアレクシスの顔を覗き込む。
規則正しい寝息を立てながら静かに眠るアレクシスは、寝ている時でさえ王子様だ。プラチナブロンドの髪は一本一本輝いているし、伏せられた長いまつ毛も輝いている。いつも通りしっかり完璧王子様だ。そう、いつも通り。



エロい夢見た。
すごいエロい夢見た。アルとエロいことする夢見た。アルの精子ごっくんしたり、手で扱いたり、エロい事してる時の写真撮られたり、果てには素股までした。もうほんとすんごいエロい夢見た。
温もりとか全部リアルで、ほんとに夢なのかと一瞬疑ったけど、こんなキラキラフェイス王子様がちんぽ♡とか言わないだろうし、俺の顔見ながら抜いたりしないし、何より俺が1人でシコれない事を、昨日再会したばかりのアルが知るわけないし。てか親友だとしても言えないし!



思い出すだけで勃ち上がりそうになる愚息にため息をつきながら頭の中でひたすら円周率を数える。昨日は素数だったので。


「…っふ、ふふ…イヨ、どうしてそんなに百面相してるんだい?ふふっ、朝から可愛いね…」


掠れた甘い声にびくりと体が跳ねる。下に向けていた視線を上へ移動させれば、気怠そうな笑みを浮かべた色気たっぷり寝起きのアレクシスが俺を見つめていた。
シャツのボタンが外れて首筋が見えてるし、いつも綺麗に整えられてる髪の毛はもうボサボサだし、欠伸をしたのか瞳は潤んでるし、スゲェな、美形の寝起き。


「色気のバーゲンセールじゃん」
「ふふっ、あははっ、イヨ、どうしたの?いきなり。ふふふっ…」


笑い声を上げながら楽しげに目を細めるアルは、どこからどう見ても機嫌が良い。良い夢でも見たのだろうか?


「アル、めっちゃ楽しそうだね?」
「うん、うん…それは勿論。朝起きてすぐにイヨに会えたんだ。楽しいし、嬉しい…ふふ…イヨで言うところのえぇと、ultimate ultra happyな気分だよ」
「ウワァッ!アルティメットウルトラハッピーとか言うアホな単語を本場のイントネーションで言うなって!ダメダメ!アルがバカになっちゃう!」


めちゃくちゃウケるけどアルとかニィさんとか八剣が言ってはいけない単語だよ、アルティメットウルトラハッピーは。やめてくれ!バカになっちゃうから!


「ふふっ、イヨのためなら馬鹿にだってなれるさ」
「俺の為を思うなら馬鹿にはならないで……」
「そう?わかった。ならそうするよ」


アルは未だくすくすと笑いながら横になっている。というかいつの間にか抱き込まれる形になっているし、このまま起き上がるのは無理そうだ。


「イヨ、今日は何がしたい?イヨのしたい事をしよう?」
「うーん、今日かぁ…」
「また海に行く?このホテルの宿泊客限定で使えるプライベートビーチとかに。確かここの近くにクルーザーを貸し出している所もあったはずだから、クルーザーを貸し切る事もできるよ?あぁ、それかロビーに行こうか?」
「ロビー?」
「ピアノが置いてあったのは覚えてるかな?このホテルには著名人がよく泊まるんだよ。企業の取締役から海外スター、有名演奏家まで幅広くね。
毎年この時期は1番人が来るから、小規模な演奏会をしたりもするんだ。勿論プロでなくとも弾けるんだけれどね。確か今日も、有名ピアニストのご子息が演奏すると聞いたよ。聞きに行く?」


2人で向き合うように寝転がりながら今日の予定を決めていく。とはいえ俺はアルに会えたのと、4人で海で遊べたのとでもうお腹がいっぱいで、特に何も思い浮かばない。そんな俺を見兼ねてアルは沢山の案を挙げてくれる。中でも1番興味を惹かれたのはロビーでの演奏会だったが…


「…演奏にはちょっと惹かれるけど…今日はいいかなぁ…演奏ってなると黙って聞かないといけないし、アルと話せないでしょ?今日はこのままダラダラしながら、アルと喋ってたいや」


ありのままを伝えれば、水色の瞳を丸くさせパチリと一度瞬いたアル。じっとアルを見つめていると、じわじわと頬が赤く染まり、緩く上がっていた口角をさらに上げて満面の笑みを浮かべた。


「…嬉しいな…僕もイヨと話したいんだ。昨日は今までの事だったけれど、今日は学園の事を聞きたいな。話してくれるかい?」
「もちろん!」


シーツの毛布の隙間に2人で挟まりながら、エアコンの効いた涼しい部屋でだらだらと語り合う。アレクシスは聞き上手だから、俺ばっかり沢山話してしまって、気がつけば朝食を食べるのも忘れ、昼になっていた。

そろそろご飯を食べようと静止されるまでノンストップで喋り続けた俺の喉はカラカラだ。何か飲もうとリビングへと目を向ければ、いつの間にか用意されたのか、2人分の昼食がローテーブルに置いてある。


「あれ、いつの間に…」
「イヨと話している最中にやってもらったんだ」
「ほぇ…職人技じゃん。全然気付かなかったや」


というかいつ連絡したの?マジで俺とずっと喋ってたじゃん。ほんとにいつの間に?


