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74.帰る場所
しおりを挟む陽は高く、空は澄み渡っていた。
一行は緩やかな丘を越え、草原の道を進んでいた。あたり一面を淡い黄緑の草が覆い、そよ風がその波を揺らしていく。草の隙間を、小さな光沢のあるトカゲがすばしこく駆け抜け、時折、梢から橙色の羽根を持つ鳥が飛び立っていった。
「わあ……見て、ネロ。あんな鳥、見たことない」
メリィが嬉しそうに指差す。
「ほんとだな。オレも初めて見る」
「この地方特有の種でしょうネ。文献にもない色彩ですヨ」タカチホが楽しげに肩をすくめる。
草の匂いと陽だまりの温もりが頬に心地よい。ワノツキは少し先を歩きながら大きく伸びをした。
「いやぁ……こりゃ最高だ。ここで寝転がって昼寝でもしたいぐらいだぜ」
「ふふ、ほんと。ずっと歩いても疲れなさそう」メリィも笑った。
小さな幸せが胸に満ちるような、そんな時間だった。
やがて陽が傾き始め、ネロが空を仰ぐ。
「そろそろ、野営場所探すか」
「風の陰になる場所がいいですネ。焚き火も起こしやすい」
丘の麓、草が開けた小さな広場を見つけた。皆で焚き火の準備を始める。ワノツキは手際よく薪を組み、タカチホが火口を整える。ネロは周囲を見回り、メリィは近くの小川から水を汲んで戻ってきた。
そのとき――
「……あれ……空に……?」
メリィがふと空を仰いだ。
西の空に、大きな影が舞っていた。翼を広げた黒い影――ズメウだった。その背に、ふたつの小さな影。
「……ズメウ?」ネロが目を細める。
ズメウは広場の上空で一度旋回すると、静かに翼をたたんで舞い降りた。
その背には、メルルとマヌル。
けれど、双子の表情にはいつもの笑顔も、元気な声もなかった。
ズメウが地に降りると、双子はその背から降り、ふらふらとメリィの方へ歩いてくる。
「姉さま……」
聞き慣れた声。けれど、どこか力の抜けた、かすかな声。
「メルル、マヌル……?」
メリィが駆け寄ると、双子はそのままメリィの胸に顔を埋めた。
「……」
そのまま、ぎゅっと抱きついて離れない。小さく震えているのがわかった。
「どうしたの……?大丈夫?」メリィは優しく背中を撫でながら問いかける。
けれど双子は何も答えない。ぽろりと涙を落とし、そのままメリィの腕の中で目を閉じ、眠り始めた。
――やっと、緊張が解けたのだろう。
「……寝たみたい」メリィがそっと言う。双子の頬に、静かな寝息のぬくもり。
メリィはそっと二人を抱き直し、焚き火のそばの毛布の上に横たえた。
やがて、ズメウが翼をたたみ、人の姿に戻る。
「ズメウ……一体何が、あったの」
メリィの問いに、ズメウは静かに視線を落とし――口を開いた。
「……メルルとマヌルの里は、滅んだ」
そこにいる誰もが息を飲んだ。
「双子の親……長老……里のすべて。奴らは既に道を違えていた。白の魔王への信仰に染まり……空の者を“依代”とするため、双子を育てていたのだ」
「空の者……」
メリィは何処かで聞いたその言葉が引っかかっていた。
「しかも“予備”まで用意していた。二人に酷似した、代わりの個体。姿も何もかも瓜二つ……不要となれば、二人をすげ替えるつもりだったのだろう」
焚き火の音だけが、静かに響いている。
「メルルもマヌルも何も知らなかった。知らされていなかった――」
「……ズメウ……」
「……彼らを導くべき立場として、外れた道を歩んだその報いを受けさせた。長老も親も、街も……全て、我が手で終わらせた。全て、我が決めた事だ」
その声音に、怒りも悲しみもなかった。ただ静かで、重い決意だけがあった。
「……あんたが、一人で……」
「当然だ。あの者たちが双子にしたこと、これからしようとしたこと……許せるはずがない」
ズメウは思い出したように眉間に皺を寄せる。
だがすぐに、焚き火の向こうの眠る双子を見て、一つ大きな息を吐いた。
「二人は……これから自分の意志で生きられる。誰にも操られず、何にも縛られずに」
その言葉に、誰も反論できなかった。
ズメウの肩に、静かに夜風が吹く。
メリィは膝に眠る双子の髪を撫で、そっと呟いた。
「……ありがとう、ズメウ」
ズメウは何も言わずただ目を伏し、その場に立ち尽くしていた。
焚き火の光だけが、夜の帳の中で揺れていた。
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