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30. 煌めきの街、沈黙の怒り(後編)
しおりを挟む「このネックレスだが、中央の石に悪夢が入り込んでいる。夢守り支部に連絡して、回収してもらってくれ」
ネロの言葉に、店員はきょとんとした顔をした。
「そんな、大変なものだったんですか?でも見た目はとても――」
「魅力的なものほど厄介だったりする。──油断するなよ」
ネロがそう付け加えると、店員は深く頷き、ネックレスを恐る恐る奥へと運んでいった。
夜。
宿屋の屋根の上に、ふたつの影が向かい合っていた。
「ワノツキ。また夜更けに一人で動いていたようだな」
「……ズメウ、か」
星を背にし、竜の男が立っている。
その金色の目はまっすぐワノツキを見据えていた。
「我は寝ずとも良い体だからな。
…ここ数日、おまえが毎晩出かけていたのも知っていた。グレーシャとやらを探しているのだろう?」
ズメウは屋根の端に立ち、月を見上げた。
「なんでもお見通しってワケか。……ただ、こういうのは、独りでケリをつけるもんだと思ってたんだ」
「ふむ。だが、あの双子が言っていたぞ。『仲間というのは、支え合うもの』と」
ズメウの迷いの無い瞳がワノツキを映す。
「……ありがとよ」
ズメウの言葉に、ワノツキは短く息を吐き、目を細めた。
翌朝
香ばしいパンとベリーの甘い香りが立ち込める朝。
皆が揃って朝食を囲む中、ズメウが前振りもなく突然話し出す。
「昨晩も、その前の晩も、ワノツキは夜な夜な出歩いていたようだぞ。誰にも告げずにな」
「ズメウ!おまえ…!」
なんで言っちまうんだとバツが悪そうに頭を掻くワノツキに、メリィがフォークを持ったまま目を丸くてし、ネロが眉を上げる。
「……俺たち、そんなに頼りないか?」
ネロの言葉にワノツキはかすかに顔をしかめたあと、噛みしめるように言った。
「……んなこと、絶対ねぇよ」
メリィが優しく笑う。
「だったらもっと頼ってほしいな。みんなだってワノツキのこと、大事に思ってるんだから」
双子も「「当然です!」」と言う。
「自分の問題だと、巻き込まないようにと思う気持ちはお察ししますが、今更ハブられてしまうなんて、ああ、小生悲しい~」
わざとらしくよよよと悲しむタカチホ。
ズメウはパンを咥えながら、「だから言ったであろう?」と得意げだ。
ワノツキは少しだけ目を潤ませ、「……ありがてぇな」と小さく呟いた。
一行は、グレーシャについて街の人々に聞き込みを続けた。
「最近、この辺りで見た事のない耳の男を見かけた」、
「街はずれの古びた洋館に入っていく人影を見た」という噂。
点と点を結ぶと、一つの答えが浮かび上がる。
──今は誰も住んでいないという、街はずれにある洋館。
「間違いない。そこに、グレーシャがいる」
洋館の前にたどり着いたメリィ達。
一行は錆びた門をくぐり、重たい扉を押し開ける。
薄暗く埃の舞う館内。踏みしめる床板の軋みだけがギィギィと響く。
ふと、視線を感じて顔を上げると──二階の踊り場からこちらを見下ろす影があった。
「来たか……随分と遅い到着だったな」
「グレーシャ!!」
ワノツキが吠えるように名前を呼ぶ。
「……マーレを……妹をあんな化け物にしたのはおまえか!?」
グレーシャは淡々とした口調で話し出す。
「あれ程ヒントを並べていたというのに、理解が出来ないのか?此処へ至る迄、お前たちは何を見て来た」
視線をワノツキへと移す。
「私はきっかけを与えたに過ぎない。あれは“救い”でもあった」
「救いだと!?」
ああそうだともと言うグレーシャ。
「夢からの救い、解放だ」
「私は、夢など知らずに育った。父は熊族の領主。だが母は、ただの狼族の使用人だった。
私が生まれたとき、母は即座に捨てられ、私だけが城に残された。
居場所などなかった。家族など、最初からいなかった。──だから、私は夢を信じない」
夢など心底くだらない、と淡々と言う表情は変わらない。
「自分のエゴに周りを巻き込んむんじゃねえ……!」
「私はただ、冷静に“希望の否定”を選び取ったまで。……その結果が、あの娘だ」
「……黙れ!!」
奥歯をギリッと噛み締めたワノツキが叫んだその瞬間。
パンッ!!
