夢守りのメリィ

どら。

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3.沈黙の城塞、灰雪に沈む夢(前編)

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白い霧が、山肌を這うように流れている。
石畳の街道を踏みしめながら、メリィとネロは鉱山都市・グラウスの城門へと向かっていた。

空気は冷たく、灰混じりの風が二人の上着をはためかせる。

「どこ見ても煙と石ばっかり……花も木もほとんどないんだね」
「この街の価値は、地下にある。魔鉱石の産地としては大陸屈指だ。多くの人が一攫千金を夢みて採掘に励んでる」

「……そんな“夢”が、悪夢で壊されていくのはイヤだな」

メリィは不安そうに目を伏せた。
ネロが少しだけ歩みを早め、彼女の前に立つ。

「心配すんな。お前は、お前のやるべきことをするだけでいい」
「……ありがとう、ネロ」

重厚な門をくぐった瞬間、二人の前に見覚えのある小柄な影が現れた。

「ようやく来たな、遅いぞメリィ」

尊大な口調とともに両手を腰に当て立っていたのは、羊族の少女――チェビオだった。
130センチほどの小柄な体に、くるりと丸い小さな角。城付き官吏という立場ながら、メリィとは旧知の仲だ。

「チェビオ~~っ!」
メリィがぱっと顔を輝かせて駆け寄り、そのまま勢いよく抱きつく。

「ぬおっ!?この抱き付き癖は相変わらんな!」
「ひさしぶりだねぇ!元気だった?書簡じゃなく、ちゃんと会えて嬉しいよ~」

顔を真っ赤にしながら、チェビオは強く突き放すこともなくメリィの抱擁を受け入れている。

「貴公はほんとに遠慮がないな……!ぼく様は立派にやっているとも!今は確かにおかしな状況だが、業務はすべて完璧に!完遂しておる!」
「えらいえらい~」

「……さすがにそれ、放っといていいのか」
えへんと胸を張るチェビオの頭をメリィが撫でる横で、ネロが苦笑交じりにツッコむ。

ネロの姿を見たチェビオは一瞬眉をひそめる。
「獏族……いや、ネロか。メリィの付き添いだな?」
「“付き添い”って言い方は気に入らないけど。まぁ、世話役って感じかな」

「ふん、仲睦まじいようで何よりだ。……だが状況は、冗談を言っていられるものではないぞ」

チェビオの表情が少し曇る。
彼女は後ろを振り返り、遠くに見える重厚な石造りの城を指差した。

「あの城の中には、ぼく様に相談に来た探鉱者の男――“ワノツキ”の妹がいる。使用人として働いていたのだが……ある日を境に様子がおかしくなったらしい」

「……それって、悪夢の影響?」
「おそらくな。異常な言動が増えた者は、皆城勤めだ。……正直、既に手遅れかもしれん」

チェビオの顔に影が落ちる。だがすぐにくるりと表情を緩めた。

「まぁ、来て早々焦ることはない。道中疲れただろう?まずは宿を取って身体を休めるといい。朝には改めて、“ワノツキ”本人を紹介する」

チェビオが手を振って、街の奥へと先導する。

「えっ、急がなくていいの?」
「ここまでの道のりで疲れが溜まってるだろ?倒れでもしたら本末転倒だ。まずは寝ろ。あと風呂にも入っとけ」
「ネロ、すごくお風呂推すよね……」
「気づいてるか?ここに来るまででお前の毛が煤まみれだって事」
「それ、ネロもだから。灰色斑になってるもん」

軽口を交わしながら、一行は宿屋へと向かう。
石造りのグラウスの宿屋は冷んやりとした空気が漂っていたが、中は清潔で、暖炉の火が旅人を迎える柔らかな灯りに包まれている。

夕食を済ませた後、メリィは湯に浸かり、ベッドに身体を沈めた。
ふわりと柔らかな掛け布団に包まれ、ネロの方に小さく手を伸ばす。

「……ネロ」

「ああ」

ベッドに腰を下ろしたネロが、メリィに寄り添う。
彼女は“夢無し”と呼ばれる存在。かつて何者かに夢を食われたことで、今も悪夢に悩まされている。だがネロが傍にいることで、その眠りは静けさを取り戻すのだった。

「……ありがと、ネロ」
「もう寝ろ」

瞼がふわりと閉じ、静かな夜が流れていく――。



翌朝。

チェビオに案内され、街外れの石工地区へとやって来た一行。
朝霧に濡れる路地の先、筋骨隆々の大男が背中を向けたままツルハシを振るっている。

「おーい、ワノツキ!貴公、ちょっと来い!」

「……おう、夢守り様じゃねえか。ん?そっちのふたりは?」

振り向いたのは2メートルを超す大男。
逞しい腕、煤けた作業服、鋭い目。だがその瞳には、どこか悲しみの色が滲んでいる。

「このふたりはメリィとネロ。夢守りの本部から来た使者だ」
「ほう……ありがてぇな。だが、こんなちっこいので大丈夫か?」

しゃがみ込み、メリィを覗き込むワノツキ。
だがその前にネロが無言で一歩出る。

「話は聞いた。城で妹が働いてるらしいな」
「ああ……妹は小さい頃から器用でな。不器用な俺とは違って、掃除でも接客でもなんでもこなした。城で働けるって喜んでたんだ」

ワノツキの拳が膝の上でゆっくりと握られる。

「でも……ここ数ヶ月、様子がおかしくなってな。戻って来ても目が虚ろで、夜中にぶつぶつ独り言を……。ついには、城に行ったまま帰らなくなった」

「それが“悪夢”の影響だとしたら……」
チェビオが唇を噛む。

「……それと。俺ことは、名前で呼んでくれ。みんな“石工”だの“大男”だの言うが、ワノツキって名だ。覚えといてくれよ、夢守りの嬢ちゃん」

「うん、わかったよ、ワノツキ!わたしはメリィだよ!」

その時――。

ネロの表情が鋭くなり、視線を城の方へ走らせた。
次の瞬間――

――ゴオオォン……ッ!!

街の中心部、城から地鳴りのような轟音が響く。
窓が弾け飛び、黒く濁った霧がもくもくと立ち上るのが見えた。

「なんだ、これは……!」
チェビオが顔を上げ、メリィが背中の大鉈を引き抜く。

「悪夢が……溢れた」

「――行くぞ」

ネロの短い声を合図に、メリィたちは城の方角へと駆け出した――。
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