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32.黒と白の伝承、目覚めの朝
しおりを挟む人の気配などある訳もない納骨堂、灯された蝋燭が白い外套の男を照らす、シュヴァルはそこに立っていた。
その向かいに、目を細めてタカチホが立つ。
「黒の魔王を知っているかい?」
軽やかに、しかし意味深に問いかけるシュヴァル。
「黒の魔王?白の間違いではなく?」
タカチホが怪訝そうに問い返す。
「長命種の君でも知らないなんて意外だな。」
シュヴァルの口元に皮肉めいた笑みが浮かぶ。
彼はタカチホが蛇族でないことを、最初から知っている。
タカチホはその言葉に何も答えず、無言のまま睨み返す。
「僕ら獏の国に伝わる伝承、白の魔王に繋がる話さ。」
シュヴァルは夜の闇に紛れるように語り始める。
「黒の魔王は、白の魔王の番とされている。
いや、元々白と黒は一つという話もあったから、惹かれあうという話にしたかったのかもしれないね。
黒の魔王は白の魔王が眠りについた後、深い悲しみに沈んだ。流した涙は湖となり、黒の魔王は今も湖面の底で嘆き続けているらしい。」
ふっとシュヴァルは目を細める。
「その湖の名前はワーネス。
興味があれば行ってみるといいよ。君たちの旅路で、近くに行く、という事も出てくるだろう」
あからさまに誘導するその物言いに、タカチホは眉をひそめる。
「……何が言いたいのですか?」
「似てると思わない?」
シュヴァルの薄い色の瞳が怪しく光る。
誰のことを言っているのか、すぐに理解できた。
ネロとメリィ——この二人のことだ。
「そうなるよう仕組んでらっしゃる方が何を今更」
タカチホは小さく舌打ちし、不快感を隠さずに眉間に皺を寄せた。
「まぁいいや。君たちの好きにするといいよ。じゃあ僕は伝えたい事は伝えたから。
ちなみに君が僕たちのところに来るっていうなら、いつでも歓迎するから。バイバイ♪」
ヒラリと手を振り、シュヴァルは影に溶けるように姿を消す。
その気配が完全に消えたのを確認してから、タカチホはポツリと呟いた。
「……どうしたものですかね」
夜の冷気が再び、静寂とともに彼を包む——。
場面は宿屋の一室に切り替わる。
まだ夜は明けきらず、街は静寂に包まれている。
静かに寝息を立てるメリィとネロの姿、その隣で心配そうに集まる仲間たち。
「「姉さま……ネロさま……」」
マヌルとメルルがしょんぼりと尻尾を下げている。
「タカチホが大丈夫だって言ってたんだから、大丈夫だ」
ワノツキが二人の頭を優しく撫でた。
「……メリィ!!ッつ……!!」
不意にネロが勢いよく上半身を起こした。
だが、すぐに顔をしかめて頭を押さえる。
「怪我してんだ、いきなり動くな」
ワノツキが静かに制する。
「傷口が開いたり等すれば、メリィが余計悲しむ」
ズメウの落ち着いた声が続く。
「……そうだ……メリィは、……無事か?」
ネロが絞り出すように問う。
「メリィ姉さま、今は眠ってます」
マヌルが隣のベッドを指差す。
ぐっすり眠るメリィの穏やかな寝顔。怪我もなさそうだと確認して、ネロは胸をなでおろす。
「ネロさま!もう無茶はしないでください!」
「みんな、いっぱいいっぱい心配したんですから!」
双子がネロのベッドにバフンと飛び乗る。
「コラ、怪我人だぞ」
ワノツキが軽くたしなめる。
いつもの賑やかさ。だが何か足りない。
ふと、ネロが辺りを見渡す。
「あれ、タカチホは?」
怪我の手当てをしてくれた彼に礼を言おうとしたのだが、姿が見えない。
その時——。
「呼ばれてコチラにじゃじゃじゃじゃーーーん!!!」
窓の外から逆さまにひょいっとタカチホが顔を覗かせた。
「タカチホさま!」
「びっくりさせないでください!!」
尻尾を膨らませ驚きながらも怒る双子。
「……タカチホ、お前……どこ行ってたんだよ……」
呆れたようにワノツキが言う。
「いやぁ、すこぉしだけ野暮用が御座いましてネ!!しかし、ネロサンがお元気になったお顔を見れて小生ハッピー!これぞ行幸!!いやぁ~ヨカッタヨカッタ!!」
いつもの調子で笑うタカチホ。
だがその心の奥では——シュヴァルと交わした言葉、“黒の魔王”の伝承、ネロとメリィの行く末……
全てを胸にしまい、今は話す時ではないと決めていた。
(……今は、まだ)
タカチホはただ、飄々とした笑顔で窓から部屋へと入ってくるのだった。
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