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40.絵画の街④
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闇が裂け、光が差し込んだ。
一行は次々と絵画の世界から吐き出され、元いたミュージアムの床に転がった。
苦しげに呻く者、肩で荒く息をつく者、まだ意識の戻らない者――だが皆、確かに“現実”の世界へ帰ってきていた。
「……あれ? ここ……」
最初に声を上げたのはメリィだ。ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。
その視線の先――倒れ伏している人々の姿。
男も女も、老いも若きも。
この街で行方不明になっていた者たちだ。
十人以上。全員が絵の中に囚われていた。
「良かった……ちゃんと……みんな……」
胸をなで下ろすようにメリィが呟く。
だが。
――ずるり。
不快な音が響いた。視線を向ければ、壁に掛けられた《赤い間者》の絵画――そこから血のような液体がじわりと滲み出していた。
それは額縁を越え、どろりと床へ垂れ、じわじわと広がっていく。赤黒く濁った液体は、壁や天井までも染め上げ、まるで世界そのものを歪ませていくかのようだった。
「……達の悪い悪夢ですネェ……」
タカチホが肩をすくめ、軽く鼻を鳴らす。
「離れ離れにされて、怒ってます……!」
「メルルたちも怒ってますっ!」
双子がぷくりと頬を膨らませる。
「――勝手に人の記憶を漁って、好き放題いじくりまわすとは……」
ワノツキが低く唸る。
「いただけねぇな、そういうのは」
流れ出した血のような液体は次第に絵そのものを染め、額縁がギシギシと軋みを上げて歪みはじめる。
無数の呻き声が重なり、かすれた嘲笑のような音が耳にまとわりついた。
「……悪趣味な夢は――」
メリィが大鉈を手に、ゆっくりと絵の前へ進み出る。
「――終わりだよ!!」
大鉈が振り抜かれた。
刃が《赤い間者》の中心を裂くと、絵画は黒い塵と化して空気に溶け、消えていく。
何かの魂の断末魔のような、ひび割れた悲鳴だけが響いた。だがそれもすぐに、静寂に呑まれて消えた。
――気がつけば、ミュージアムはいつもの姿を取り戻していた。
石壁、古びた絵画、埃の匂い。何の変哲もない、ただの展示室。
「……終わった、んだな」
ワノツキが肩の力を抜き、ほっと息を吐いた。
***
ミュージアムを出た一行は、石畳の道をゆっくりと歩いていた。
行方不明だった人々は正気を取り戻し、家族の元へ戻っていった。
事件は――無事、解決した。
だが、心に拭えぬ疑問が残る。
「なあ。さっき絵の中で……妙なやつ、見なかったか?」
ネロがうーん、と言いながらふいに口を開いた。
「……知らない人なのに、どこかで見た気がする。そんな感じだった」
メリィも首を傾げる。
「メルルもです。曖昧な存在……誰か立ってました」
「マヌルも……花畑に……変な影……」
双子も顔を見合わせ、同じ違和感を口にする。
「……変な違和感だったよな」
ワノツキも腕を組み、考え込む。
「……もしかすると」
タカチホがふむと呟く。
「絵に描かれていた《赤い間者》の人物……いや、これ以上は……」
「記憶の中に紛れ込む異物って感じな。だから『これは幻覚だ』って気付けた感がある」
双子が揃って小さく頷く。
「なるほど……」ズメウが顎に手を当てる。
「絵の作者――アデルの最後に残った“善性”かもしれんな。
これ以上犠牲を増やさぬよう、自分の姿で『これは現実ではない』と気付かせてくれていたのだろう」
「……本当は、自分自身の“間者”だったってわけか」
ネロがぼそりと呟く。
「フゥム……深いですネェ」
タカチホが目を細める。
だが、その厳かな空気を破るように――
「でも……」
「ちょっと……」
「「おばけみたいで……怖かったです……!」」
双子が同時に言い、身を寄せ合った。
「おや?お二人はそういう類が苦手でしたか!」
タカチホが嬉しそうに声を弾ませ、さっと手帳を取り出す。
「小生、記憶しましたぞ……ふふふ……♪」
「ひゃっ……嫌ですそんな記録……!」
「消してくださいっ、タカチホさまっ!」
わぁわぁと騒ぐ双子を、メリィが微笑み、ネロが呆れたように肩を竦める。
ズメウは静かに空を仰ぎ、ワノツキは苦笑しながら皆を眺めていた。
――いつもの賑やかさ。
――いつもの仲間たち。
