夢守りのメリィ

どら。

文字の大きさ
74 / 140

74.帰る場所

しおりを挟む

陽は高く、空は澄み渡っていた。

一行は緩やかな丘を越え、草原の道を進んでいた。あたり一面を淡い黄緑の草が覆い、そよ風がその波を揺らしていく。草の隙間を、小さな光沢のあるトカゲがすばしこく駆け抜け、時折、梢から橙色の羽根を持つ鳥が飛び立っていった。

「わあ……見て、ネロ。あんな鳥、見たことない」

メリィが嬉しそうに指差す。

「ほんとだな。オレも初めて見る」

「この地方特有の種でしょうネ。文献にもない色彩ですヨ」タカチホが楽しげに肩をすくめる。

草の匂いと陽だまりの温もりが頬に心地よい。ワノツキは少し先を歩きながら大きく伸びをした。

「いやぁ……こりゃ最高だ。ここで寝転がって昼寝でもしたいぐらいだぜ」

「ふふ、ほんと。ずっと歩いても疲れなさそう」メリィも笑った。

小さな幸せが胸に満ちるような、そんな時間だった。



やがて陽が傾き始め、ネロが空を仰ぐ。

「そろそろ、野営場所探すか」

「風の陰になる場所がいいですネ。焚き火も起こしやすい」

丘の麓、草が開けた小さな広場を見つけた。皆で焚き火の準備を始める。ワノツキは手際よく薪を組み、タカチホが火口を整える。ネロは周囲を見回り、メリィは近くの小川から水を汲んで戻ってきた。

そのとき――

「……あれ……空に……?」

メリィがふと空を仰いだ。

西の空に、大きな影が舞っていた。翼を広げた黒い影――ズメウだった。その背に、ふたつの小さな影。

「……ズメウ?」ネロが目を細める。

ズメウは広場の上空で一度旋回すると、静かに翼をたたんで舞い降りた。

その背には、メルルとマヌル。

けれど、双子の表情にはいつもの笑顔も、元気な声もなかった。

ズメウが地に降りると、双子はその背から降り、ふらふらとメリィの方へ歩いてくる。

「姉さま……」

聞き慣れた声。けれど、どこか力の抜けた、かすかな声。

「メルル、マヌル……?」

メリィが駆け寄ると、双子はそのままメリィの胸に顔を埋めた。

「……」

そのまま、ぎゅっと抱きついて離れない。小さく震えているのがわかった。

「どうしたの……?大丈夫?」メリィは優しく背中を撫でながら問いかける。

けれど双子は何も答えない。ぽろりと涙を落とし、そのままメリィの腕の中で目を閉じ、眠り始めた。

――やっと、緊張が解けたのだろう。

「……寝たみたい」メリィがそっと言う。双子の頬に、静かな寝息のぬくもり。

メリィはそっと二人を抱き直し、焚き火のそばの毛布の上に横たえた。

やがて、ズメウが翼をたたみ、人の姿に戻る。

「ズメウ……一体何が、あったの」

メリィの問いに、ズメウは静かに視線を落とし――口を開いた。

「……メルルとマヌルの里は、滅んだ」

そこにいる誰もが息を飲んだ。

「双子の親……長老……里のすべて。奴らは既に道を違えていた。白の魔王への信仰に染まり……空の者を“依代”とするため、双子を育てていたのだ」

「空の者……」
メリィは何処かで聞いたその言葉が引っかかっていた。

「しかも“予備”まで用意していた。二人に酷似した、代わりの個体。姿も何もかも瓜二つ……不要となれば、二人をすげ替えるつもりだったのだろう」

焚き火の音だけが、静かに響いている。

「メルルもマヌルも何も知らなかった。知らされていなかった――」

「……ズメウ……」

「……彼らを導くべき立場として、外れた道を歩んだその報いを受けさせた。長老も親も、街も……全て、我が手で終わらせた。全て、我が決めた事だ」

その声音に、怒りも悲しみもなかった。ただ静かで、重い決意だけがあった。

「……あんたが、一人で……」

「当然だ。あの者たちが双子にしたこと、これからしようとしたこと……許せるはずがない」

ズメウは思い出したように眉間に皺を寄せる。
だがすぐに、焚き火の向こうの眠る双子を見て、一つ大きな息を吐いた。

「二人は……これから自分の意志で生きられる。誰にも操られず、何にも縛られずに」

その言葉に、誰も反論できなかった。

ズメウの肩に、静かに夜風が吹く。

メリィは膝に眠る双子の髪を撫で、そっと呟いた。

「……ありがとう、ズメウ」

ズメウは何も言わずただ目を伏し、その場に立ち尽くしていた。

焚き火の光だけが、夜の帳の中で揺れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...