夢守りのメリィ

どら。

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31. 神の音を奏でるもの

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霧がかった湖を背に、山間の街シェプエングイナーは静まり返っていた。
街の住民たちは、郊外の教会で起きている異変について語ることを避ける。
夢守りが何人も消息を絶っているというのに、誰もそれを問題とは思っていないようだった。

「近づかなければ、何も起きませんから」
宿の女主人がそう言って笑ったとき、メリィの胸に微かな違和感が走った。


夜。
一行は次の行き先を決めるため、一部屋に集まって話し合っていた。

宿から窓の外を見ていたズメウが、不意に声を漏らす。

「……様子がおかしいな。見てみろ」

一行が窓に集まる。
霧の中を、住民たちがまるで夢遊病者のような足取りで歩いている。
無表情のまま、誰ひとり言葉を発することなく。

「どちらに行かれるのでしょう……」
メルルが呟く声と重なるように、霧が濃さを増していき、全てはその白に呑まれた。



翌朝。
一行は郊外の教会へと向かった。

湖畔から少し離れた丘の上に、それは立っていた。
石造りの古びた建物。荘厳で、しかしどこか冷たく、拒絶するような気配。

扉を開けると、空気が変わった。

中には、行方不明だった夢守りたちが整然と並んでいた。
その全員が、無感情に口を動かしている。

「神を信じなさい。夢を捧げなさい。」

その声は機械のようで、どこか気味が悪い。
そして、教会奥のパイプオルガンの前に、一人の男がいた。

白い牧師服。細く笑う口元。そして、骨のように細い指が鍵盤をなぞっていた。

「……新しい入信者の方々ですか?歓迎しますよ」

牧師のような男はパイプオルガンから顔を上げると、微笑を浮かべて一行に言った。

「街の住民の方から、こちらで異変が起きていると聞きました。それを調べに来た夢守りも行方不明だと」

メリィは警戒しながら牧師へ話しかける。

「行方不明?とんでもない。皆さん熱心な信者になられたのですよ」

牧師は肩をすくめてから、再びオルガンへ向き直った。

「では、あなた方にも“神の音”の素晴らしさを……お教えシましょウ!!」

その瞬間、牧師の背中の法衣が裂け、異様な腕がさらに二本、ずるりと生え落ちるように現れた。
四本の腕が鍵盤を叩くと、教会全体に不協和音が響き渡った。

空間が揺らぎ、音が耳を焼く。
一行は耐えきれず膝をつき、耳を塞いでうずくまる。
「あぅ…頭が割れそう…です…っ」
「なんだってんだ…この音ッ」

「クソッ……ッ!」

ネロが呻きながらも短剣を抜こうとするが、体が動かない。
信者と化した夢守りたちが一歩、また一歩と近づいてくる。

「神…を信じナさ…イ……夢ヲ捧げなサイ……」

絶望的な空気の中、静かな声が割って入った。

「……耳障りだな」

ズメウが手を横に薙いだ次の瞬間、パイプオルガンは音を立てて斬り裂かれた。

音が止まり、空間の歪みがぴたりと消える。

「異教徒メがァアアアアア!!!!」

絶叫したかと思うと、牧師の背中の皮膚が裂け、中から長い腕がズルリと生える。
六本の腕を振り回しながら、異形の怪物が怒りに任せて襲いかかってきた。

ネロが飛び込み、その腕を切り裂く。
「助かった、ズメウ!」

「夢を捧げろなんていう神様は……お断りだよ!!」

メリィの大鉈が一閃、怪物の肩にめり込む。

その瞬間、怪物の目がかっと見開かれ、絶叫する。

「アアアアア!!!!!天罰ヲくらうがいイ!!!!」

怪物が地を叩く。
床が崩れ、教会の中央が沈むように崩壊し始めた。

メリィが後退しようとしたそのとき。
怪物の腕がメリィの足首を掴む――!

「ぐっ……!」

メリィはすぐさま足を引こうとするが、その力は鉄のように重く、びくともしない。
後退しようとした瞬間、足元の床が大きく崩れ、逃げ場は完全に断たれていた――。

「オマエモ道連レダアァァァア!!」

逃れようとするが、力は強く引き摺り込まれる。
咄嗟にネロが飛び込む。

「メリィッ!!」

ネロが彼女の体を抱きしめたまま、怪物と共に床下へと引きずり込まれていく。

「メリィ!!ネロ!!!」

ワノツキたちの叫びが響く中、三つの影が霧の中に沈んでいった。




薄闇の地下。
落ちた先の礼拝堂は、聖域のような、荘厳で冷たい空気に満ちていた。

メリィは衝撃でぼやける視界の中、目を開ける。

誰かの腕に抱かれている。この腕を知っている。
温かい。心地よい。

「ネロ……ありがとう……」

そう言おうとしたその時、頬にぽたりと赤い雫が落ちた。

「……ネロ?」

ネロは目を閉じ、額から血を流していた。
声をかけても、反応はない。

「ネロ!? ネロ……っ、やだ、やだよっ……!!」

メリィの悲痛な叫びがこだまする。
声をかけても、まぶたは重く閉ざされたまま。温もりだけが、彼女の胸に伝わってくる。
「……お願い、目を開けて……ネロ……!」

そこに、仲間たちが駆けつけた。

「メリィ!ネロ!!無事か!」

ワノツキが叫び、ズメウが無言でネロを確認する。
タカチホが静かに前に出ると、微笑を浮かべて言った。

「ご安心ください。ネロさんは……ちょっとした外傷だけです」
タカチホが安心させようと言うが、メリィからの反応は無い。
メリィの目は、まるで光をも飲み込むような深く暗い穴のように黒く濁っていた。
背筋にゾクゾクとした悪寒を走らせたタカチホは、手早く自分の袖の中から香水の小瓶を取り出す。

「ですが……問題はメリィさんのほう、ですかネェ」
タカチホは香水をメリィへと吹きかける。

「ネロ……」

彼女の手がネロの頬へと伸びる。
その手が落ちるのと同時に、彼女の意識は闇に落ちた。

「タカチホさま!?」
「姉さまに何をしたんですか!?」
「ただ……眠っていただいただけ、ですヨ」

双子が食ってかかるが、タカチホは涼しい顔で応じる。

ワノツキが「運ぶぞ」とメリィを俵担ぎにしようとすると、双子が激怒。

「もっと優しく運んでください! 」
「姉さまをなんだと思ってるんですか!」

「……面倒くせぇなあ」

ため息をつきながら、一行は地上への道を戻っていく。

その背後で、タカチホがひとり足を止め、破壊された祭壇を見下ろす。

「“夢を捧げる神”とは、悪趣味ですねェ」

治療を終えたネロをズメウに頼むとタカチホは一人、奥の納骨堂へと歩みを進める。


「嗅いだことのある匂いを感じると思っていましたが…やはりあなたでしたか、シュヴァルさん」

タカチホの見つめる先にはネロの弟であり、メリィの夢を食べた張本人が佇んでいた。

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