「ふふ、いつ頼んだのって顔だね」
「バレてーら!うん、いつしたの?なんで?凄くない?俺とずっと喋ってたじゃん?」
「スマホからメッセージを送っただけだよ。このホテルは父のものだから、支配人に直接連絡したんだ。ある程度の事は融通が効くから、何かしたかったら遠慮なく言ってね」
「…すごぉい…」


そうだ、アルは桜ヶ峰学園にサラッと入れちゃうくらい金持ちだった。

アルの父親が経営するロンズデール・ホテルズは世界的に有名な歴史あるホテルチェーン企業で、沢山のホテルやリゾートを擁するホテル業界最大手だ。
特に現会長は敏腕で、様々なアプローチで業界を盛り上げている。

そう、アレクシス・ロンズデールは、まさにその現会長の息子なのだ。


「そういえばここ、ロンズデール・ホテルズのロゴついてたなぁ…」
「ふふ、納得した?したなら昼食にしよう。食べながら、午後は何をするかも決めてしまおうね」


そう言って俺を自然にリビングへと誘導し、備え付けのソファーへと座らせた。ダイニングルームに備え付けテーブルもあるのだが、そちらよりもリビングの方が海が見えやすいからという理由でリビングのローテーブルに昼食を用意させたようだ。俺が海を見ながら食べたいと思っていた事は完全に見透かされている。エスパーじゃん?キラキラ王子様エスパーってちょっとウケる


「ふわ、こえふまっ……ん、午後もさ、このまま喋んない?もう今日はずっとここにいたい気分。海見ながらアルといたい」


一口サイズの、肉が挟まった厚みのあるサンドイッチを手に取りそのまま頬張る。
行儀が悪いとわかっていながらも美味しくて思わず感想を口に出してしまう。噛めば噛むほど肉汁が溢れてくるし、柔らかな肉はほんの少しの力で解けるように崩れていき、肉本来の旨味がもっちもちのパンへ染み込んでいくのだ。元からパンに染み込んでいた特製ソースの濃厚な甘さやまろやかさと肉の塩加減が絶妙にマッチして、口の中が幸せだ。

ゆっくりと味わいながらそれらを飲み込み、午後について考える。とは言ってもさっきからやりたい事は変わっていないので、そのままそれを告げれば、アルは嬉しそうに笑う。

「…うん、うん。イヨが望むなら、ずっと海を見ながら話そう。それだけで、僕も幸せだから」

噛み締めるように何度か頷いて、眩しいものを見るように目を細めるアレクシスの表情は、いつもの作り物めいた美しい笑顔とは違い、ほんのちょっと不器用で、それでいて自然な温かみのある笑顔。

「あははっ、アルはほんと、感情が豊かだなぁ」
「えっ…?」

初めて会った時から知っている。
アレクシスはとても感情が豊かで、でもその感情を表に出すのも自分の感情に気がつくのもとても下手くそな事も。
自分では無感情だと思っている事も。
喜びや嬉しさというプラス方向の感情よりも、悲しみや苦しみというマイナス方向の感情には特に疎く、それでいて興味がある事も。

取り繕うのがいくら上手くとも、無意識の手の動きや足の動き、瞳の動きを見ればよくわかる。悲しい時は目を伏せる回数が多くなるし、服の袖口を気にして触り出す。驚いている時はほんの少しいつもより目を開くし、口元に浮かんでいる笑顔も若干強張る。喜んでいる時は分かりやすく頬が赤くなるし、耳よりもうなじが赤くなりやすいし、苛立っていると前髪を触る回数が増える。


「ふふ、めっちゃ驚いててウケる。アルは昔から自分は無感情だ~って思ってるみたいだけど、ちゃんとあるよ?ただそれが、人より表に出ないだけだし、振れ幅が小さくて気が付きにくいってだけ。アルはちゃんと人間だよ」


久々に会ったら前より更に感情豊かになってて言っちゃった。なんて付け足せば、更にアルの瞳は見開かれる。
目をまん丸にさせているアルがおかしくて、くすくす笑っていれば、アルはめずらしく眉を下げた。ほんの少し目を潤ませて泣きそうになっているのに気がつき、今度はこっちが驚いてしまう。



「え?アレクシス、泣きそう?あ、あーっ!涙こぼれるっ、あ、あっ!ちょっと、ちょっと待って待って、え~っ、ど、どうしよ?よしよし…?よしよししたらなおる…?あ、ぎゅってした方いい?そっちのがいいよね…たぶん…えっと、よしよし…あ、よしよしもしちゃった…」



ぽろぽろと涙をこぼし始めたアレクシスに俺は混乱を極めてしまった。泣いている人の慰め方なんてよくわからないし、自分も生理的なもの以外で涙を流したのは随分と昔で、その時どんな慰められ方をしたのかも覚えていない。とりあえず手を拭いて、ソファーに膝立ちになりアレクシスの頭を抱えるように両腕を絡める。それでも泣き止まないので、どうすればいいか分からず、頭もなでなでしてしまう。


声を押し殺して泣いているアレクシスを眺めながら、ただただ強く抱きしめた。









僕にも感情がある。
僕は無機質なロボットではなく人間だ。
イヨは、なんともない顔でそう豪語した。

そうだ、確かにそうだった。
昔見つけた古ぼけたアルバム、その1ページにあった1枚の写真をぼんやりと思い出す。それは僕が物心つく前に撮ったもので、泣いている僕が母にあやされている写真。どうして泣いているのかは分からなかったし、すぐに興味も失せてしまったから、そのまま元の場所に戻したのだ。

いつから、僕は僕を人間だと信じる事が出来なくなったのかは分からない。きっかけがあったのかもしれないし、なかったのかもしれない。興味がない事は、どうしても覚えていられないな。
けれどそんな事、今の僕にはどうでもよかった。

乾いていた体が、注がれた水によって満たされていくような感覚。自然にこぼれ落ちていく熱い液体すら手放したくはなくて、僕は子供のようにイヨに縋りついた。





あぁ、イヨ。僕の中心、僕の世界。
イヨはまた、その紫色の瞳に僕を映しながら、僕の事を救ってくれたんだね。
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