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76.オアシスの街に潜む影(中編)
しおりを挟む街の露店通りは、昼間とは違う喧騒に包まれていた。
夕暮れとともに開かれるナイトマーケット。ランプの灯りが幻想的に揺れ、個性的なお菓子や干した果実の甘い香りが漂う。
「ほら、これ。デーツの砂糖漬け。旅人には人気だよ」
ふっくらとした老婆が試食を勧める。メリィが受け取ろうとすると、彼女がふと声を潜めた。
「……最近ね、若い娘が何人も行方不明になってるんだよ」
「……え?」
「夜道で攫われて、そのまま戻ってこない。衛兵も探してるけど、まだ見つからないって話さ。気をつけるんだよ、お嬢ちゃんたち」
老婆は心配そうにメリィと双子を見て、デーツを渡した。
「……人攫い、か」
店を離れたネロが低く呟く。
「嫌な話だな」
「そういえば、さっきから……ずっと誰かの気配がついてきてますよね」
メルルが振り返り、マヌルも頷く。
「路地の陰……誰か、見てる」
メリィは小さく息を呑んだ。
「攫われた人たち……助けなきゃ」
「……何言ってんだ、お前」
ネロが眉をひそめる。
「まさか――」
「わたしが囮になる」
その言葉に、ネロの表情が強張った。
「ダメだ。絶対に」
「でも――」
「だったらメルルたちも一緒に行きます!姉さまを守りますから!」
「マヌルもです!マヌルたち、絶対負けません!」
メリィは双子を見つめ、そっと微笑んだ。
「ズメウ……鱗、ちゃんと持ってるから。見つけてくれる?」
「当然だ。……すぐに見つける」低く静かに答えるズメウ。
「いっちょ懲らしめてやろうぜ、なぁ」
ワノツキが肩を鳴らす。
「ふふ……準備は万端ですヨ」
タカチホも、いつもの飄々とした笑みを浮かべていた。
翌日の夜――作戦決行の時。
メリィと双子は三人で、再びナイトマーケットへと繰り出した。
「姉さま!ランプの灯りが幻想的ですね!」
「わぁ……あの果実水、美味しそうです!」
「ねぇ、あの刺繍……綺麗だね。鷹のモチーフかな?」
メリィの言葉に双子が顔を見合わせる。
「姉さま、アレは虎だと思います」
「マヌルもそう思います」
「え?あれ?そう……かな?」
ふっと三人の笑い声がこぼれ、夜の街に溶けた――その時。
背後。
足音。いや、砂を擦る微かな気配。
「……誰か、います」
メルルの耳がぴくりと動いた。マヌルも、さりげなく歩幅を落とす。
「……路地に入ろう。目立たない方がいい」
メリィが静かに言い、わざと人気の少ない通りへ足を向ける。
双子も黙って従う。耳と尾の感覚を研ぎ澄ませながら。
――コツ、コツ。
乾いた足音。つけてくる。間違いない。数人。
(来る……)
メリィの心が緊張に収縮する。
ズメウの鱗――ポケットの中に、ちゃんとある。ネロたちも後ろにいる。
大丈夫、きっと――
「っ……!」
次の瞬間。
背後から勢いよく伸びる影。
麻の袋のようなものが、頭から荒々しく被せられた。
「――あっ!」
口を開く暇もなく、視界が暗転する。
腹部に衝撃。抱え上げられ、地面が遠のく。
「姉さまっ!!」
「マヌル、姉さまが――!」
双子も抵抗する。爪を立て、足を蹴り上げる。
「っ!!離せ!!」
短く怒声が飛ぶ。重い腕が彼女たちを乱暴に抱え込む。
「くそ、暴れるな……!」
夜の気配がざわりと揺れた。
三人の姿は、路地裏の闇に呑まれて消える。
――少し離れた屋根上。
「……っ、くそ……」
ネロが低く息を吐いた。
「わかってたけど……いい気分じゃねぇな」
ズメウは無言で立ち上がる。目が闇を射抜くように光る。
ワノツキも肩に手を置き、静かに口元を歪めた。
「さて……ここからだな」
タカチホが微笑む。指先に細い針を一本、回している。
「悪い子には、お仕置きの時間ですヨ」
四人は音もなく、闇の中へと後を追った――。
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