夢守りのメリィ

どら。

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26.竜が留まる孤島へ(後編)

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波の音が遠ざかる。
一行が上陸したのは、切り立った崖に囲まれた島の小さな浜辺だった。ここから歩いて行ける距離に、例の「竜に悩まされている村」があるらしい。

「おい、あれ……村か?」

ワノツキが指さす先、小高い丘の上にぽつぽつと家並みが見えた。メリィたちはそこを目指す事にした。

到着した村は静かだった。人影もまばらで、皆どこか怯えたような顔をしている。だが、竜が直接襲撃してきたという形跡はなかった。

「……村長さんのお話だと、竜は“捧げ物”さえ渡しておけば手を出してこないらしいです」

マヌルとメルルが、村人から聞き込んだ情報を報告する。

「ただ……食料がもう底をついてて、これ以上は無理だと悩まれていたそうです」

「竜が本当に“人を襲っていない”としても、限界は来る。現状を見聞きする限り、このまま放っておく事は出来ないね」

メリィが真剣な表情で言うと、ネロがうなずいた。

「話が出来るなら、オレたちが直接理由を聞きに行くしかないだろ。意思疎通が出来る相手にいきなり殴りかかるのもどうかと思うしな」

「んん。小生もそれが最善かと思います」

タカチホがにこやかに賛同する。

村の外れにある崖、その中腹にぽっかり空いた大きな洞窟が竜の棲処だという。

 

「洞窟かぁ」

メリィがぽつりと呟いた途端、タカチホの口元が弧を描く。

「いやはや洞窟といえば!ネロサンとワノツキサンが小生の口からは言えないような、あーんなことやこーんなことになった事件を思い出してしますなぁ~♪」

「……思い出させるな、そして思い出すな」

眉間を押さえるネロ。

「疑惑を盛りすぎだ」

無表情のままワノツキが応じる。

「あはは。そういえばあの時、タカチホが大活躍だったよね!」

メリィがくすくすと笑いながら言うと、

「えっ、あのタカチホさんが!? 」「想像できないかもです」「「ね~~」」

メルルとマヌルが驚きながら話す言葉に、タカチホはやや不服そうに言った。

「え?小生の評価、低すぎません!?」

 

山道を抜け、ようやく洞窟の入り口にたどり着く。
暫く進むとそこには広大な空間が待っていた。
天井には穴が空いていて、そこから差し込む陽光が空洞の中を照らし出している。

そこに――いた。

悠々と身を横たえる、黒銀色の鱗をまとった竜。風格と威厳に満ちたその姿は、まるで島そのものが形を取ったかのようだった。

竜は、こちらに向けて鋭い双眸を細めた。

「貴殿ら……あの村の者ではないな?何をしにここへ来た」

静かに、だが威圧感に満ちた声音だった。咄嗟にマヌルが前へ出る。

「あの、この島の村の人たちがすごく困ってて……! ……どうして自分で食料を集めずこんな事をしてるのか、教えてもらえませんか……!?」

続けてメルルが言葉を繋ぐ。

「きっと、ちゃんと理由があっての事なんだろうから…だから、話を聞かせてもらえたらなと思って……」

竜はしばらく沈黙した後、重々しく語り出した。

「――いく百年と前の事だ。我が友であった、海竜セイラン。彼奴は、この島の住人たちの、良き隣人であった。だがある日、海が荒れ、一人の若い漁師が乗った船が沈んでしまった。島の住人たちは、あの竜が本性を見せた、やはりアレは魔物なのだと怒り狂い、抵抗もしなかった彼奴は殺され、食らわれた。何も語らずに、喉を裂かれ、肉を削がれ……我は、その報いを返しているにすぎぬ」

場の空気が凍りつく。

「まって、そんな話、一言も聞いてない…もしかして、今の村の人たちはこの事を知らないのでは……?」

マヌルが、声を震わせながら言う。

「確かに、酷い…残酷なことをしたとおもいます。メルルも、大切な人がそんな目にあったらと思うと、心がぎゅってしてしまいます。だけど……!でも、だからって今生きてるあの人たちは無関係で……!」

メルルも必死に言葉を重ねるが――

「ならば問おう!!この怒りを、どこへぶつければよいというのだ!!!」

――竜が吠えた瞬間、空気が裂けるような轟音が洞窟を揺るがし、天井の岩がぱらぱらと崩れ落ちる。彼の吐く息が熱を帯び、足元の岩に亀裂が走る。

「我が友がされたことも知らず、のうのうと生きる血族達を滅ぼさぬ限り、我が憤りは収まらぬ!!!!!」

「まあまあ、ここは一旦、落ち着いていただいて……」

静かに割って入ったのは、タカチホだった。

竜の目が彼をとらえる。
一瞬、瞳が見開かれる。

「……まさか、貴殿は……蟠――」

「んんッ!!」

タカチホが、わざとらしく咳払いで話を遮った。

竜はわずかに目を細め、意味ありげに口元を歪める。

「……貴殿と会うのは、久方ぶりだな。名は語らぬが、忘れはせぬ」

「今は、タカチホです。いやぁ、その節はどうも。またお会いする事が出来るとはいやはや、感無量ですネ!一つ、あなたに助言をしましょうか」

「……怒りとは、簡単に放てるもの。だがそれは、いずれ巡り、己が身を焼く。あなたはそれをよく知っているはずです」

タカチホの声が真剣なものになる。

「あなたはどうするおつもりか。それを問いたいのです。怒りには怒りでを繰り返しますか?過ちには猶予も与えず即罰を下しますか?結果訪れるのは、安寧か、それとも憤怒の日々か、本心では理解出来ている筈です」

竜はしばらく黙し――やがて、瞳を閉じた。

「……確かに、過去を知らぬ者に、過去の清算をさせるのは、理に背くな」

タカチホがぱっと笑顔に戻る。

「ご理解いただけたようでなにより!それでは小生、これにて退散を――」

「待て」

ぴたりと止められた。

「貴殿、何故そのような姿で短き者と旅をしている?」

「それが小生の生き方ですので!それに、長いとか短いとか関係ありませんヨ!この方達といると飽きませんし、ネ!!」

「……ふむ」

竜はゆっくりと立ち上がり――その身体が、光に包まれる。
次の瞬間、そこに立っていたのは、人の姿をした眉目秀麗の男。銀灰色の髪と金の瞳を持ち、どこかタカチホと似た雰囲気を纏っていた。

「貴殿の興味が向く短き者たちがどのような者か――我が、見定めるとしよう」

「えっ!?まさか、ついてくるおつもりでですか!?」

「当然だろう。貴殿が地の底へ赴くというならば、我もまた共に行こう」

「出来れば小生、放っておいてほしいのですがーー!!」

「諦めよ」

「はぁ…もう何も驚かないぞ……」
ネロが頭を押さえた。

「びっくりです!」「びっくりすぎます!!」
双子が口々にわぁわぁと驚く。

「タカチホ。お前が島に来たがらなかった理由、まさか――」
ワノツキが眉をひそめて呟く。

「竜さんが一緒に来てくれるなんて、心強いね!」
メリィがにこりと笑って言う。

「でも、ずっと“竜さん”って呼ぶのも変だよね……ちゃんと名前で呼びたいなって思って…」

その問いかけに、竜はわずかに表情を緩めた。

「……我が名はズメウ。短き者らよ――お前たちの行く末、我がこの目で見届けよう」
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