銃声。グレーシャの放った弾丸が、ワノツキの腕を撃ち抜いた。
「ぐっ……!」
撃たれた場所から紫黒の瘴気が、身体を蝕むように広がっていく。
「「ワノツキさん!!」」
駆け寄ろうとした双子を、ワノツキが必死に制する。
「近寄るな……ッ!」
フンと鼻を鳴らすグレーシャ。
「── これ以上話すことはない。……おまえたちにはまだ“絶望”が足りないようだ。
いずれまた会おう。そのときこそ──夢の終わりを見せてやる。精々、足掻くといい」
彼は背を向け、踊り場の暗がりに消えていった。
「悪夢が原因なら、オレがーー!!」
ネロがワノツキの側に行こうとした
その時、場を鎮めるかのようなパン!と手を叩く音が一つ。
「さて、手遅れになる前に、処置を始めましょうか」
タカチホが珍しく真面目な声でワノツキに近付く。
「タカチホ…近付くなっつっただろ」
懐から道具と薬瓶を取り出した。
「言ったでしょう?小生、調香師であり、薬師であり、医師であり……歩く総合病院です、と。
少し痛いですよ?」
タカチホは手に持っていた小瓶の中身を飲ませた。
ズメウが「間に合うか?」と呟きメリィ達が見守る中、タカチホが悪夢を含んだ弾丸を慎重に摘出し、小瓶に封じた。
傷口に薬を塗り込み縫ってゆく。
ぐったりと、眠っているワノツキ。
やがて処置が終わると、タカチホはわざと暗い顔で言った。
「……小生、全力は尽くしましたが……」
間。
「小一時間もすればお目覚めになるでしょう!!ん~~小生やはり万能!!」
メリィはほっと胸を撫で下ろし、へたりとその場に座り込む。
「ほんと、よかったぁ……」
タカチホから受け取った小瓶をズメウは見つめる。赤く、黒く、禍々しい空気を漂わせる弾丸が鈍く光っている。
「短き者たちは、時に厄介なものを生み出すものだな」
パキン
乾いた音が響く
弾丸は小瓶ごと、ズメウの掌の上で、音を立て砕け散った。
「まったくです、本当に、ネ」
タカチホは少し怒っているような声色だった。
しばらくして、ワノツキがうっすらと目を開けた。
「……ん、あぁ…俺は戻ってこれたのか…」
タカチホがにやりと笑って絶妙な角度で顔を覗き込む。
「小生が治療いたしました。感謝して下さっても宜しいんですよォ~?」
「うるせぇ……」
少し咳き込みながら、ワノツキはゆっくりと体を起こした。
「……次は、絶対に“遅れは取らねぇ”。グレーシャ、あいつを止めて……マーレの無念を、終わらせてやる」
ワノツキは自分の拳を見つめていた。
宿屋にて
双子はワノツキに飛び付く
「ワノツキさまー!!!」
「うわーん!!ご無事で良かったですー!!」
「タカチホさまってば、小生に任せてお二人は先に宿へ戻っていてくださいとか言って、あの場所から追い出したの!!マヌル達だってワノツキさまが心配だったのに…」
不満爆発の双子はジト目でタカチホの方を見る。
「大事な場所が抜けてません?小生、清潔な寝床とお湯等を準備してお待ち下さいとも申し上げていたのですが……
ふむ、そうですか、ではおふたりは小生がワノツキサンの肉を裂き、血に塗れながら悪夢を取り除く…そんなシーンを見たかった…と」
わざとらしくおどろおどろしく話すタカチホの言葉に双子のしっぽはぶわわと膨らむ。
「メリィ姉さまぁ!」
「タカチホさまがいじめます!!」
双子は抗議の声を上げながらメリィに抱きついた。
「あはは、でもね、二人とも、きっとあれは
タカチホなりの優しさだよ」
もしあの時、治療が間に合っていなければ、ワノツキを、仲間を手にかけなくてはいけなかっただろう。
タカチホは、そのもしもの為に双子をあの場から遠ざけたのだ。
「小生のキモチをわかってくれるのはメリィサンだけですヨ~!」
がばっとメリィに抱きつくタカチホに、離れろと怒るネロ。
「はは、あんた達と一緒にいれて良かったよ」
賑やかな日常が戻り、暖かな安心感がワノツキの心を包む
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