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91.歯車と迷路①
しおりを挟む機械仕掛けの街は、夕暮れ時の光を受けてどこか黄金色に輝いていた。
路地の奥からはシュウシュウと蒸気の音が立ち昇り、大小さまざまな歯車がカチカチと絶え間なく回っている。
床に敷かれた金属の板はほんのりと温かく、重たそうな荷物を載せた動く歩道がゆっくりと人々の間を進んでいた。
「うわぁ……すごい……!」
メリィは目を丸くして立ち止まり、街の高層へ向かって上下する箱状のリフトを見上げる。
歯車の合間を抜けて浮かぶそれは、まるで大きな虫のように街の空を昇っていく。
「……この街に居たら階段なんか上りたくなくなるな」
ネロが苦笑しつつ肩をすくめる。
「快適すぎますよ!メルル、住みたいです!」
「マヌルも!楽しいですー!」
双子は跳ねるようにあちこちへ駆けてはリフトの列を覗き、ガラス張りの天井から顔を出して見渡している。
「おい、飛び出すな。落ちるぞ」
ワノツキが呆れ気味に呼びかけるが、双子は「はーい!」と元気に返事し、またリフトの奥を覗き込んだ。
「奥のリフト、壮観ですネ……かなり高さがありそうでス」
タカチホが眩しそうに目を細めて見上げる。
「明日乗ってみようか?」
メリィが笑って言うと、双子の尻尾が嬉しそうに揺れ、顔を輝かせる。
「やったー!」
「楽しみです!」
そんな二人の足元で、小さな黒い影が「たー!」と真似て両手を上げて跳ねた。
それを見た皆が自然と笑顔になる。
しばらく街を散策した後、一行は宿屋へと足を運ぶ。
白い蒸気が途切れる瞬間、ほんのり油と鉄の匂いが漂う。
宿屋にたどり着くと、玄関脇の壁から金属のアームがにゅるりと伸びてきた。
その先端には厚みのある鉄板の案内板がぶら下がり、音を立ててカシャリと開く。
《ご宿泊の方はコチラ》
彫り込まれた文字が現れた後、スチームの吹き出す音と共に小さな受付機械が飛び出してくる。
真鍮と銀色の細工が施されたその装置の中央にはガラスの球体があり、内部には渦巻く蒸気の光がゆらゆらと踊っている。
「へぇ……手続きも機械なんだな」ネロが感心したように呟く。
タカチホが興味深そうに機械に近付く。
パネルには小さなスチームレバーと幾つもの歯車が組み込まれ、くるくると回り続けている。
「宿泊日数と人数を入れる仕組みデスか……魔法の国と似て非なるものですネ。実に面白い」
タカチホが歯車を回して数値を合わせ、最後に『確定』と書かれたレバーを引く。
シュウッと白い蒸気が噴き出し、奥の配管からカシャンカシャンと何かが転がる音。
やがて、真鍮製の小箱がゴトリと落ちてきた。
開くと、中には部屋番号が刻まれたキーリングが三つ、丁寧に並んでいる。
「おぉ……」メリィが目を輝かせる。
「すげぇな。無駄がねぇ……」ワノツキが感心したように眉を上げる。
「この受付、魔導式じゃなくて純粋な機械仕掛けですネ。歯車とスチームだけ……いやァ、職人魂を感じますねェ」タカチホは楽しそうに頷いた。
「この街もすごいですね……」メルルが嬉しそうに言い、マヌルも小さく「わくわくします」と囁く。
宿屋の中は、磨かれた真鍮の手すりや、油の香り漂う重厚な木の床が広がっていた。
壁の中では小さな歯車がコチコチと回り続け、部屋のドアノブも自動で軽く開閉している。
「すげえな、ここ……ドアまで動くのかよ……」ネロが苦笑混じりに呟き、ズメウは興味なさそうに無言で首を傾げる。
タカチホは壁の歯車に手を伸ばし、回転具合を確認して目を輝かせる。
「これ……作りたてです。焼き色がまだ新しい……いい職人がいらっしゃいますネ」
階段の手すりがふわりと上昇し、自動で二階まで運んでくれる仕組みを見た双子は、興奮して駆け寄る。
「わあ!乗ってもいいですか!?」
「いいのかな!?すごいですこれ!」
「……お前ら、落ちるなよ」
ワノツキの忠告に、双子は元気よく「はーい!」と答えながら、黒竜と一緒に手すりエレベーターに乗り込んだ。
こうして一行は、にぎやかに、少し不思議な機械仕掛けの宿屋に落ち着くのだった——。
夜——
各自部屋に荷物を置き、軽く汗を拭った後、下の酒場へと集まる。
黄銅のランプが柔らかな光を落とし、店内には歯車のオブジェや蒸気管があちこちに走っていた。
「さすが機械仕掛けの街だよな……」
ワノツキが高い天井を見上げながら言う。
周囲には旅人や街の職人たちが飲みながら、楽しげに話をしていた。
その中からリフトの先にある大時計台の話が聞こえてくる。
「——あの大時計か。リフトで上がった先にあるんだろ?中は迷路になってるんだって」
「ああ、生きてる迷路さ。行くたびに道が違うって評判だ。しかも障害物まで動くとか」
耳にしたタカチホが、椅子の上で身を乗り出す。
「障害物も動くし、道も変わる。お陰で三日閉じ込められた人もいたとか……なので、途中でリタイアしたい時用に入り口で花火を渡されるらしいですヨ」
「花火!?」
「そう、非常用信号ですネ。途中で打ち上げれば救助が来るとか」
「殆どがリタイアだったそうです」
「誰かがクリアすると、大時計の鐘が街中に鳴り響くらしいですよ!」
双子は聞いて来た話を興奮気味に話す。
「……お前ら、やる気満々だな」
ネロが苦笑し肩をすくめる。
「そんな難しいって聞くと、やる気でちゃうね」とメリィが笑う。
「うーん……ですが小生、この子を見ていなければならないので、今回は竜とお留守番しています…みなさん、楽しんで来て下さいネ!」
タカチホがシーダを抱き上げ、頭を撫でる。
その時。
「あ!!」
双子が声を上げ、ピタリと全員の視線が集まる。
「そうだ、竜!この子の名前決めましょう!!」
「そうでした!!」とマヌル。
「いい案ありますか、ワノツキさま!」双子が詰め寄る。
「俺からかよ…んー…紫の煙で……シエン、はどうだ?」
「おお、真面目に考えて下さってる!」「
さすがワノツキさま!」
拍手する双子。
「姉さまは?」
「え、ええと……りゅうちゃん……?」
うーんと考えていたメリィだったが、普段そう呼んでいたせいか思いつかなかったようだ。
「「まんまですね!」」
と双子から即ツッコミが入る。
「……シーダだ」ズメウが低く呟いた。
その名に、小さな竜は嬉しそうに尻尾をパタパタと振る。
「この反応は…!」
「「決まりですね!」」
双子が揃って言う。
静かな酒場に、小さな新しい仲間の名が決まったことを祝うような和やかな空気が流れた。
「これからよろしくな、シーダ」
ネロが軽くその頭を撫でると、シーダはくすぐったそうに小さく笑った。
メリィもその背を撫でながら「元気に育とうね」と優しく微笑む。
静かで温かな時間。
今夜のこの街の音——歯車の回る音、蒸気の音、遠くで鳴る鐘の音——は、少しだけ柔らかく聞こえる気がした。
——こうして賑やかで優しい夕食のひとときは、ゆっくりと過ぎていった。
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