夢守りのメリィ

どら。

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61.花の街(中編)

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街道の先に広がる温室植物園の看板を見つけて、双子が小さく歓声を上げた。

「わぁ!!楽しみです!姉さま、どんなお花がありますかね!」
「マヌル!今日こそお花の精霊に会えるかもしれませんよ!」

はしゃぐ声に、タカチホが肩をすくめる。
「精霊はさておき、珍しい薬草があれば小生うれしいでス。調合の幅が広がりますからねェ」

「なんだ、"建前は"薬草探しなんじゃなかったのか?」
横でワノツキがニヤリと笑う。

「細かいことは気にしなイ。目的は多いほうがイイですからネェ」

そのやりとりを横目に、メリィはネロと並んで歩く。
ふっと顔を向け、静かに言葉を落とした。

「ネロ、楽しみだね」

ネロは片眉を上げて、小さく笑う。
「まあな。植物園なんて久しぶりだし。……メリィは?」

「うん。お花も気になるけど……」メリィはちらりと双子を見る。「あの子たちが、嬉しそうで。なんだかそれだけで、わたしも嬉しい」

「……そっか」ネロは微笑み、ほんの少しだけ手を伸ばして、メリィの袖を指先でとんとんと叩いた。「無理しないようにな」

「うん」メリィも柔らかく笑う。その頬に、春の気配がほんのり宿る。


ーーー

植物園の中を巡っていた一行の前に、一人の年配の男性が現れた。彼は、この植物園の館長だった。

「あなたたち、良い時期に来ましたね」

突然の言葉に、双子が目をぱちくりさせる。

「良い時期、ですか?」メルルが問いかけると、館長はふふっと笑って頷いた。

「ええ。フローラではこの時期になると“春変わり”という現象が起きるんですよ。一晩で街中が花盛りになる。……私はね、今夜…明け方頃ではないかと思ってるんです」

目を輝かせる館長。まるで子供のようにわくわくと。

「とても美しい光景だからね。旅人さんたちにも、ぜひ見ていってほしいんだ」

そう言って館長はウインクし、植物園の奥へと戻っていった。

その背を見送りながら、メリィがぽつりと呟く。

「……ちょっと、見てみたいな」

「折角の機会だし、見に行くか」ネロが即答する。

けれどその声に、少しだけ釘を刺すような色が混じる。

「……ただし。調子が悪くなりそうだったら、すぐ宿に帰るからな」

メリィは静かに微笑んで頷いた。

「うん。大丈夫。ありがとう」

「メルルも!行きますよ!ね、マヌル!」

「行きますーっ!」双子が元気よく言いかけたところで、大きな手が二人の頭にぽんと置かれた。

「おまえらは俺らと、だ」ワノツキが優しく笑う。

「「ええええ~!!」」と不満げに抗議する双子。

「そうですねェ」タカチホが静かに言葉を継ぐ。「こういう瞬間というものは、かけがえのない思い出となったりしますしネェ……しみじみ」

「……なんだ。おまえにもそういう瞬間があったのか?」ワノツキが興味深そうに聞く。

「いやですねェワノツキサン!小生を何だと思っているんですか!」タカチホがむくれて肩をすくめる。

そしてふと、真面目な声音で続けた。

「……誰にでも、忘れられないほど鮮烈に記憶に残る場面は、あると思いますヨ」

その目の奥には、何か胸の内に秘めたものがあるようで、
ワノツキはそれ以上は聞かなかった。



夜が更け、空には淡い光が灯り始める。
メリィとネロは静かに街を見渡せる高台に座っていた。

まだ肌寒い風が頬を撫でる。メリィはそっとその身を寄せ、ネロも何も言わず肩を貸す。
お互いで暖を取るように、自然と寄り添った。

「寒いか?」ネロが聞くと、メリィは小さく首を振る。

「……大丈夫。ネロがいるから」

その声に、ネロの顔がわずかに綻ぶ。

やがて、東の空がわずかに白み始め、街の向こうに山影が浮かび上がる。
そして。

朝日が山の端から顔を出した瞬間——それは起こった。

まるで弾けるように、花が次々と咲き誇りはじめたのだ。

木々も、草も、茂みも、街道の石畳の隙間からさえ。
淡い桃色、優しい白、透けるような紫——
光に照らされた場所から順に、花々が一斉にその姿を現していく。

「……わ、あ……!」
メリィが、感嘆の声を漏らす。目を輝かせ、まるで夢を見ているように。

その横顔を、ネロがそっと見つめる。

「……メリィ」

名前を呼ばれて、彼女が振り向く。

その瞬間。ネロは迷わなかった。
伸ばした手がメリィの頬に触れ、そのままゆっくりと顔を近づけ——

唇と唇が、触れ合う。

それはもう、家族でも、親友でもない。
確かな想いを込めた、恋人としての口付け。

メリィの瞳が、驚きに大きく見開かれ、そしてほんのりと赤く染まる。
桃色の光に包まれたその瞳は、熱を宿し、震えていた。

唇を離し、ネロは低く、けれどしっかりとした声で言った。

「好きだ。メリィ」

それは、長い旅の中、いつか伝えようと思っていた言葉。
けれど、今この瞬間が、何よりふさわしいと感じた。

メリィの胸が、どくん、と大きく鳴る。
その全てを染めるように、春の花々が風に揺れていた——。
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