事件は終わった。
悪夢も、絵も、全て。
アルセントの街に、穏やかな風が吹いていた。
一行は次々と絵画の世界から吐き出され、元いたミュージアムの床に転がった。
苦しげに呻く者、肩で荒く息をつく者、まだ意識の戻らない者――だが皆、確かに“現実”の世界へ帰ってきていた。
「……あれ? ここ……」
最初に声を上げたのはメリィだ。ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。
その視線の先――倒れ伏している人々の姿。
男も女も、老いも若きも。
この街で行方不明になっていた者たちだ。
十人以上。全員が絵の中に囚われていた。
「良かった……ちゃんと……みんな……」
胸をなで下ろすようにメリィが呟く。
だが。
――ずるり。
不快な音が響いた。視線を向ければ、壁に掛けられた《赤い間者》の絵画――そこから血のような液体がじわりと滲み出していた。
それは額縁を越え、どろりと床へ垂れ、じわじわと広がっていく。赤黒く濁った液体は、壁や天井までも染め上げ、まるで世界そのものを歪ませていくかのようだった。
「……達の悪い悪夢ですネェ……」
タカチホが肩をすくめ、軽く鼻を鳴らす。
「離れ離れにされて、怒ってます……!」
「メルルたちも怒ってますっ!」
双子がぷくりと頬を膨らませる。
「――勝手に人の記憶を漁って、好き放題いじくりまわすとは……」
ワノツキが低く唸る。
「いただけねぇな、そういうのは」
流れ出した血のような液体は次第に絵そのものを染め、額縁がギシギシと軋みを上げて歪みはじめる。
無数の呻き声が重なり、かすれた嘲笑のような音が耳にまとわりついた。
「……悪趣味な夢は――」
メリィが大鉈を手に、ゆっくりと絵の前へ進み出る。
「――終わりだよ!!」
大鉈が振り抜かれた。
刃が《赤い間者》の中心を裂くと、絵画は黒い塵と化して空気に溶け、消えていく。
何かの魂の断末魔のような、ひび割れた悲鳴だけが響いた。だがそれもすぐに、静寂に呑まれて消えた。
――気がつけば、ミュージアムはいつもの姿を取り戻していた。
石壁、古びた絵画、埃の匂い。何の変哲もない、ただの展示室。
「……終わった、んだな」
ワノツキが肩の力を抜き、ほっと息を吐いた。
***
ミュージアムを出た一行は、石畳の道をゆっくりと歩いていた。
行方不明だった人々は正気を取り戻し、家族の元へ戻っていった。
事件は――無事、解決した。
だが、心に拭えぬ疑問が残る。
「なあ。さっき絵の中で……妙なやつ、見なかったか?」
ネロがうーん、と言いながらふいに口を開いた。
「……知らない人なのに、どこかで見た気がする。そんな感じだった」
メリィも首を傾げる。
「メルルもです。曖昧な存在……誰か立ってました」
「マヌルも……花畑に……変な影……」
双子も顔を見合わせ、同じ違和感を口にする。
「……変な違和感だったよな」
ワノツキも腕を組み、考え込む。
「……もしかすると」
タカチホがふむと呟く。
「絵に描かれていた《赤い間者》の人物……いや、これ以上は……」
「記憶の中に紛れ込む異物って感じな。だから『これは幻覚だ』って気付けた感がある」
双子が揃って小さく頷く。
「なるほど……」ズメウが顎に手を当てる。
「絵の作者――アデルの最後に残った“善性”かもしれんな。
これ以上犠牲を増やさぬよう、自分の姿で『これは現実ではない』と気付かせてくれていたのだろう」
「……本当は、自分自身の“間者”だったってわけか」
ネロがぼそりと呟く。
「フゥム……深いですネェ」
タカチホが目を細める。
だが、その厳かな空気を破るように――
「でも……」
「ちょっと……」
「「おばけみたいで……怖かったです……!」」
双子が同時に言い、身を寄せ合った。
「おや?お二人はそういう類が苦手でしたか!」
タカチホが嬉しそうに声を弾ませ、さっと手帳を取り出す。
「小生、記憶しましたぞ……ふふふ……♪」
「ひゃっ……嫌ですそんな記録……!」
「消してくださいっ、タカチホさまっ!」
わぁわぁと騒ぐ双子を、メリィが微笑み、ネロが呆れたように肩を竦める。
ズメウは静かに空を仰ぎ、ワノツキは苦笑しながら皆を眺めていた。
――いつもの賑やかさ。
――いつもの仲間たち。
事件は終わった。
悪夢も、絵も、全て。
アルセントの街に、穏やかな風が吹いていた。
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