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73.旅立つ先
しおりを挟む翌朝。メリィたちは再び「知識の間」へと足を運んでいた。
そろそろ次の街へ向かうため、その挨拶をエンに伝えに来たのだ。
大図書館の奥、三重の扉を開けると、変わらず本に囲まれたその空間でエンは待っていた。
「おや。主たちか」
相変わらず、落ち着いた声だった。けれど、その響きの奥に、どこか遠さを感じる。
「そろそろこの街を出るんだ。……その前に、ちゃんと挨拶しておきたくて」
メリィが柔らかく微笑む。
「そうか……わしも、別れを言うておかねばならんな」
ふと、メリィは気付いた。
そういえば――ちゃんと名前を、聞いていなかった。
「エン……さんで、いいのかな?」
「うむ。それで良い。わしも、そちらの名を聞いてよいか?」
改めて、メリィは胸に手を当てる。
「わたしはメリィ。夢守りとして旅をしています」
「オレはネロ。メリィの……護衛みたいなもんだな」
「ワノツキだ。元炭鉱夫で、今はこいつらと旅してる」
「小生はタカチホ。医学、薬学、何でもござれなスーパー万能ー」
「主のことは知っておる」
エンが微笑み、タカチホの言葉をそっと遮った。
タカチホは苦笑して肩をすくめる。「それもそうでしたネ」
和やかに、ひとときの静寂が流れる。
「またこの街に寄った時は、いろいろ教えてほしいな。読めなかった古代語とか、まだまだたくさんあって……」
メリィが目を輝かせると、エンは嬉しそうに頷いた。
「望むところじゃ。わしも、語る事は尽きぬ」
「次は……良い筋肉の付け方の本でも教えてくれ」
ワノツキの言葉に、一行からクスリと笑い声がもれる。
「オレは……そうだな。目新しい料理の本でもあれば教えてくれよ」
ネロも少し頬を掻きながら言う。
一人、また一人と部屋を出ていく仲間たち。
最後に残ったのはタカチホだった。
その背に、エンが声をかける。
「……あれから、随分と月日が経ったな」
タカチホは振り返り、少し苦笑した。
「まったく……小生は、アナタの姿が変わらなさすぎてビックリしましたヨ」
「姿は変わらずとも……内は、劣化するものよ」
その時、
ぽろり、と。
エンの頬の一部が崩れ落ちる。土のように、乾いた音を立てて。
「……エン」
「わしが壊れれば、また新たな『わし』が作られるのだろう。……それで良い。わしはずっと……役目を果たしてきたのだからな」
さらり、さらりと、肩、腕、胸元。ゆっくりと崩れていくエンの身体。
「……エン……アナタは……!」
「最期に……主とまた会えた事は、暁光であったぞ」
その顔に――タカチホは見たことのない、まるで太陽のような、向日葵のような笑顔が浮かんだ。
エンの身体は音もなく崩れ、塵となり、その場に散っていった。
残されたのはコアとなる魔鉱石。
エンーー
その正体は、自立型土人形。
太古の時代、宝や聖地を守るために造られた存在――。
果てしない年月を、ただ一人、知識の間を守り続けた末の最期だった。
タカチホは目を閉じ、静かに頭を垂れる。
「……おやすみなさい。エン。……ゆっくり休んでください」
知識の間の扉は、音もなく閉じられた。
静寂が満ちる。まるで、その場に確かな祈りが捧げられたかのように。
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